魔物討伐の騎士 (6)


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 ダリヤは魔導ランタンの火の魔石を入れ替えると、作業場につるした。

 外はまだ雨だ。

 魔導ランタンは、祖父が最初に作った魔導具だという。

 油の代わりに火の魔石を使い、ランタンそのものを小型化、高性能化した。魔石ひとつで長時間もつので、旅や夜警にも重宝されている。

 祖父が作った当時は油の方が安かったが、魔石が普及した現在は維持コストは同じぐらい。購入価格は油のランタンの方が安いが、安全や手入れを考えれば魔導ランタンがいいと、それぞれ使い分けられている。


 この国で魔導具が最も発展している分野は、生活魔導具だ。ダリヤの感覚では『家電』である。

 家電関連の魔導具は、祖父の時代から一気に発達したらしい。魔石の研究と普及の影響ではないかと父は言っていた。

 ファンタジーのような世界といえど、人が生きていれば、生活のための魔導具は発展する。

 氷の魔石を利用した冷蔵庫や冷凍庫、風の魔石による送風機、火の魔石による暖房や、暖炉の補助など、様々なものがある。

 もちろん、魔法のある世界、前世とはまったく違う感覚の魔導具もある。

 たとえば、貴族の盗聴防止器や、魔物の攻撃による石化や混乱防止など、仕組みが気にかかるものも多くある。

 なかでも驚いたのは、解毒関係の魔導具だ。これは魔物の毒への対策だけではない。

 解毒の魔導具を身につけ、グルメとして、毒のある動植物を食べる。食材にある毒の種類にもよるが、的確に合わせたものであれば問題ないという。解毒の腕輪を店でつけ、赤いキノコや真っ青な魚をおいしそうに食べる様を最初に見たときは、かなりひいた。

 それでも、人間の食欲は研究開発につながるのだと、とても納得した魔導具だった。


 ダリヤは作業場の机に様々な部品を並べ、生成りの紙にメモをとりつつ、考えをまとめていく。

 この国では植物から作った紙も、鉛筆に似た筆記具もやや高めだが普通に流通している。筆記具の方は、中心に細い炭の芯があり、周囲が硬い紙で覆われたものだ。

 契約書などは今までの慣習から羊皮紙が多いが、このところは紙の書類の割合が増えていると商業ギルドで聞いた。

 婚約破棄の翌日から作ろうと考えていたのは、石鹸水用の泡ポンプボトルである。

 魔導具ではないが、気分転換となつかしさもあって作ることにした。

 泡ポンプボトルの主なつくりは、容器本体、ふたの上のプッシュ部分、蓋、そして、蓋側につけるポンプだ。

 蓋部分を押すことによって本体内部に圧力をかけ、ポンプ部分の管を通して引き上げ、網状のフィルターを通して泡にし、外に押し出す。押すだけだと戻らないので、バネを入れ、押した部分を元に戻す機構も必要だ。

 幸い、学校の授業で実際に分解や組み立てをしたので、おおまかなところは覚えていた。会社に入ってからも泡ボトルの設計は見たことがあるので、とりあえず試作をしてみることにする。


 作業を始めると、こちらの世界で便利なのは、やはり魔法だと痛感する。

 魔導具の部品関係は、魔力によって硬度や形状をある程度変えることができる。

 金属の種類は様々で、前世のものはもちろん、ミスリルや魔銀、オリハルコンといったものもある。また、プラスチックはないが、それなりに代替可能な、スライムやクラーケンといった魔物素材がそろっている。

 高等学院の魔導具科で、どう組み合わせるかの基礎は習ったが、意外な組み合わせや加工が功を奏すことも多い。

 ひたすらに試し、自分の求める答えを見つける作業──ダリヤにはそれがたまらなく楽しかった。

 メモをとりながら部品を作り、魔法で調整、つくりを確認しつつ、組み立てる。

 加工をするときに出る虹色の光、独特のその輝きが夜の作業場に何度も光る。

 分解しては作り替え、合わせ直し、メモを取る。ただ無心でそれを繰り返した。


 ちなみにダリヤの魔力は庶民にしては多めである。これは代々魔導具師をしている先祖と、貴族出身だった母のおかげだろう。もっとも、自分は母の顔すら知らないが。

 母は押しかけ女房のごとく父と結婚したものの、ダリヤを産みに実家に帰り、そのまま戻ってこなかった。自分だけが父の元に返され、こうしてここにいる。

 その経緯は、メイドの遠回しな説明だけで、詳しく聞いたことはない。

 ただ、父は死ぬまで再婚しなかったし、一度も母の悪口を言ったことはなかった。


 魔力は平民にしては多めでも、高等学院では中程度、高位貴族には到底及ばない量だ。

 魔導師の派手な魔法の話を聞き、せっかくの転生なら『魔力チート』が欲しいと思ってしまったこともある。

 だが、幸いにして、弱い魔力を長時間安定して出せるという特技はあった。

 これは細かな部品を作り、修正していくのには大変便利で、魔導具師向きだ。今は深く感謝しているところである。


 試行錯誤を繰り返していると、あっという間に時間は飛ぶ。

 ポンプ部分とバネの調整で手間取り、ほぼ徹夜になってしまったが、とりあえず試作品が二本できた。あとは石鹸水の濃さによる泡の状態を浴室で確認し、また修正を繰り返すだけである。

 ダリヤは一息入れるため、サイドテーブルに出していたワインのグラスに、ようやく手を伸ばした。

 残念ながら、すっかりぬるくなってしまっている。

 馬車を返却した帰り、赤ワインを買うつもりで店に行き、つい白ワインを買ってきてしまった。

 ワインが喉を滑り落ちるとき、魔剣について夢中で話す男が思い出された。

 たった数時間だったが、二人で話すのはとても楽しかった。

 つい、今もはんすうして笑ってしまうほどだ。

 自分が男だったら、あるいは、ヴォルフが女だったら、きっと連絡先を教えていたに違いない。


 この広い王都、彼と再会する確率は限りなく低い。

 もし、再会したところで、視界がずっとぼやけていたヴォルフは、ダリがダリヤだとはわかるまい。

 二度と会うことはないだろうと思いつつ、ダリヤは彼の回復をそっと神に祈った。

「……ヴォルフさんの目が、ちゃんと治りますように……」


   ~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~

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【書籍試し読み増量版】魔導具師ダリヤはうつむかない ~今日から自由な職人ライフ~ 1/甘岸久弥 甘岸久弥/MFブックス @mfbooks

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