ファーレーン編 第三話 (5)
☆
「溶鉱炉と鍛冶場を使わせて欲しいんやけど」
翌日。忘れていた住民登録を済ませ、アンから昨日の討伐作戦はうまく行った事を聞き、ついでに報酬として六千クローネを受け取り、その足で生産施設管理人のもとへ来た宏は、単刀直入に用件を切り出した。相手が壮年の男なので、気後れもせずに堂々とした態度である。
因みに毒消しの売値は一本五十クローネ、その内訳は材料費および協力者への報酬として十クローネ、残りを協会と宏達で折半、という形で落ち着いた。三百を何本か超えている分のお金は、協力者への報酬に回している。
即効性の強さが効いて、普通の毒消しより十倍近い高値で売れたとの事である。
「溶鉱炉は二時間で薪代込みで二十クローネ、鍛冶道具は熱源込みで十クローネだ」
「……結構ええ値するんや」
「鉱石を精製できるほどの温度まで上げるとなると、かなりの量の薪がいるからな。ついでに言や、短時間でそこまで温度を上げにゃならんから、薪も特殊処理をした特別性の物を使っている。熱源を自力でどうにかするんだったら、鍛冶場と合わせて八クローネでいい」
壮年の職員の言葉に、頭の中でいろいろとそろばんをはじく。結局、ここを使う回数を可能な限り減らす事を考え、一番手間のかかる手段を取る事にする。
「……そやなあ。普通の薪って、ここで買える?」
「ほう、そうきたか。普通の薪なら、そうだな。その量なら五十チロルってところか」
「なら、口止め料っちゅうか人払いも兼ねて一クローネ払うから、まずは薪頂戴」
「了解。持ってきたら席を外すから、溶鉱炉を使う時は声をかけてくれ」
「はいな」
用意してもらった必要な量の薪一本一本に、何やら模様を刻みこみ始める宏。
結構な量のそれに作業をしている最中に、とうとう最初から持っていた安物のナイフが欠ける。
元々手入れができるほど質のいい物ではないので、かなりへたっていたのをそのままにしていたのだ。
「藤堂さん、ナイフ貸して」
「はい」
春菜から受け取ったナイフで、作業を続ける。
結局、彼女のナイフも最後まで作業を続けたあたりで刃が欠けるが、それでもどうにか必要な作業は終えられたようだ。所詮割引なしでも五十チロルで買える粗悪品、バーサークベアを仕留めて解体し、いろんな物を採取し、あれこれ削り取り、などとこき使えば当然の末路であろう。
模様を刻み終えた薪とは別に、鍛冶場に置いてあった粉(多分火事になった時の消火剤だろう)を少し使って地面に魔法陣を描き、何やらごちゃごちゃと儀式を始める。
十分ほどの儀式の後、一瞬、薪に青い光が宿り、表面に刻み込んだ模様が消える。
それを確認して、一つ大きく息を吐き出す宏。
職員が立ち去ってから三十分ほど、ようやく宏が言うところの下準備が終わる。
「ちょっと、おっさん呼んでくるわ」
「うん。その間、掃除しとくね」
「頼むわ」
鍛冶場を出ていく宏を見送って、足元に散らばった木くずを
魔法陣は儀式が終わった時に消えているので、後はこのゴミを処理すれば証拠隠滅完了だ。
「……この時間で、全部に自力で処理をしたのか?」
「大した事はしてへんけどな」
「まあ、お前さんがエンチャントを使えるらしい、ってのはアンやミューゼルから聞いているが」
「そういうこっちゃ。でまあ、今から溶鉱炉と鍛冶道具を使わせて欲しいんやけど」
そう言って、十クローネを職員に渡す。
受け取った金を見て一つ頷くと、溶鉱炉に薪を放り込み、火を
明らかに、自分達が普段使っている薪より大きな火力だが、予想がついていたからか、職員は特に驚く様子を見せない。
「あんまり驚いてへんね」
「知られざる大陸からの客人なら、多少平均から外れていても驚くような事ではないからな」
「さいですか」
おっさんの反応に苦笑を返し、次々に鉱石を放り込んでいく。
春菜が運んできた分も投げ込み終わったところで、刃が欠けて使い物にならなくなったナイフと、今日使っていた手斧とつるはし二本も、柄の部分を外して放り込む。
「……ナイフはともかく、斧とつるはしはまだまだ新しかったみたいだが、いいのか?」
「今日、全部作る予定やったからええかなって。あ、そうそう。置いてあるヤスリとかタガネ、かなり傷むかもしれへんから、その分のお金も後で払うわ」
「どんな使い方をするつもりだよ……」
おっさんのぼやくような言葉に答えず、指先で空中に魔法陣を描く。魔力の光で描かれたその模様が、溶鉱炉の中に吸い込まれていく。
手のひらを炉に向けて、意識を集中する宏。
その様子を、微妙に冷や汗を流しながら見つめるおっさんと春菜。
そのまま、魔力を炉の中に流し込みながら、通常の精製手順を続ける宏。
いくつかおっさんの知らない手順を踏みつつ精製を続け、それなりの時間が経ったところで、炉の中から溶けた金属を引っ張り出し、様々な大きさの型に入れて固め、インゴットを作る。
こういう時、いつものダサくてヘタレた空気がどこかに消えるのが不思議だ。
「さて、どれから行くかな?」
「まずは、道具を作った方がいいかも?」
「そうやな。とりあえずはナイフとハンマーから行くか」
「ナイフ?」
「まずナイフ作っとかんと、ハンマーの柄が作られへんし」
えらく説得力のある台詞におっさんがつい感心していると、口を挟む暇もないほどの手際で、流れるように二本のナイフを作り上げる。
見る者が見れば一発で分かるが、素材をハンマーで叩くたびに、刀身に魔力が流し込まれていく。
どうやら、精製段階だけでなく、鍛造の段階でもエンチャントを行うらしい。
「ナイフはこんなもんでええとして、次はハンマーかな?」
あっという間に刃先の焼き入れ焼き戻しを終え、
本来なら鉄と鋼、二種類の金属を作り、鍛造でひっつける事で剛性と弾性両方を上げるやり方をするのだが、今回は素材にあれこれエンチャントをかけているし、所詮間に合わせだという事で省略したらしい。
「作ってると間に合わへんなるから、柄は今回は手斧のやつを流用するか……」
そんな事を言いながら、途中二度ほど時間延長をして次々と道具類を作り上げていく。
相手の素材が硬いからか、宣言通りヤスリが二本とタガネが一本駄目になったが、端材で代用品を作ってあったため、今回は事なきを得た。
おっさんの顔は、始終引きつりっぱなしだったが。
「ほんなら、本命いこか。どんぐらいの長さがええ?」
「ん~、えっとね……」
完成させたハンマーで手斧とつるはしを作り終えた後、春菜の注文をいろいろ聞きながら、最後に残ったインゴットを鍛え始める。
先ほどまでより丁寧に作業を進め、祈るような真摯さで刀身を作り上げる。
叩く時に込められる魔力の量も、今までの物とはけた違いだ。
その真剣な表情と見事な手際に春菜が見とれているうちに、美しいシルエットの刀身が完成する。
そのまま残りの材料であっという間に柄と
~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~
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