魔物討伐の騎士 (5)


 ・・・・・・・


「ヴォルフレード、無事で何よりだ」

「グラート隊長、たいへんご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」

 医務室からようやく解放されたヴォルフは、魔物討伐部隊の隊長室に来ていた。

 岩のようにがっしりとしたたいの男が、執務机の向こうから、赤い目でこちらを見つめている。

 魔物討伐部隊長であるグラート・バルトローネ侯爵。

 すでに五十歳近いが、隊長職だけではなく討伐にも参加する、現役の騎士である。

「先に医務室に連れていかれたそうだが、怪我は?」

「問題ありません。魔物の血による目の軽い炎症だけです」


 あの後すぐ、ヴォルフは医務室にひきずられていった。

 診断は軽度の疲労と貧血。目については、軽い炎症とのことで、すぐ洗浄をしてもらい、目薬を渡された。

 たいしたことはないと言ったのに、仲間がついてきて騒いだために医者が怒り、ヴォルフ以外は全員廊下に叩き出されていた。


「そちらに座れ。経緯報告を受ける」

 部屋の来客用スペースをあごでさし、二人とも移動する。

 艶やかな黒のテーブルをはさんで、ソファーに向かい合わせに座る。広い部屋にいるのは二人だけだ。

「ご報告します。ワイバーンに捕獲された後、空中でワイバーンを剣で刺し、森に落下。ワイバーンの死亡を確認しました。その後、二日間、王都方向へ走り、街道にて市民に助けられ、ポーションと食料を援助され、王都まで馬車で移動。西門より王城へ連絡後、帰城しました」

