ファーレーン編 第三話 (3)

「で、話を戻して。覚えとる、言う割には道がよう分かってない感じやったんは、何で?」

「VRと現実では見え方が違った、っていうのもあるけど、一番大きいのは、覚えてるのと地形が違ったの」

「ほうほう。例えば?」

 宏の質問に、どこを例として挙げれば分かりやすいかを考える。

「ウルスに行く途中に、丘があったでしょ?」

「うん」

「あれ、VRの方ではなかったの」

「そうなん?」

 宏の不審そうな言葉に、真面目な顔でうなずく。

 あの時、表立ってははしゃぎ気味に行動してごまかしていたが、内心では記憶とはっきり違う地形に、かなり大きなショックを受けて混乱していたのだ。

「うん。街道に出た時点で門が見えてなきゃいけなかったんだけど、あの丘があって見えなかったから、地形が違うんだ、って確信した」

「って事は、その前に街道と反対の方に行こうとしとったんは……」

「あっちに抜けると、ウルスの北門にショートカットできたはずだったんだ。でも、もしあの時向こうに行ってたら、確実に迷子になってただろうね」

「さよか」

 今更どうでもいい話だったので、とりあえずそれで流して採掘を続ける宏。

 それを見た春菜が、一つため息をついて本題を切り出す。

「それで、東君はゲームの初期設定とか、どれぐらい覚えてる?」

「ほぼ覚えてない、言う感じやな」

「じゃあ、やっぱり、って単語は覚えてなかったんだ」

「ゲームでも、そういう設定やったん?」

「うん。ゲーム通りだとすると、私達はこの世界の一般人より、能力やスキルの面では成長が早いはずなの」

 春菜の言葉に、感心する宏。

 なお春菜は、過去に細かいステータスを覚えていない、と言っているが、彼女は自身のステータスぐらい、熟練度の小数点以下まで全て覚えている。もっとも、今となっては全然役に立たない記憶だが。

「まあ、考えてみたら、いくらゲーム内で二十年修業積んでる言うても、それだけでここまで技能が育つわけあらへんわなあ」

「うん。私もそう思う。で、問題になるのは、ゲームで鍛えた能力が使えるのはいいとして、能力やスキルの成長が早い、っていう設定は生きてるのかどうか」

「そやなあ。ただ、生きてるかどうかを、どうやって確認するんか、いう問題はあるわな。ゲームとちごて、ステータスを見られへんし」

「そうだよね。ためしに修練するにしても、客観的な物差しがないと変化が分からないし」

「そもそも、もともと能力値は一つ二つ上がっても、見て分かるほどの影響はなかったやん」

 崖を掘りながらの宏の言葉に、苦笑しながら頷く春菜。

 宏の足元には、いつの間にか大量の岩石が転がっている。

 掘りながら仕分けを済ませているらしく、よく見ると岩石の山が二つできていた。

「大体、修練するにしても、元の能力値が高くなってくると、一ポイント伸ばすのにかかる時間とか、一回の修練での伸び率とかは悪なってくるし」

「うん。そこも問題なんだよね。多分、私達は一番低いパラメーターでも、一般の人よりは随分高いだろうし」

『フェアリーテイル・クロニクル』というゲームにおいて、装備補正なしの能力値を増やす主要な手段は三つ。

 一 キャラクターのレベルを上げる

 二 スキルの熟練度を上げる

 三 伸ばしたい能力値を使う作業を行って鍛える

である。

 例外として、クエストボーナスによる能力値上昇があるが、クエスト数が少ない上に、グランドクエスト二章以降到達が開始条件と、ハードルが高いため主要な手段からは外れる。

 また、レアドロップの消耗品の中に、使用すると特定の能力値を永久に一ポイント増やす、などというアイテムもある。しかし、ゲーム中でも五年で四つしか出現していないレア中のレアなので、この場合数に入れる必要はないだろう。

 ちなみにそのアイテム、宏は生産可能だが、材料集めが洒落にならないので、いまだに作った事はない。

 さて、最初に述べた主要手段の三つのうちで、狙った能力だけを伸ばせるのは、最後の『伸ばしたい能力値を使う作業を行って鍛える』、というやり方だけだ。

 レベルアップはスキルやそれまでの修練の傾向から、自動的に上昇する能力値を割り振るため、低い能力はいつまでっても低いままである。

 スキルの熟練度を上げて得られる能力値ボーナスは、大抵の場合二つ以上の能力が伸びる。つまり、スキルを鍛える、という作業自体が能力値の修練にもつながっているため、熟練度ボーナスが得られるタイミングに関係なく、いつの間にか関連する能力値が上がっている、などという事も珍しくない。

