ファーレーン編 第三話 (4)

「で、話を戻して。覚えとる、言う割には道がよう分かってない感じやったんは、何で?」

「VRと現実では見え方が違った、っていうのもあるけど、一番大きいのは、覚えてるのと地形が違ったの」

「ほうほう。例えば?」

 宏の質問に、どこを例として挙げれば分かりやすいかを考える。

「ウルスに行く途中に、丘があったでしょ?」

「うん」

「あれ、VRの方ではなかったの」

「そうなん?」

 宏の不審そうな言葉に、真面目な顔でうなずく。

 あの時、表立ってははしゃぎ気味に行動してごまかしていたが、内心では記憶とはっきり違う地形に、かなり大きなショックを受けて混乱していたのだ。

「うん。街道に出た時点で門が見えてなきゃいけなかったんだけど、あの丘があって見えなかったから、地形が違うんだ、って確信した」

「って事は、その前に街道と反対の方に行こうとしとったんは……」

「あっちに抜けると、ウルスの北門にショートカットできたはずだったんだ。でも、もしあの時向こうに行ってたら、確実に迷子になってただろうね」

「さよか」

 今更どうでもいい話だったので、とりあえずそれで流して採掘を続ける宏。

 それを見た春菜が、一つため息をついて本題を切り出す。

「それで、東君はゲームの初期設定とか、どれぐらい覚えてる?」

「ほぼ覚えてない、言う感じやな」

「じゃあ、やっぱり、って単語は覚えてなかったんだ」

「ゲームでも、そういう設定やったん?」

「うん。ゲーム通りだとすると、私達はこの世界の一般人より、能力やスキルの面では成長が早いはずなの」

 春菜の言葉に、感心する宏。

 なお春菜は、過去に細かいステータスを覚えていない、と言っているが、彼女は自身のステータスぐらい、熟練度の小数点以下まで全て覚えている。もっとも、今となっては全然役に立たない記憶だが。

「まあ、考えてみたら、いくらゲーム内で二十年修業積んでる言うても、それだけでここまで技能が育つわけあらへんわなあ」

「うん。私もそう思う。で、問題になるのは、ゲームで鍛えた能力が使えるのはいいとして、能力やスキルの成長が早い、っていう設定は生きてるのかどうか」

「そやなあ。ただ、生きてるかどうかを、どうやって確認するんか、いう問題はあるわな。ゲームとちごて、ステータスを見られへんし」

「そうだよね。ためしに修練するにしても、客観的な物差しがないと変化が分からないし」

「そもそも、もともと能力値は一つ二つ上がっても、見て分かるほどの影響はなかったやん」

 崖を掘りながらの宏の言葉に、苦笑しながら頷く春菜。

 宏の足元には、いつの間にか大量の岩石が転がっている。

 掘りながら仕分けを済ませているらしく、よく見ると岩石の山が二つできていた。

「大体、修練するにしても、元の能力値が高くなってくると、一ポイント伸ばすのにかかる時間とか、一回の修練での伸び率とかは悪なってくるし」

「うん。そこも問題なんだよね。多分、私達は一番低いパラメーターでも、一般の人よりは随分高いだろうし」

『フェアリーテイル・クロニクル』というゲームにおいて、装備補正なしの能力値を増やす主要な手段は三つ。

 一 キャラクターのレベルを上げる

 二 スキルの熟練度を上げる

 三 伸ばしたい能力値を使う作業を行って鍛える

である。

 例外として、クエストボーナスによる能力値上昇があるが、クエスト数が少ない上に、グランドクエスト二章以降到達が開始条件と、ハードルが高いため主要な手段からは外れる。

 また、レアドロップの消耗品の中に、使用すると特定の能力値を永久に一ポイント増やす、などというアイテムもある。しかし、ゲーム中でも五年で四つしか出現していないレア中のレアなので、この場合数に入れる必要はないだろう。

