ファーレーン編 第二話 (5)

「それでは、実技試験に移りましょう。ダンジョンの探索許可は八級以上になるか許可を受けた人物に同行する事で下りますので、今回は戦闘能力だけを確認させていただきます」

 一通りの見極めを済ませ、実技試験に。

 予想以上の実力を見せる二人にアンが舌を巻いていると、宏達からも驚いたような感心したような声が。

「アンさん、強い」

「自分、ダンジョンぐらい潜れるんちゃう?」

「ギルドの職員は、皆最低限の戦闘訓練は受けているんです。それより、住所は登録されていないのですか?」

「今日こっちに来たばかりですから」

「なるほど。でしたら、ウルスで一カ月以上活動するのであれば、明日にでも役所に行って登録してきてください。冒険者カードを見せれば、前歴などは特に確認されませんので」

「それで大丈夫なん?」

「我々冒険者協会は、そういう組織ですから」

 やけに説得力のある説明に思わず頷き、登録が済んだ証として十級と記されたカードを受け取る。

 その後、施設の使い方や依頼の受け方、昇級条件などについて一通り説明を受け、バーサークベアから剥いで来た素材を買い取ってもらって、その日やりたかった事を終える。

 ランディとクルトは、登録を始めたあたりで王城へ緊急支援要請へと向かったため、すでにこの場にはいない。

「ポーション類も込みで一万五千か……」

 交渉を終えた春菜から渡された金額を見て、難しい顔をする宏。

 いきなり稼ぎすぎた、と思う反面、必要な物を買いそろえるとなると微妙に足りない金額だ。

 とりあえず、今後の行動費として一旦春菜と折半しておく。

「全部、とても丁寧に処理されていましたので、少し査定に色を付けておきました」

「一見すごい金額やけど、結構悩ましいところやなあ……」

「難しいところだよね……」

 冒険者協会で扱っている装備品を見て、渋い顔でささやき合う。

 安い物は五十チロル程度なのだが、高い物は一万クローネを超える物すらある。

 さすがに値段が値段だけに悪くはないのだが……。

「とりあえず、今日は宿に戻って休もうか」

「そうやな。なんかいろいろあって疲れたわ……」

「お疲れ様でした。もしよろしければですが、今回のポイズンウルフの駆逐のために、明日の朝からで構いませんので、毒消しを作っていただけませんか?」

「……そうやな。聞いてしもた以上、知らん顔は気分悪いし。ただ、材料を集めに行く気力が残ってへんから、代わりに集めてくれる?」

 微妙にアンから距離を取りながら、そんな提案をしてのける。

「分かりました。これより職員を総動員して、可能な限りかき集めます」

「まあ、ポイズンウルフの毒やったら、特殊な材料は特にいらんから、数は集まると思うけどな」

 そう言って宏から告げられたレシピをメモして、奥の事務室や他の施設の職員に声をかけて回る。

 そんなアンの様子を見てため息をついた宏は、もう一度協会の販売品をざっと眺める。

 冒険者の中には初歩の製薬術や錬金術を身につけている人間も少なくはないとの事で、そういった連中のために調合用の機材も多少は売られている。

「乳鉢と鍋ぐらいは買っといた方が良さそうやなあ……」

「そこは任せるよ」

 少し考え込んだ末に、どうせ今日は使わないからいいかという結論に達し、そのまま宿に帰る宏と春菜であった。


    ☆


「……疲れた……」

 宿の個室。

 帰りに取った別行動で買い足した下着以外、ほとんど空になった鞄をテーブルの下に転がしてベッドに横たわる春菜。

 宏の方は布と糸とさいほう道具を買って来ていたので、どうやら自分で縫うらしい。

 こんな事なら、裁縫ぐらいは初級をカンストしておいても良かったかもと考えても後の祭り、下着類はさすがに抵抗があるが、せめて今後普段着ぐらいは作ってもらおうと考えをあらためる。