 このように、現実に比べればコントロールしやすいゲーム中において、ステータス表示を見ながら調整しても完璧に思うようにはコントロールできない類のものなのに、比較基準もないのに闇雲に訓練して、伸びやすいかどうかなど確認のしようがない。

「そもそも、『フェアリーテイル・クロニクル』の能力値って、主観だと十ぐらい変わらないと影響が分からないけど、他所から見ると数値が大きくなるほど、一ポイントの差が絶望的な影響を持ってるのが分かる類の仕様だったし」

「そうやっけ?」

「うん。例えばね、筋力が百五十ぐらいの場合、百五十一になると十五ぐらい基礎攻撃力が増えるの。主観だとたった十五、って事になるけど、武器で言うなら初期のナイフと同じぐらいの攻撃力が増えてるよね。これが、筋力が三百になると、基礎攻撃力が三十増えるのかな? 筋力三百の頃の三十って大した数字に見えないけど、筋力二十五ぐらいの頃の攻撃力と同じだけ伸びてるわけだから、一般の人から見たら、たった一ポイントでも絶望的な差になるよね?」

「そうやなあ。それにしても藤堂さん、えらい細かい数字に詳しいなあ」

「知り合いと協力して、能力値と派生パラメーターの相関関係を計算した事があったんだ。因みに、サービス開始時スタート組のボリュームゾーンは、キャラクターレベルが百二十から百八十の間で、最高値じゃない能力値が百五十から二百の間ぐらい」

「それで、能力値百五十を例に取ったわけか」

「そういう事」

 掘る手を止めて感心する宏に、胸を張って少し自慢げに答える春菜。

 因みに、キャラクターレベルを見るなら、春菜自身もボリュームゾーンに入る。

 能力値自体はエクストラスキルの影響があるものを除けば、一番高いもので二百五十程度。修練のきつい補助魔法と料理をマスターしている事と、生活系とはいえマスターしているエクストラスキルを持っている分、能力値はボリュームゾーンを超えて上位の下の方に入る部類だ。習得しているスキルの数が多く、一度の戦闘で複数のスキルが上昇する事も大きい。

 能力値の上昇は、スキルの補正なしで三十を超えたあたりから伸び率が急激に悪くなり、五十を超えるとレベルアップとスキルボーナス以外で伸びる事はまずなくなってくる。

 そして、七十ぐらいで一レベル上がったぐらいでは能力値が増えなくなり、素の値で百を超えると、レベルアップでもほとんど上昇する事がなくなる。

 戦闘系の上位スキルをマスターした場合でも、せいぜい合計で十五程度の補正しか入らないため、ほとんどの人間の能力値が、高くて二百程度に収まるのだ。

 ところが、これらの補正ボーナスは、生産スキルと上級の補助魔法、そして各種エクストラスキルの影響が例外的に他のものより大きくなっている。いずれも取得難易度や修練のきつさに応じた、洒落にならない能力値補正を持っており、とりわけ、エクストラスキルの補正量は大きく、取得すればそれだけで、普通の攻撃系上級スキル四つ分程度はボーナスが入る。

 もちろん、レベル五百だとか八百などという廃人になると、五百だ六百だという数値を叩き出す能力値も平気で持っている。修練そのものの回数と密度が違う上に、ありったけのクエストボーナスを総取りしているのが普通だからだ。

「どうでもええ事やけど、今んとこ、能力値的に一番高いのって、どのぐらいやろうな?」

「聞いた話だと、七百六十五がトップらしいよ。何の数値かまでは知らないけど」

「……そんなもんなんや……」

 宏の微妙な表情に、どうやら八百やそこらではきかない能力値を持っているらしい、とあたりをつける春菜。生産のエクストラスキルをたくさん持っているのだから、耐久と精神が千を超えている、などと言われても、特に驚く気はない。

「まあ、そこら辺は置いとくとして、や」

「うん」

「その事が分かったからいうて、今後の事になんぞ影響があるん?」

「影響っていうか、相談事?」

 再び鉱石を掘り始めた宏に、どう話を持って行くかを考えながら声をかける春菜。

「私の記憶が確かなら、ゲームのスタートの時って、ランダムな場所にプレイヤーが配置されて、その場所に居る兵士に声をかけられてお城に連れて行かれるところから始まったと思うの」