 ちなみにそのアイテム、宏は生産可能だが、材料集めが洒落にならないので、いまだに作った事はない。

 さて、最初に述べた主要手段の三つのうちで、狙った能力だけを伸ばせるのは、最後の『伸ばしたい能力値を使う作業を行って鍛える』、というやり方だけだ。

 レベルアップはスキルやそれまでの修練の傾向から、自動的に上昇する能力値を割り振るため、低い能力はいつまでっても低いままである。

 スキルの熟練度を上げて得られる能力値ボーナスは、大抵の場合二つ以上の能力が伸びる。つまり、スキルを鍛える、という作業自体が能力値の修練にもつながっているため、熟練度ボーナスが得られるタイミングに関係なく、いつの間にか関連する能力値が上がっている、などという事も珍しくない。

 このように、現実に比べればコントロールしやすいゲーム中において、ステータス表示を見ながら調整しても完璧に思うようにはコントロールできない類のものなのに、比較基準もないのに闇雲に訓練して、伸びやすいかどうかなど確認のしようがない。

「そもそも、『フェアリーテイル・クロニクル』の能力値って、主観だと十ぐらい変わらないと影響が分からないけど、他所から見ると数値が大きくなるほど、一ポイントの差が絶望的な影響を持ってるのが分かる類の仕様だったし」

「そうやっけ?」

「うん。例えばね、筋力が百五十ぐらいの場合、百五十一になると十五ぐらい基礎攻撃力が増えるの。主観だとたった十五、って事になるけど、武器で言うなら初期のナイフと同じぐらいの攻撃力が増えてるよね。これが、筋力が三百になると、基礎攻撃力が三十増えるのかな? 筋力三百の頃の三十って大した数字に見えないけど、筋力二十五ぐらいの頃の攻撃力と同じだけ伸びてるわけだから、一般の人から見たら、たった一ポイントでも絶望的な差になるよね?」

「そうやなあ。それにしても藤堂さん、えらい細かい数字に詳しいなあ」

「知り合いと協力して、能力値と派生パラメーターの相関関係を計算した事があったんだ。因みに、サービス開始時スタート組のボリュームゾーンは、キャラクターレベルが百二十から百八十の間で、最高値じゃない能力値が百五十から二百の間ぐらい」

「それで、能力値百五十を例に取ったわけか」

「そういう事」

 掘る手を止めて感心する宏に、胸を張って少し自慢げに答える春菜。

 因みに、キャラクターレベルを見るなら、春菜自身もボリュームゾーンに入る。

 能力値自体はエクストラスキルの影響があるものを除けば、一番高いもので二百五十程度。修練のきつい補助魔法と料理をマスターしている事と、生活系とはいえマスターしているエクストラスキルを持っている分、能力値はボリュームゾーンを超えて上位の下の方に入る部類だ。習得しているスキルの数が多く、一度の戦闘で複数のスキルが上昇する事も大きい。

 能力値の上昇は、スキルの補正なしで三十を超えたあたりから伸び率が急激に悪くなり、五十を超えるとレベルアップとスキルボーナス以外で伸びる事はまずなくなってくる。

 そして、七十ぐらいで一レベル上がったぐらいでは能力値が増えなくなり、素の値で百を超えると、レベルアップでもほとんど上昇する事がなくなる。

 戦闘系の上位スキルをマスターした場合でも、せいぜい合計で十五程度の補正しか入らないため、ほとんどの人間の能力値が、高くて二百程度に収まるのだ。

 ところが、これらの補正ボーナスは、生産スキルと上級の補助魔法、そして各種エクストラスキルの影響が例外的に他のものより大きくなっている。いずれも取得難易度や修練のきつさに応じた、洒落にならない能力値補正を持っており、とりわけ、エクストラスキルの補正量は大きく、取得すればそれだけで、普通の攻撃系上級スキル四つ分程度はボーナスが入る。

 もちろん、レベル五百だとか八百などという廃人になると、五百だ六百だという数値を叩き出す能力値も平気で持っている。修練そのものの回数と密度が違う上に、ありったけのクエストボーナスを総取りしているのが普通だからだ。

「どうでもええ事やけど、今んとこ、能力値的に一番高いのって、どのぐらいやろうな?」

「聞いた話だと、七百六十五がトップらしいよ。何の数値かまでは知らないけど」

「……そんなもんなんや……」

 宏の微妙な表情に、どうやら八百やそこらではきかない能力値を持っているらしい、とあたりをつける春菜。生産のエクストラスキルをたくさん持っているのだから、耐久と精神が千を超えている、などと言われても、特に驚く気はない。

