服飾ギルド長とワイバーン (3)


 馬車で移動した中央区、商業ギルドは目を引く黒レンガの五階建てだ。

 正面の三つのドアは人の流れがせわしない。通り自体、馬車の往来もかなり多い。

 ルチアの家は服飾ギルドへの出入りは多いが、商業ギルドに来ることは少ない。ちょっと緊張する。

 ちょうどドアから出てきたのは、黒や紺の独特の長衣の男達だ。黒髪の者が多かった。

 おそらくはあずまくにの者なのだろう。半数以上が長く細い剣を腰に差していた。要人なのか、ずいぶんと護衛が多いらしい。

 一歩中に入ると、複数の国の言葉が入り交じり、算盤そろばんをはじく音、コインを数える音がにぎやかに連なる。

 商業ギルドの一階には他国の者も多かった。

 隣国エリルキアかららしく、艶やかな革のベストとそろいのブーツを履く男。

 その先、砂漠の国イシュラナらしいたっぷりとした砂色の布をまとい、美しいしゅうのある帯を締める者──失礼になるので視線をゆっくり動かして見るだけにするが、それでもここで一日観賞していられる自信がある。

 話がまとまらぬのか、首を横に振る者、それに対して書類を見せる者、商談を終えたのか、笑顔で握手を交わす者達も見えた。

 服飾ギルドとはまったく違う、独特の雰囲気である。

「ようこそ、商業ギルドへ。お待ちしておりました。ルイーニ子爵、服飾ギルドの皆様」

 出迎えた商業ギルド員に続き、ルチア達は五階へ上がった。

 青空しか見えない窓を目に、その高さにちょっとふるりとする。

 細かい布目のついたアイボリーの高級壁紙に、明るい灰色の大理石の床、歩くのに踵を取られそうな赤いじゅうたん

 完全に貴族向けの部屋は、商業ギルドの会議室だという。どう見ても豪華客室、貴賓室である。こんな機会がなければ一生足を踏み入れることのない場所だ。

 そして、見たこともない大きさのこくたんのテーブルには、見たこともない面々がそろっていた。

 服飾ギルド長のフォルトゥナートの前でさえ緊張するのに、商業ギルドと冒険者ギルドの副ギルド長、どちらも子爵家。各自についた担当者は庶民だが、どう見ても自分が一番若い。

 だが、視線を向けた先にすべての原因である友、ダリヤがいたので、つい、声を出さずに『ナンデ?』と聞いてしまった。

 彼女はひどく困った顔で、『ワカラナイ』と唇の動きだけで答えてきた。

 友の巻き込まれ体質は変わっていなかったらしい。

 おそらくは親切か、本人いわく『さいな指摘』を一つして、そこからごろごろと転がり、最終的には雪崩なだれになっての今だろう。

 ルチアは潔くあきらめた。いずれダリヤを質問攻めにはしたいと思うが。

 冷や汗をたらりとかいているダリヤの横、目がくぎけになりそうな美青年がいた。

 黒髪に金の目、整いすぎた面差し──後に名乗りを聞いて納得した。

 ヴォルフレード・スカルファロット。

 水の魔石の生産で有名なスカルファロット伯爵家、その子息。そして、王都で一、二を争うと言われる美青年である。

 なお、ルチアは、服飾師関係者から『一度でいいから取っ換え引っ換え、着せ換えしたい!』と言われてその名を知っていた。

 大変納得した。


「お招き頂きありがとうございます、スカルファロット様、ロセッティ商会長。ファーノ工房の副工房長、ルチア・ファーノです」

 そう名乗った後の会議は、控えめに言ってこんとんだった。

 ダリヤの考案した五本指靴下と靴の乾燥中敷き、これに対し、王城騎士団、魔物討伐部隊長より、急ぎの依頼が出されたとのこと。

 これからどうしていくかを打ち合わせるのかと思ったら、すでに『魔物討伐部隊における、五本指靴下、および乾燥中敷きの導入計画書』が届いていた。

 依頼はすでに確定、その数はいずれも三桁、今後も定期継続購入という内容に目眩めまいがした。

 これから大ごとになるのではなく、すでに大ごとではないか。

 こんなことなら床に倒れていても父を馬車にほうり込むのだった、心からそう思う。

「ファーノ副工房長、あなたの工房をフル稼働させるとして、この靴下の日産はどれぐらいかな?」

 『ファーノ副工房長』──フォルトゥナートにそう呼ばれ、ルチアは必死に背筋を正した。

「手作業であれば二十足が限界です」

 五本指靴下の制作は靴下編み機と手袋編み機を利用している。

 しかし、足の親指と小指部分は手作業で作っている。長さも編み方も手袋とはまるで違うので流用はできない。

 説明しつつ、必死に対応策を考える。

 手袋の指編み機の方から、足の指用に調整して編めるようにする──これは編み機業者とも相談になるだろうが、その後に靴下の爪先手前までの部分と、指部分、二つを合わせ縫いする──そう、現時点で一番早くできそうな方法を提案した。

 フォルトゥナートはすぐその提案を飲んでくれ、明日にでも技術者招集をかけると言ってくれた。場所も人も服飾ギルドで用意してくれるという。

 おそらくは自分は最初に五本指靴下について説明するだけで、後は服飾ギルドの役職のある方が引き継いでくれるに違いない。家の工房にもそう負担をかけずに済む──ルチアは気づかれぬように息を吐く。

 それでも、強い緊張のせいで、額からこめかみに向かって汗がつうと流れた。

 もう一つの中敷きの方は、靴職人と魔導師に依頼が回るらしい。

 ルチアは、ようやく固めていた顔を少しだけほどいた。

 しかし、緊張感が薄れたのがよくなかったのかもしれない。

「五本指靴下は、やっぱり時間がそれなりにかかるものね……」

 商業ギルドの副ギルド長であるジェッダ夫人のため息に、ダリヤが新しい方法を口にした。

「いっそ『布』で靴下を作るのもありかもしれません──ルチア、伸縮率のいい生地……たとえば一角獣ユニコーンとか二角獣バイコーン入りの生地で、縫い合わせを工夫すればいけないかしら?」

 それならば編む必要はない。布の裁断だけで済むではないか。

「それなら縫い合わせだけでいけるかも。ダリヤ、いい案ね! ……あ、すみません」

 思わず勢い込んで応じてしまい、口調が崩れ、慌てて謝罪した。

 それにしても、一角獣ユニコーン二角獣バイコーンしょうな魔物である。その毛の混じった布は、大変にお高い。五本指靴下などにしていいものか。

 結果、そこまでこらえていたであろう冒険者ギルドの担当者から、大変に苦情を申し立てられた。もっとも、その向きはダリヤだったが──

 ダリヤが開発した『防水布』は、ブルースライムの粉を多く必要とする。

 防水布は、販売開始直後から、馬車のほろやテントなどに急激に出回った。当然、材料であるブルースライムも大量に必要となった。

 ルチアも何度か緑の塔で見かけたが、半透明の青いスライムがしなりと水分を失って大量に干されている様は、どう見ても魔女の家だった。

 どうやらあの光景が、冒険者ギルド内でも発生したらしい。

 そして、魔物素材を大量に必要とするのは、ダリヤのブルースライムばかりではなかったらしい。

 ダリヤの父カルロが開発した給湯器ではクラーケン、ドライヤーでは砂蜥蜴サンドリザード。それらを、この担当者自ら獲りに行かざるを得ないほどだったとのこと。

 担当者の切実な声に、よほど苦労したのだろうと同情した。

 開発も大変だが、その後の材料確保、生産体制を整えるのもまた大変なのだと、つくづく感じた。

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