「そこら辺はちょっとうろ覚えやけど、確かお城であれこれチュートリアル的な感じで雑用を受けて、その報酬として支度金もらってスタートやった覚えはあるわ」

「相談っていうのはそこ」

「ん?」

「今更だけど、そのゲームのスタート時点の流れに乗るかどうか、っていうのを相談したいの」

 あまりに今更な話に、思わず苦笑が漏れる。

 第一、さん臭いからかつに城に行くのはやめた方がいいかも、と最初に言い出したのは春菜だ。

 まあ、これに関しては、春菜が言わなくても宏の方から持ちかけただろうが。

「本気で今更やなあ」

「だよね。それに、支度金とかも、特に貰わなくても良さそうだし」

「とりあえず、やっぱり当初の計画通り、まずは武器の用意からやと思うで」

「東君がそれでいいなら、私の方に異存はないけど、なんかリスクを押し付けて、おんぶに抱っこになってる感じなのがちょっと申しわけないかな……」

「現時点ではしゃあない。多分、僕が普通の戦闘キャラやったら、生活費から何から何まで藤堂さんに頼り切りになっとった話やし」

 割と軽視されがちな生活系スキルだが、実際にゲームに似た世界に飛ばされてしまえば、大きな魔法が使えるよりも美味しい料理を作れる方がはるかに役に立つ。ドラゴンを一撃で倒す剣技よりも、ドラゴンを倒せる剣を作れる方が、何倍も食いぶちを稼げるのは当然であろう。

 たまたま二人そろって、どちらかといえば生活系のスキルが充実しているタイプだったが、これがガチガチの戦闘系のコンビ、などという状況だった場合、いろんな意味で悲惨な事になっていたに違いない。今も春菜が、昼食のために持ってきたパンや乾し肉を少しでも美味しく食べられるように軽く手を入れているが、スキルを持っていなければこんな事もできないのだ。

「で、武器はええとして、防具どうする?」

「どうする、とは?」

「藤堂さん、金属よろいってタイプやないやんなあ?」

「その前に、今日掘って持って帰るぐらいで、金属鎧を作れるの?」

「一回ではたぶん無理や。僕の道具も作らなあかんし」

「だよね」

 宏の返事を聞いて、しばし考え込む。

「まあ、金属鎧がええんやったら、別に遠慮はせんでもええで。どうせ他の事に使う材料も足りへんから、あと一回二回は掘りにこなあかんやろうし」

「そっか。まあ、全身金属鎧、っていうのは勘弁して欲しいけど、胸当てあたりはそっちの方がいいかもしれないかな、とは思ってるよ」

「ブレストプレートか。僕もそっちの予定やし、まあなんとかするわ」

「いいの?」

「言うたやん。どうせ何回かはこっちに掘りになあかん、って。それより、ブレストプレートや言うても、ここいらで採れる素材で強度出すとそんなに軽くならへんし、結構ガチャガチャうるさいけどええ?」

「それはしょうがないよ。作ってもらえるだけで、感謝です」

「了解」

 そう返すと、ラストスパート、という感じで採掘作業を続ける。

 途中から、今後のために春菜もポイントを教わって崖を掘り始め、そこそこの量の鉱石をかばんにつめて下山を開始する。

 行きで懲りた春菜が結構複雑な感じで髪をまとめてアップにしていたのが新鮮で、普段と比べて随分と印象が変わったのだが、ヘタレの宏はそっちの方をほとんど見ずに、ひたすらやぶを払う作業に専念していたため、わざわざ手間をかけて髪型を変えた意味はほとんどなかったのはここだけの話である。


    ☆


「溶鉱炉と鍛冶場を使わせて欲しいんやけど」

 翌日。忘れていた住民登録を済ませ、アンから昨日の討伐作戦はうまく行った事を聞き、ついでに報酬として六千クローネを受け取り、その足で生産施設管理人のもとへ来た宏は、単刀直入に用件を切り出した。相手が壮年の男なので、気後れもせずに堂々とした態度である。

 因みに毒消しの売値は一本五十クローネ、その内訳は材料費および協力者への報酬として十クローネ、残りを協会と宏達で折半、という形で落ち着いた。三百を何本か超えている分のお金は、協力者への報酬に回している。

 即効性の強さが効いて、普通の毒消しより十倍近い高値で売れたとの事である。

「溶鉱炉は二時間で薪代込みで二十クローネ、鍛冶道具は熱源込みで十クローネだ」

「……結構ええ値するんや」

「鉱石を精製できるほどの温度まで上げるとなると、かなりの量の薪がいるからな。ついでに言や、短時間でそこまで温度を上げにゃならんから、薪も特殊処理をした特別性の物を使っている。熱源を自力でどうにかするんだったら、鍛冶場と合わせて八クローネでいい」