「まあ、そこら辺は置いとくとして、や」

「うん」

「その事が分かったからいうて、今後の事になんぞ影響があるん?」

「影響っていうか、相談事?」

 再び鉱石を掘り始めた宏に、どう話を持って行くかを考えながら声をかける春菜。

「私の記憶が確かなら、ゲームのスタートの時って、ランダムな場所にプレイヤーが配置されて、その場所に居る兵士に声をかけられてお城に連れて行かれるところから始まったと思うの」

「そこら辺はちょっとうろ覚えやけど、確かお城であれこれチュートリアル的な感じで雑用を受けて、その報酬として支度金もらってスタートやった覚えはあるわ」

「相談っていうのはそこ」

「ん?」

「今更だけど、そのゲームのスタート時点の流れに乗るかどうか、っていうのを相談したいの」

 あまりに今更な話に、思わず苦笑が漏れる。

 第一、さん臭いからかつに城に行くのはやめた方がいいかも、と最初に言い出したのは春菜だ。

 まあ、これに関しては、春菜が言わなくても宏の方から持ちかけただろうが。

「本気で今更やなあ」

「だよね。それに、支度金とかも、特に貰わなくても良さそうだし」

「とりあえず、やっぱり当初の計画通り、まずは武器の用意からやと思うで」

「東君がそれでいいなら、私の方に異存はないけど、なんかリスクを押し付けて、おんぶに抱っこになってる感じなのがちょっと申しわけないかな……」

「現時点ではしゃあない。多分、僕が普通の戦闘キャラやったら、生活費から何から何まで藤堂さんに頼り切りになっとった話やし」

 割と軽視されがちな生活系スキルだが、実際にゲームに似た世界に飛ばされてしまえば、大きな魔法が使えるよりも美味しい料理を作れる方がはるかに役に立つ。ドラゴンを一撃で倒す剣技よりも、ドラゴンを倒せる剣を作れる方が、何倍も食いぶちを稼げるのは当然であろう。

 たまたま二人そろって、どちらかといえば生活系のスキルが充実しているタイプだったが、これがガチガチの戦闘系のコンビ、などという状況だった場合、いろんな意味で悲惨な事になっていたに違いない。今も春菜が、昼食のために持ってきたパンや乾し肉を少しでも美味しく食べられるように軽く手を入れているが、スキルを持っていなければこんな事もできないのだ。

「で、武器はええとして、防具どうする?」

「どうする、とは?」

「藤堂さん、金属よろいってタイプやないやんなあ?」

「その前に、今日掘って持って帰るぐらいで、金属鎧を作れるの?」

「一回ではたぶん無理や。僕の道具も作らなあかんし」

「だよね」

 宏の返事を聞いて、しばし考え込む。

「まあ、金属鎧がええんやったら、別に遠慮はせんでもええで。どうせ他の事に使う材料も足りへんから、あと一回二回は掘りにこなあかんやろうし」

「そっか。まあ、全身金属鎧、っていうのは勘弁して欲しいけど、胸当てあたりはそっちの方がいいかもしれないかな、とは思ってるよ」

「ブレストプレートか。僕もそっちの予定やし、まあなんとかするわ」

「いいの?」

「言うたやん。どうせ何回かはこっちに掘りになあかん、って。それより、ブレストプレートや言うても、ここいらで採れる素材で強度出すとそんなに軽くならへんし、結構ガチャガチャうるさいけどええ?」

「それはしょうがないよ。作ってもらえるだけで、感謝です」

「了解」

 そう返すと、ラストスパート、という感じで採掘作業を続ける。

 途中から、今後のために春菜もポイントを教わって崖を掘り始め、そこそこの量の鉱石をかばんにつめて下山を開始する。

 行きで懲りた春菜が結構複雑な感じで髪をまとめてアップにしていたのが新鮮で、普段と比べて随分と印象が変わったのだが、ヘタレの宏はそっちの方をほとんど見ずに、ひたすらやぶを払う作業に専念していたため、わざわざ手間をかけて髪型を変えた意味はほとんどなかったのはここだけの話である。

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