「運が強くて何よりだ。ワイバーンは確実に仕留めたな?」

「はい、二度、死亡確認を行いました」

 ヴォルフの言葉に、グラートはよし、とうなずいた。

「ワイバーンは龍種だ。捕まって運ばれたとはいえ、一人で落としたのだから、お前は名誉ある『龍殺し』ということになるな」

「いえ、先に部隊で手負いにし、弱っていたから落ちただけです。ワイバーンに捕獲されるという失態、二日間にわたる隊での捜索の責、いかなる処分もお受けします」

 ダリには反省文と言っておいたが、あのままワイバーンが人里に向かいでもしたら、まちがいなく大惨事である。処分を受ける可能性は高いと、ヴォルフは考えていた。

 だが、目の前の隊長は首を横に振る。

「きっちり仕留めたんだ、問題ない。むしろ、せっかく『龍殺し』になったのだ、近衛隊への推薦状でも書くか?」

「ご遠慮致します」

「近衛の推薦から逃げるのはお前ぐらいだぞ」

「……推薦されたら退団を考えます」

「本人が望まぬのならば仕方ないな」

 ヴォルフの顔から表情がなくなるのを見て、グラートは苦笑する。

 以前に大物を仕留めたときにもすすめてみたが、この男は同じ一言で断った。

 騎士の憧れであるはずの近衛隊が、この男には逃げ出したいだけの場所らしい。

「さて、ワイバーンが戦闘中にお前を持っていった点だ。お前を捕らえたワイバーンは、人間を『盾』にする気はあったと思うか?」

「わかりません。しかし、人を盾にしていれば、魔導師が魔法を撃てませんし、騎士の強化弓も使えませんから、効果的な方法だとは思います」

「隊の討伐では初めてのケースだな。トカゲどもが面倒な知恵をつけていないといいんだが……」

 薄くなった濃灰の髪を手でかき、グラートは渋い顔をした。

「もし次に私が捕まったら、遠慮なく撃つように言っておきます」

「馬鹿者。それじゃあ、私が捕まっても撃たれるだろう、許さんぞ。それより、誰が捕まってもワイバーンぐらいは落とせるように訓練しておけばいいだけだ」

「申し訳ありません」

 グラートはヴォルフに気がつかれぬよう、内心でため息をついた。


 目の前の整いすぎた顔の男──ヴォルフレード・スカルファロット。

 十七歳で入隊し、すぐ危険な『赤鎧スカーレットアーマー』を希望、わずか半年でその役目を担うようになった。

 今日まで、危険な場面には何度も遭遇しているが、大怪我をしたことは一度もない。

 最初の数年は無謀者と陰口を叩かれていたが、今では、隊の内外から『有能で勇気ある騎士』として高く評価されている。

 ヴォルフには、貴族であれば持つことの多い攻撃魔法も治癒魔法も一切ない。

 ただ、魔法による身体強化のみである。それだけで、平然と魔物に向かい、駆け、斬り、けるをただ繰り返す。

 そして、討伐に有効、あるいは隊のためとみると、平然と捨て身の行動に走る。勇気があるというより無謀、あるいは死に急いで見えるほどに。

 最初はよほど武勲が欲しいのか、自己犠牲に酔うタイプかと考えたが、共に戦っていて、そうではないとわかった。

 この男は気負いがない。恐怖がない。功績を求めることもない。

 ただ、役目上で「こうあるべき」と思ったら、無心でそれをまっとうしようとするだけなのだ。

 魔物討伐部隊だから、強い魔物と当たり前に戦う。

 赤鎧スカーレットアーマーだから、危険な先陣も囮も殿しんがりも当たり前に引き受ける。

 彼にとってそれは役目であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 ヴォルフが役目優先で、自分自身の重さをまるで持たないことが、グラートには心配だった。


「目が完全に治るまで休暇をとれ。とりあえず明日から六日休み、医師の診断を受けてから復帰しろ。治らないようなら神殿へ行け。かかる分はこちらで出す」

「わかりました。ありがとうございます」

 ヴォルフは軽くせきをし、一度姿勢を正した。

「グラート隊長、ひとつお願いがあるのですが」

「なんだ、『龍殺し』になったから、魔剣でも欲しいか?」

「その話ではありません」

 ヴォルフが唯一、自分の話にのってくるのが、魔剣の話である。

 グラートは、灰手アッシュハンドという魔剣を持っているため、討伐以外でも、何度かヴォルフに見せていた。

 入ったばかりの年は、『灰手アッシュハンドは自分以外が触ると火傷をする』と再三言ったにもかかわらず、試させてくれと願われ、見事に火傷をしていた。

 魔剣関連の話をしていれば、ヴォルフと一晩、語らい酒が飲めそうである。

 もっとも、今日はそれとは違う願いがあるらしい。

「森で助けて頂いた方が商人らしいので、商業ギルドへの紹介状をお願いしたいのです。ポーションの支払いもしておりませんので」

「店の名を聞き忘れたか?」

「いえ、本人は支払いはいらないと。魔物討伐で世話になっているから、一庶民の応援とでも思ってくれと言われました。続けて話そうとしたときに、後続の馬車が来てしまい……」

「逃げられたか。その者は訳ありだったのではないか?」

 グラートの言葉に、ヴォルフがわずかに眉を寄せた。

「訳ありとは、どんなことが考えられますか?」

「不法採取や他国の間者……西の森にいる意味があまりないな」

「そんな人ではないとは思います」

「あと……ありえそうなのは、家や店に来られて、奥方や妹をお前と会わせたくないとか?」

「ないと……思います」

 残念ながら、ヴォルフの一度止まった声は、完全に肯定になっていた。

 半分冗談で言った言葉が、案外当たってしまったかもしれない。

 この男の容貌はとにかく目をひく。高めの身長と、黒髪に黄金の目という珍しい組み合わせ。

 『嫌みなほどに整いすぎ、むしろそこまではいらない』と隊員達にからかわれるほどの顔。

 本人が望まずとも、とにかく女達の視線を奪うことに長けている。

 隊員から聞いた話では、親族女性や友人からヴォルフを紹介しろと言われたときの、断り方マニュアルなるものがあるそうだ。

 正直、自分に娘がいたら、できれば会わせたくない男ではある。


「……やはりお願いします。できるなら、お礼はしておきたいので」

「わかった、今すぐ書くからこのまま待て」

 微妙に暗い気配を漂わせはじめた青年にわずかばかり同情しつつ、グラートは机に戻ってペンを走らせる。羊皮紙のインクは、ドライヤーを使ってすぐ乾かした。

「お前の恩人が見つかることを祈っておく」

 差し出された紹介状を受け取り、ヴォルフは頭を深く下げた。

 そして、来たときよりも少し遅い歩みで、隊長室を後にする。


「……ダリさんに恋人がいたら、どこかの食堂か酒場で会えば、大丈夫だよね……」

 黒髪の青年のつぶやきは、廊下だけが聞いていた。

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