 壮年の職員の言葉に、頭の中でいろいろとそろばんをはじく。結局、ここを使う回数を可能な限り減らす事を考え、一番手間のかかる手段を取る事にする。

「……そやなあ。普通の薪って、ここで買える?」

「ほう、そうきたか。普通の薪なら、そうだな。その量なら五十チロルってところか」

「なら、口止め料っちゅうか人払いも兼ねて一クローネ払うから、まずは薪頂戴」

「了解。持ってきたら席を外すから、溶鉱炉を使う時は声をかけてくれ」

「はいな」

 用意してもらった必要な量の薪一本一本に、何やら模様を刻みこみ始める宏。

 結構な量のそれに作業をしている最中に、とうとう最初から持っていた安物のナイフが欠ける。

 元々手入れができるほど質のいい物ではないので、かなりへたっていたのをそのままにしていたのだ。

「藤堂さん、ナイフ貸して」

「はい」

 春菜から受け取ったナイフで、作業を続ける。

 結局、彼女のナイフも最後まで作業を続けたあたりで刃が欠けるが、それでもどうにか必要な作業は終えられたようだ。所詮割引なしでも五十チロルで買える粗悪品、バーサークベアを仕留めて解体し、いろんな物を採取し、あれこれ削り取り、などとこき使えば当然の末路であろう。

 模様を刻み終えた薪とは別に、鍛冶場に置いてあった粉(多分火事になった時の消火剤だろう)を少し使って地面に魔法陣を描き、何やらごちゃごちゃと儀式を始める。

 十分ほどの儀式の後、一瞬、薪に青い光が宿り、表面に刻み込んだ模様が消える。

 それを確認して、一つ大きく息を吐き出す宏。

 職員が立ち去ってから三十分ほど、ようやく宏が言うところの下準備が終わる。

「ちょっと、おっさん呼んでくるわ」

「うん。その間、掃除しとくね」

「頼むわ」

 鍛冶場を出ていく宏を見送って、足元に散らばった木くずをほうきでかき集める春菜。

 魔法陣は儀式が終わった時に消えているので、後はこのゴミを処理すれば証拠隠滅完了だ。

「……この時間で、全部に自力で処理をしたのか?」

「大した事はしてへんけどな」

「まあ、お前さんがエンチャントを使えるらしい、ってのはアンやミューゼルから聞いているが」

「そういうこっちゃ。でまあ、今から溶鉱炉と鍛冶道具を使わせて欲しいんやけど」

 そう言って、十クローネを職員に渡す。

 受け取った金を見て一つ頷くと、溶鉱炉に薪を放り込み、火をおこす。

 明らかに、自分達が普段使っている薪より大きな火力だが、予想がついていたからか、職員は特に驚く様子を見せない。

「あんまり驚いてへんね」

「知られざる大陸からの客人なら、多少平均から外れていても驚くような事ではないからな」

「さいですか」

 おっさんの反応に苦笑を返し、次々に鉱石を放り込んでいく。

 春菜が運んできた分も投げ込み終わったところで、刃が欠けて使い物にならなくなったナイフと、今日使っていた手斧とつるはし二本も、柄の部分を外して放り込む。

「……ナイフはともかく、斧とつるはしはまだまだ新しかったみたいだが、いいのか?」

「今日、全部作る予定やったからええかなって。あ、そうそう。置いてあるヤスリとかタガネ、かなり傷むかもしれへんから、その分のお金も後で払うわ」

「どんな使い方をするつもりだよ……」

 おっさんのぼやくような言葉に答えず、指先で空中に魔法陣を描く。魔力の光で描かれたその模様が、溶鉱炉の中に吸い込まれていく。

 手のひらを炉に向けて、意識を集中する宏。

 その様子を、微妙に冷や汗を流しながら見つめるおっさんと春菜。

 そのまま、魔力を炉の中に流し込みながら、通常の精製手順を続ける宏。

 いくつかおっさんの知らない手順を踏みつつ精製を続け、それなりの時間が経ったところで、炉の中から溶けた金属を引っ張り出し、様々な大きさの型に入れて固め、インゴットを作る。

