第二話 地獄の始まり!! の巻 (1)

 ローズさんに日記を書けと言われ、今日から書いてみる。

 こっちの文字は扱えないけど、僕だけしか読めないという点では秘密にできるからよしとする。

 日々のうっぷんをここに書き記してやるぜー。


 一日目


 とりあえず、今日の出来事をつづっていく。

 昨日、トングに地獄といわれた訓練は、思いのほか楽なものだった。

 まずは魔力を感じること。これは簡単にできた。胸の中心あたりに温かい何かが込み上げてくる感覚がそうらしい。その魔力を体外に出すことが、僕が次にするべきことだとローズさんは言った。

 魔力の練習を切り上げた後、次に行ったのはこの世界の知識についての勉強。

 机に座らせられて分厚い本を渡され、ただ一言「読め」とだけ言われた。なかなか無茶を言ってくる先生である。

 僕にこの世界の文字が読めるはずないと反論したら怒鳴られた。勇者召喚された人物には文字翻訳の魔法が自動的に掛かると言われた。確かに本の文字が読めた。

 魔法ってすごい。

 本によれば、この世界にはモンスターがいるらしい。これぞ異世界って感じがして喜びのあまり思わず奇声を上げてローズさんに殴られた。

 すごく痛かった。

 黙々と本を読んでいるうちに、この世界には多種多様な種族がいることも分かった。中にはゲームに出てくるような種族もいる。

 他に分かったことといえば、リングル王国以外にもたくさんの国があることだ。主に人間の国ばっかりだけどね。

 僕が黙々と分厚い本を読んでいる間、無言で前の席に座るローズさん。

 プレッシャー半端なかったっす。

 でも、毎日がこんな訓練なら僕もやっていけるんじゃないか?

 トングが僕をかわいそうな奴を見る目で見ていたことが気がかりだけど……。

 まあ、明日も訓練頑張らなくちゃな。


 二日目


 いっぱいはしった


 三日目


 筋肉痛で全身動かなくなるまで走らされた。

 休みなんて与えられず、倒れたらローズさんが僕の体を治して走らせる。

 あの人マジ頭おかしい。「脚を鍛えろ、そしたら死なない」とか、「走りながら魔力を感じろ」とか。あれ? 僕の想像していた魔法の訓練と違う。

 僕はあなたの奴隷じゃないんだ、って言ったら「死ぬ気でやれ、死んだら治す」と言われた。あの人の前じゃ死すら休息にならない。

 次に「僕の脚はボロボロなんです! 無理です助けてください!」と土下座をしてローズさんに命乞いしたら、無言で太もものあたりをビンタされた。痛みで転がっていると、脚の痛みはなくなった。

 「筋肉痛を強制的に治した。さっさと走れゴミ」だって……マジやべえ。


 四日目


 今日は、他の団員と訓練した。

 筋トレの粋を超えていた。救命団の訓練というより兵隊のような訓練だった。

 変な掛け声を出しながら、全力疾走に近いスピードで走るヒャッハー共。

 当然僕は置いていかれる。

 そんな僕に掛けられたローズさんの声が「おい、遅れている虫がいるぞ?」だった。

 カズキ、助けて。

 治癒魔法を習う前に僕が死んじゃう。


 五日目


 僕の心のSOSが届いたのか、カズキといぬかみ先輩が僕の元にやって来た。

 二人は城で訓練しているらしい。

 先生として、魔法使いのウェルシーさんと軍団長のシグルスさんという人がついてくれているとのことだ。

 シグルスさんはとっても厳しいけど良い人なんだって。

 あと、王様の娘のセリアというお姫様が、カズキの訓練によく付き合ってくれるらしい。

 ……何も言えないよ。

 僕は何をしているかかれたけど、走ったとだけ伝えておいた。

 カズキは疑問に思った表情をしていたけど、犬上先輩は僕の脚を見て息をんでいた。

 少し触らせてくれって言っていたけど、息が荒かったので無視した。

 二人も頑張っているんだ。僕も頑張らなくちゃ。


 六日目


 今日も走る。

 走ってる時に、手に緑色の淡い光が集まっていることに気付く。

 僕はそのとき思った。「いまこれ必要?」と。

 今日もローズさんは、冷血鬼畜ババァ(笑)でした。

 読めないからこそ書ける悪口だね。


 七日目


 あの人はエスパーか何か?

 それとも僕の顔に出ていたのか。

 死ぬほど走らされて、頭がおかしくなるほどしばかれた。

 なにが「いらついたから厳しくする」だよ!?

 あの怪力ゴリラ女……絶対ふくしゅうしてやるぅ。


 八日目


 ぼくはほんとうにがくしゅうのうりょくがない


 九日目


 ちゆ いらなく ない

 ちゆ すごく ひつよう


 十日目


 心がすさんでいるのが分かる。

 治癒の魔力を体外に出せるようになってから、どんなに走らされても疲れなくなった。

 日に日にやつれていく僕……なんだろうなあ。

 ローズさんの元で訓練をしてから十日。最初は魔法を覚えたいって気持ちと、カズキや犬上先輩の助けになりたいって気持ちで訓練をしてきた。

 でも、魔法の才能も何もかもが違っている二人に、平凡な僕が助けになれるのだろうか。最近はそんな疑問が頭の中でぐるぐると回っている。

 こんなことローズさんに言ったらぶん殴られるだろうけど、僕は自分の目的を見失いつつある。

 でも、救命団の訓練だけは、少なくとも僕の意思でやっている自覚はある。ローズさんに無理やり入れさせられた場所だけれど、もうここまで来て逃げ出すのはしゃくだ。最後まで訓練をやりきってあの人に一泡吹かせてやる……。


 というか、ローズさんって言うのもおっくうだな。

 もうローズでいいや。


 十一日目


 今日から新しいメニューが加わった。

 腕立て伏せだ。とりあえず一〇〇〇回やれと言われたので治癒しながら淡々とこなす。

 僕の様子になぜかローズは満足そうな顔をした。僕の顔に何かついていたのだろうか。

 今日はほとんど怒鳴られずに訓練が終わった。

 正直怖い。普通なら「やったー今日は怒られずに済んだぞー」ともろを挙げて喜ぶのに……。


 十二日目


 朝から昼まで走った後、夜まで腕立て伏せ。

 それ以外、何も書くことがない。強いていうなら、なんだか体が軽い。


 十三日目


 何かを悟られたのか、体に重りつけられた……すごく、重かった。

 走っている僕を見て、衛兵がドン引きしているところなんて見てない。


 十四日目


 トングの野郎、僕の昼の弁当を勝手に食いやがった。

 あの野郎ゆるさねえ。

 トングへの仕返しは後でするとして、思えば訓練開始から二週間が経った。

 なんだかんだで僕はうまくやっていけている。

 走るのも苦じゃないし、最近つけられた重りもしばらく走ったらすぐに慣れた。


 あれ、もしかして僕、洗脳されてる……?

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