ファーレーン編 第三話 (1)

 その日、冒険者協会は、早朝から大騒ぎであった。

「まずはドルクの枝と葉っぱを分けてまとめて、枝は皮をはぐ。それとエージュの茎とドルクの葉っぱは細かく刻んで、こんな感じにすりつぶして。割合があるから、間違っても混ぜんようにしてや。いるんはアスリンは根っこ、エージュは茎だけやから、それ以外は適当に処分しといて」

 ひろしの指示に従い、昨日のうちにかき集められ、山と積み上がった材料に立ち向かっていくはると職員達。参考までにと、材料を分けてくれた薬剤師が、何人か協力に来ている。

「アスリンの根以外は、普通に作られている応急処置用の毒消しと変わらないのですね」

「そらそうでっせ。元々、あの毒消しは効きが弱いだけで、成分的には大抵の毒に干渉できるし」

「では、このアスリンの根は?」

しょう系の毒に強い効果があるんやけど、そのままやと劇薬やから、普通の毒消しの成分で劇薬になってる部分を弱めたるんです。ただ、普通に混ぜて煮込むだけやと肝心の瘴気系の毒に対する効能まで弱めてまうんで、そこで錬金術の要領でちょちょいと細工したる必要がありますねん」

 壮年の薬剤師の質問に答えながら、手際よくアスリンの根を処理していく。

 肝心の素材だけあって一番分量が多いのに、この場にあるどの材料より早く処理が進んで行くあたり、熟練度の差というのはずいぶんと大きいらしい。

「見た事のない処理をなさっていますが、それが?」

「はい。言うてもまあ、初歩の錬金術とエンチャントの知識があったら難しないやり方なんで、機会があったらそっちも勉強したってください。必要な事だけ僕が教えてもええけど、なまびょうほうは怪我のもとやし、ちゃんとした人に習う事をお勧めします。その方が、応用範囲も広がりますし」

「分かりました」

 宏の正論に、苦笑しながら同意する壮年の薬剤師。

あずま君、この皮はどうするの?」

「はぎ終わったら置いといて。そいつと根っこは、ちょっと特殊な処理が要るから」

「了解。あとは、葉っぱと茎をすりつぶしておけばいいんだね?」

 宏の指示を受け、すりつぶす作業に混ざりにいく春菜。

 それを横目に根っこの処理を全て終え、大量の皮に取り掛かる。魔法を使って乾燥させ、刻み、すりつぶし、粉にして量を計っていく。

 一連の作業の流れるような手際に、方々から感嘆の声が上がる。

「蒸留水は?」

「用意してあります」

「ほな、代わりにそっちの作業やるから、かまどと大鍋用意しといてください」

「分かりました」

 アンに指示を出して、細かく刻まれた葉っぱをひたすらすりつぶしていく。

 他の薬剤師以外のメンバーが、せいぜい十五分程度の作業で休憩をしているというのに、宏はそれ以上の時間の作業を一切休憩せずにぶっ続けでこなしてのける。

 しかも、同じ時間で、何倍もの作業量だ。

 どんな分野でもそうだが、熟練者と素人しろうとの間には、絶望的な差が横たわっている。

「さて、下ごしらえも終わったし、あとは一気に煮込むだけや」

 慎重に計量しながら、沸騰し始めた蒸留水の中に材料を投入していく。

 まず最初にエージュの茎をすりつぶした物を両手鍋二杯分投入し、十秒ほどかき混ぜて全体を均一にする。

 その後にドルクの枝の皮を粉にした物を混ぜ、さらに十五秒ほどかき混ぜる。

 全体の色が変わったのを確認すると、ドルクの葉をすりつぶした物とアスリンの根を乾燥させて砕いた物を同時に投入し弱火に緩め、四十分ほど、魔力を込めながらひたすらかき混ぜる。