 こういう時、いつものダサくてヘタレた空気がどこかに消えるのが不思議だ。

「さて、どれから行くかな?」

「まずは、道具を作った方がいいかも?」

「そうやな。とりあえずはナイフとハンマーから行くか」

「ナイフ?」

「まずナイフ作っとかんと、ハンマーの柄が作られへんし」

 えらく説得力のある台詞におっさんがつい感心していると、口を挟む暇もないほどの手際で、流れるように二本のナイフを作り上げる。

 見る者が見れば一発で分かるが、素材をハンマーで叩くたびに、刀身に魔力が流し込まれていく。

 どうやら、精製段階だけでなく、鍛造の段階でもエンチャントを行うらしい。

「ナイフはこんなもんでええとして、次はハンマーかな?」

 あっという間に刃先の焼き入れ焼き戻しを終え、いしで刃の形をれいに整える。

 本来なら鉄と鋼、二種類の金属を作り、鍛造でひっつける事で剛性と弾性両方を上げるやり方をするのだが、今回は素材にあれこれエンチャントをかけているし、所詮間に合わせだという事で省略したらしい。

「作ってると間に合わへんなるから、柄は今回は手斧のやつを流用するか……」

 そんな事を言いながら、途中二度ほど時間延長をして次々と道具類を作り上げていく。

 相手の素材が硬いからか、宣言通りヤスリが二本とタガネが一本駄目になったが、端材で代用品を作ってあったため、今回は事なきを得た。

 おっさんの顔は、始終引きつりっぱなしだったが。

「ほんなら、本命いこか。どんぐらいの長さがええ?」

「ん~、えっとね……」

 完成させたハンマーで手斧とつるはしを作り終えた後、春菜の注文をいろいろ聞きながら、最後に残ったインゴットを鍛え始める。

 先ほどまでより丁寧に作業を進め、祈るような真摯さで刀身を作り上げる。

 叩く時に込められる魔力の量も、今までの物とはけた違いだ。

 その真剣な表情と見事な手際に春菜が見とれているうちに、美しいシルエットの刀身が完成する。

 そのまま残りの材料であっという間に柄とさやを作り上げ、冒険者協会に置いてあるどの剣よりも見栄えのする、シャープな印象の細剣がその姿を現した。

「ちょっと振ってみてくれへん?」


「ん、了解」

 渡されたレイピアを恐る恐る受け取り、慎重に鞘から抜き放って、十分に距離を置いてから一通りの型をなぞる。少し眉間にしわを寄せてその刀身をにらみつけた後……

「少し重心が手前すぎるかな? あと、握りの小指のあたりを、もうちょっと細くしてもらえると助かるかも」

「了解。ちょっと貸して」

 春菜のリクエストに応え、いろいろと微調整をかけ、延長した残り時間もぎりぎりとなったあたりで、修正作業をどうにか終える。

「こんなもんでどない?」

「……うん、バッチリ!」

 そう言うと、軽く演武のように新品の剣を振るう。最後に光属性の魔法剣を発動させて調子を確認し、先ほどとは違う感じで眉をひそめる。

「どないしたん? なんかまずかった?」

「まずかったわけじゃなくて、ちょっと釈然としなかっただけ」

「釈然とせえへん、って?」

 宏の質問に、どう答えるかを考え、まずは質問から入る事にする。

「これって、間に合わせの武器なんだよね?」

「そうなるな。いろいろ小細工したけど、そもそも大本の素材があんまりええもんやなかったし」

「……やっぱり釈然としない……」

「せやから、何が?」

「明らかに、前に使ってたやつよりいい物なのが、ちょっと釈然としないな、って……」

 どうにもならない事を言われて、コメントに困って沈黙する宏。

「……まあ、その辺の愚痴とか文句は、宿に戻りながら聞くわ」

「そうだね。ここで話すような事でもないよね」

「とりあえず、壊した分のヤスリとタガネの代用品は、それで勘弁したって下さい。あと、できればこの事は内密に」

「……分かってるよ。言っても誰も信じねえって」

 宏の言葉に、苦笑しながら頷くおっさん。

 実際のところ、春菜のレイピアは協会に置いてあるどの武器よりも高性能だが、上がないわけではない。名工と呼ばれるドワーフが希少金属を使って作った武器、それにガチガチにエンチャントを施せば、互角以上の物も簡単にとは言わないが、普通に作れる。

 が、この辺で採れる、質としてはいまいちな鉱石で作った、となると話は別だ。何より、それほどまでの技巧を尽くして作った物が、単なる間に合わせなどと口走る男の事など、誰かに話してもただの与太話にしか聞こえまい。

「ほな、今日はこれで失礼します」

 おっさんは、頭を下げる宏を見送って一つため息をつくと、完全に薪が燃え尽きてようやく冷めてきた溶鉱炉の熱源部分から、灰をかき出す作業に入るのであった。


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