第一話 巻き込まれて異世界! の巻 (3)


    ***


 ウサト君が連れ去られてしまった。

 いったん心を落ち着け、ロイド王の方へ意識を向ける。

「あぁ、ウサトは関係のない一般人だというのに……」

「ウサト君はどこに連れていかれたのですか? 育てると言っていましたが……」

 今ここで飛び出していってもしょうがない。

 まずは事情を知っているロイド王に話を聞かなければならない。

「……ウェルシー、説明を頼む」

「はい、えーと」

 どかりと腰を下ろしたロイド王は、疲れきった表情でウェルシーさんに説明を託す。

 よほど、ローズという女性の相手に精神をすり減らしたのだろう。

 ウェルシーさんは私とカズキ君の前に歩み寄り、説明を始める。

「彼が連れていかれたのは、この城から少し離れた場所にある救命団ですね。そこは団長のローズ様を筆頭に、五人の助手と二人の治癒魔法使いの総勢八名により運用されているのです」

「少なすぎませんか?」

 魔物と闘うのならば、それなりの人数が必要だと思うが……。

「十分です。魔法使いはどんな適性でも応急処置程度の治癒魔法は使えます。だから自分の傷は自分で治せます。もちろん仲間の傷も……しかし、大怪我はすぐには治せないのです。そこで必要なのが、彼が適性を示した治癒系統の魔法です」

 自分で治せない傷を治してあげるのが治癒魔法使いの本領というわけか。となるとウサト君は、この国でも貴重な治癒魔法使いになれるということか。

「なぜ、ローズという女性にウサト君を任せたくなかったのですか?」

「……ロイド様」

「構わん」

 ロイド王に許可を求めたウェルシーさん。

 やはり何か事情があったのか……。

「ローズ様は、治癒魔法使いのエキスパートです。しかし、なんと言いますか……少し部下に対する教育方針がおかしいんです」

「おかしい?」

「えと、私も詳しくは知らないのですが……『救命団は常に死と隣り合わせ! よって貴様らにはどんな苦境でも生き残れるすべを授けてやろう!!』と団員を厳しく指導し、そのしごきに耐えられず、逃げ出してしまう団員が後を絶たないのです。実際、王国の騎士と救命団との合同訓練ではローズ様の指導に騎士達の方が耐えられなくなり、結局は救命団のみの訓練になりました」

「その騎士?が耐えられないとなると、ローズという人物は相当な実力者なのですか?」

 私の問いにロイド王は、懐かしむように顎をさすりながら答える。

「ああ、今は救命団に移っているが以前は……いやこの話はよそう。あやつには並の騎士では全く歯が立たん。それに、魔王軍が侵攻してきた際は救命団の活躍のおかげで大多数の兵士の命が助かった。そのおかげで魔王軍を撃退できたと言ってもいいほどにな。そういう功績でも分かるように、ローズの教育方針は間違ってはいない。しかしな……」

「しかし?」

「その教育で出来上がるのが……はぁ」

 遠くを見るような目をしたロイド王は、大きなため息をつく。

 王様も心労が絶えないのだなと思いながら、私はウサト君の身を案じるのだった。


    ***


 ローズさんに連れていかれたのは、城から少し離れたレンガ造りの建物だった。

 空は既に暗くなっていた。

 ローズさんに促され建物の中に入ってみると、中は清潔にされており、奥の方には患者用のベッドや薬品のようなものが置いてあった。

 診療所のような内装に、意外と綺麗にしてあるんだなーと、感嘆の声を上げながらきょろきょろと中を見回す。

「今日からここがお前の家だ」

「え?」

「お前ら! 新入りだッ、出てこい!!」

 大声で誰かを呼び出すローズさん。

 すると、建物の奥の方からバタバタと複数人の足音が一斉に近づいてくる。最初に入ってきたいかつい風貌の男が、ローズさんの前にバッと背筋を伸ばし立つ。

 え、なに、この人怖い。

「お帰りなさいませ、ローズの姉御!!」

「おうアレク、私の留守の間に何かあったか?」

「いつも通り誰も来ませんでした!!」

「そうか、それはいいことだ」

 アレクと呼ばれた男を皮切りに続々とやって来る男達。

 僕はその面子に顔を硬直させる。

 ここだけ世界が違う……?

「お前らに紹介するぞ。今日から私が面倒を見ることになったウサトだ、仲良くしてやんな」

「「「分かりやした!!」」」

「よしッ!!」

 よしッ、じゃねえよ!!

 思わずキャラ崩壊した僕は、目の前に並ぶ五人の悪人面を見てこの先の未来に恐怖する。

 僕、生きて帰れるの?

 ここは盗賊のアジトかと錯覚してしまい、思わずローズさんの顔を見てしまう。

「ん? 何だウサト。ああ、こいつらの名前が分からねえのか? じゃあ、お前ら自己紹介しろ」

 やっぱこの人全然分かってねえや。

 この女性は目の前の男達の顔が怖くないのだろうかと、割と本気で疑う。

 ……あっ、そっかー。団長だからこの人もこいつらと同じタイプの人間だこりゃ。

 悪人面の男達は僕の周りを取り囲むように並び始める。何を始めるつもりだ? いつでも土下座できるぞ?