 徐々に色が変わっていき、澄んだ青色になったあたりで鍋を火から下ろす。

「あとは瓶に小分けしたら終わりや」

 魔法で荒熱を取りながら、瓶詰めのために未使用、もしくは洗浄済みの片手鍋に取り分け、ほぼ終了を宣言する。

「手伝うよ。どれぐらいの量を入れればいいの?」

「首の下ぐらいまで。そんなにきっちりやのうてもええで」

「了解」

 宏の指示に従い、お玉と漏斗じょうごを使ってせっせと瓶詰めを続ける。

 この作業においても宏や薬剤師の皆さんはさすがで、取り分けた片手鍋から直接入れているというのに、小さな瓶に正確にこぼす気配もなく流し込んでいく。

 ギルド職員の皆さんもせっせと瓶に蓋をして、それなりに手際よく封をする。

 作業開始から三時間、そろそろ十一時というあたりで、三百を超える数の毒消しが完成した。

「これぐらいあれば十分やと思うけど、どう?」

「そうですね。従軍する騎士団の数から言っても、これがいいところでしょう」

「まあ、材料的にも設備的にも、これ以上はちょっと厳しい感じやし、足らんかったら諦めて」

「分かりました。伝えておきます」

 アンに対して言うべき事を言うと、協会の購買コーナーへ移動する。

 お目当ては、採掘や採取に使う、つるはしと手斧だ。

「とりあえず、これとこれでええかな?」

 どうせ自作するまでのつなぎだ、という事で、品質的に普通に分類できる物を適当に選定。ついでに鉱石をたくさん入れられそうな、丈夫な鞄も見つくろう。

「そういえば、鍛冶道具とか貸してくれるところはあるんやろか?」

「東君、もしなかったらどうするの?」

「そらまあ、しゃあないから間に合わせで自作して、ちょっとずつステップアップするしかないやろうなあ……」

「また気の長い話を……」

「しゃあないやん。どっちにしても、ええ装備が必要やったら、最終的にはちゃんとした設備と道具を用意せなあかんねんし」

 宏の言葉にため息をつく春菜。

 この場合、ちゃんとした設備を用意する、というのは、工房を持って設備を自作する、という事だ。つまるところ、早々に宿屋暮らしを終えて、どこかに十分な広さの建物を確保しにいかねばならない。もしくはそれだけの土地を購入して、資材を集めて自分で建てるか、だ。

「すんませ~ん」

「はーい」

 宏の呼びかけに、大急ぎでカウンターに駆け寄ってくる購買担当の女性・ミューゼル。

「こんだけ欲しいんですけど」

「分かりました。ちょっと待ってくださいね」

 何やら黒板で計算を始める。

 買い取りと違うのだから単なる足し算でいいはずなのに、掛け算が混ざっているのはどういう事だろう?

「つるはしと手斧、鞄が全部二つずつで六十五クローネです」

「安ない?」

「急なお仕事をお願いしましたので、ちょっとしたサービスです。報酬については、現在国と交渉中ですので、後日おいでください」

「了解。ほなありがたく割引きしてもらいますわ」

 全く裏がないわけではなかろうが、さして警戒するほどの事でもなさそうだ。

 昨日と今日で余計な方向で目立ってしまったのだから、目を付けられるのも当然だろう。

 ならば、せめてメリットを頂戴するぐらいは構わないはずだ。

「それで、質問なんですけど」

「はい、どうぞ」

「この付近で、鉄とか採れる場所ってあります?」

「鉱石類ですか……」

 春菜の質問に、少し考え込むミューゼル。

「そうですね。北にあるレーネ山中腹あたりにある崖で、少し採れたという話はありましたね~」

「少し、ですか?」

「はい。採れるのは採れるそうですが、質も量も大した事がないそうで、結局鉱山としては使い物にならなかったんですよね~」

 ミューゼルの言葉に、思案する二人。

「それで、どうして鉱石が?」

「まあ、大した話ではないんですが、材料を持ち込めば、安くいい装備が手に入らないかな、と思ったんですよ。あと、東君の話では、錬金やエンチャントの素材に鉱石を使う物があるっていう話なので、集めておけば初歩の物は自力でどうにかなるかも、と」

「ああ、なるほど。私はてっきり、武装も自作するのかと思いましたよ」

 ミューゼルの言葉に、全くの無反応は貫けなかった二人。

 その様子に微妙に笑みの種類が変わったのを見て、しまったと思うが後の祭り。

 のんきそうに見えても、さすがに冒険者協会の職員といったところか。

「まあ、実際のところ、アズマさんほどの力量を持ち合わせている方はあまり見かけませんが、薬や武装をある程度自作する冒険者の方は、それほど珍しくはないですからね~。薬剤師の中にも、自分で材料を集めるために冒険者になった人とか、自分で使いやすい道具を追求するために鍛冶を習っている人とかも居ますし」

「つまりは?」

「協会の設備に鍛冶関係の物もありますので、必要でしたら声をかけてくださいね」

「……分かりました」

 所詮はまだ高校生の若造二人。戦闘能力は十分以上に高かろうと、こういったやり取りでは大人を相手にできるほど

 冒険者協会相手には、隠すだけ無駄らしいと諦める事にする宏と春菜であった。

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