「オレはトング、特技は消毒。ヨロシクなァ新人」

 一歩前に出た一際身長が高い男、トングが低い声で僕に自己紹介する。

 ニヤァといびつな笑顔を浮かべているトングに汗が止まらない。くっそ、消毒ってなんだよ。火炎放射器でも振り回すのかよ。

 トングに続いて、他の男達も一人ずつ自己紹介を始める。

「ミルだ、ヨロシクゥ新人」

「アレクだ、ヨロシクゥ新人」

「ゴムルだ、ヨロシクゥ新人」

「グルドだ、ヨロシクゥ新人」

「ごっ、ごめんなひゃい……」

 泣いた。

 高校二年生になって泣くのはかっこ悪いけど、この状況は誰だって泣くと思うんだ。周りをこわもての男達に囲まれ退路を断たれると共に、四方八方から僕に自己紹介するのだ。この儀式のような自己紹介はなんだろうな。僕は供物か!? 供物なのかッ!?

 これで泣かない奴はおかしい!!

「おいテメェら! 新人を怖がらせてんじゃねぞ!!」

「ウゴァ!!」

 トングの姿が一瞬で視界から消える。ローズさんが彼を蹴り飛ばしたのだ。

 ぎしりをしながら額を押さえた彼女は、僕の周りの四人に怒声を上げる。

 正直、僕が一番怖いのはあなたです。

「仲良くやるのは別に構わねえが……分かってるよな?」

「ローズの姉御! 俺達は俺達なりの出迎えをしたまでですぜ!!」

 これで出迎えのつもりだったの!?

 小太りの男、ミルの言葉にがくぜんとする。このはき違えたおもてなし精神に戦慄を隠せない。

 ミルを蹴り飛ばしたローズさんは、鋭い目で僕の方をギロリとにらむ。

「ったく……。ウサト、こいつらは治癒魔法使いじゃねえが私の部下だ。こいつらの主な仕事は戦地での怪我人の確保。それと治癒魔法が使える奴があと二人いるが、あいにくそいつらはこことは別の場所で働いている。だから私がお前に治癒魔法を教えてやる」

「え?」

「返事はどうした?」

「はっ、はい!」

「よし、じゃあ明日から訓練を始める。部屋は……トング、テメェの部屋が空いてたよな?」

 僕の意思はどこかへフライアウェイですか?

「オレだけ一人部屋です」

「じゃあ丁度いい、こいつに色々訊け。もう夜も遅せぇからテメェら休んでいいぞ」

「「「へい!!」」」

「はい……」


「ついてきな、部屋を案内してやる」

 トングについていき、部屋に案内される。

 案内された部屋は、割と普通だった。散らかってもいないし、無駄なものもない。自分の部屋とは大違いだと思いつつベッドに腰を下ろす。

 意外だな。鎖とか火炎放射器とか置いてあるかと思った。

「おい、新人」

「なんでしょうか?」

「オレに敬語はいらん、タメ口で構わねえ」

「……分かった」

 突然声を掛けてきたトングに、ビクリと体を震わせながら応答する。この人すごく背が高いから威圧感がある。話しかけられるだけで精神がガリガリ削られる。

 トングは素朴な服を僕に投げつけ、ぶっきらぼうに言い放つ。

「それが訓練時に使う服だ。上下そろえて三着ある、着回して使えよ。トイレはこの部屋を出た少し先にある。詳しいことは姉御から聞かされると思うが……」

「あっ、ありがとう」

 ずっと学生服でいるのはつらかったので、この服はありがたい。とりあえず学生服から着替えトングに教えられた場所に服をしまう。

 トングは、既にベッドに横になりながら僕のいる方向とは逆の方向を向いている。

 なんだ、ただのシャイボーイか。このツンデレめ。

「訓練はキツイ、早く寝やがれ。特にテメェは治癒魔法の訓練だ……明日は地獄だぜ」

「じっ、地獄?」

「治癒魔法は自分の傷も治せる……後は言わなくても分かるだろ」

「……」

 つまり、どんな怪我を負っても続行ということになると?

 顔から血の気が引く。

 自分の傷すらも治せる。休ませてもらえないわけですね分かります。

 それでも、ローズさんはここのボス。彼女から治療魔法を習う前に、少しくらいは予習しておきたい。

 望んでここに来たわけじゃないけど、治癒魔法を教えてくれるのなら師事してみるのも悪くないかもしれない。

「治癒魔法使いについて教えてくれないか?」

 これはチャンスだ。

 異世界で、この治癒魔法という特異な力を扱う術を身につけることができる。まだまだ先行きが不安だけど、元の世界で憧れていたような非日常を楽しめるようになるかもしれない。

 それに、僕がカズキや犬上先輩のサポートができるようになれば、役には立てるはずだ。

「あぁ? チッ、仕方ねえな。治癒魔法使いってのはな、良く言うと治すことにけた魔法使い。悪く言うとそれしか能がない魔法使いってことだ」

「能がない?」

「そうだ。攻撃魔法が使えないってことは、戦闘では常に的になる。ここでも数年前までは治癒魔法使いはべつの対象として見られていたんだぜ? 他の国では今でも『治癒魔法使いは役に立たない』なんていう風潮が残ってる」

 確かに、戦いの中で狙われる治癒魔法使いはいらないものと扱われてもしょうがないだろう。

 僕だってゲームではいつも回復要員を先につぶす。

「ま、実際オレもそうだった。攻撃魔法の使えねえ治癒魔法使いなんて、そう思ってたんだけどよ……」

「思って、た?」

「……少ししゃべりすぎた。寝るぜ」

「え、中途半端すぎるよ」

「うっせぇ! 早く寝ろやボケ!!」

 横になりながら叫んだトング。

 別に怒鳴んなくてもいいじゃん。怒鳴られたことに精神的な傷を負った僕は、ベッドの中で少し涙を流しながら、明日から行われるという訓練に備えるのだった。

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