「なんかこう、複雑……」

 こちらに飛ばされてから三日目にして、ようやく安全に一人の時間というものを得られた。

 野宿の時の二日間は、あまりしっかり眠れなかった。

 それでも体力は十分すぎるほど回復していたのだから、この体は結構規格外だ。

 複雑なのは、あまりよく眠れなくて、微妙に寝たふりをしながら宏の様子をうかがっていた結果である。

 彼の言葉ではないが、正直卒業までに、事務的な会話以外一切話をする機会などないと思っていた相手であり、おおよその人となりは知っていても、この環境下でおかしな行動にでないと断言できるほど信頼できる相手ではなかった。

 あまりよく眠れなかったのは、モンスターに襲われるかもという恐怖よりむしろ、そっち方面の不安の方が理由としては大きかったぐらいだ。

 だが、宏の行動は予想と大幅に違い、春菜から結構な距離を取って、交代の時間までずっと何らかの作業を続けていたのだ。交代時間に起こす時以外は寝顔を覗き込もうとする気配すらなく、それはもうひたすら無心に鞄を縫い、乳鉢を削り、熊のあばら骨を磨き、一切春菜に興味を示そうとしなかった。

 面倒で疲れる作業を、多少愚痴る程度でコツコツと続ける姿には好感が持てるが、さすがにここまでガン無視されると、いくら相手が異性としてはアウトオブ眼中といえど、結構傷つくものだ。

 しかもこの男、途中で水浴びと洗濯をしてくる、と言っても一切その場から動かず、終わらせて戻ってきてもずっと作業を続けていた筋金入りで、少しばかりは持っていた女としてのプライドが、たった二日でかけらも残さずに完全に粉砕されてしまった。

 そういう視線を向けられたのは服装の話が出た時だけで、ランディとクルトが結構無遠慮にじろじろ見てくるまでは、女としてそれほど魅力がないのかと、完全に自信を喪失していた。

「この状況で、見境なしに襲ってくるよりはいいけど……」

 少しぐらいは気にするそぶりも見せて欲しいものだ。

 襲われたいわけでも一線を越えたいわけでもないが、全くそういう方向で意識されないどころか、むしろ積極的に関わり合いになりたくないというそぶりを見せられると、かなりショックが大きい。

(別に、私だからってわけじゃなさそうなんだけど……)

 冒険者協会での様子を思い出し、そう結論を付ける。

 どうも、彼は女性というもの全般と関わり合いになりたくないらしい。

 例外として、この宿の女将さんとは普通に話をしていたところを見ると、一定以上の年齢の、ビジネスライクな付き合い以外が発生しない相手は大丈夫なのではないかと思う。

 この年であそこまでと言うと、結構深刻な何かがあったのかもしれない。

 少なくとも男色の気があるわけではないのは、教室で近くを通った時に漏れ聞こえてくるギャルゲーがどうとか言う会話と、服装の話の時の視線ではっきりしている。

 なのに女性に近付きたくない、仲良くなりたくない、という思考が駄々漏れで、冒険者協会の受付や買い取り担当に対応している時に至っては、明らかに顔が青ざめていた。

 状況が状況だけに向こうの二人は気が付いていなかったが、足などは明らかに震えていた。

 あそこまで重度の女性恐怖症となると、これからの付き合い方も慎重にしなければいけない。

 最初、あまりに淡白な反応に傷ついて、思わず『当ててんのよ』をやろうとしたが、本能的にそれをやると本当の意味で全て終わると悟って、すんでのところで思いとどまった。

 今にして思えば、よく思いとどまったと自分を褒めてやりたい気分だ。

「明日、ちょっと突っ込んだ話をしたいけど、大丈夫かな?」

 いくつか確信が持てずに黙っていた事を告げ、意見を求めたいのだが、向こうがそれを良しとできる精神状態かどうかが、明日になってみないと分からない。

 さらに言うなら、話をするのは、できれば人気がなく、誰かに聞かれる可能性が低い場所にしなければならない。宏自身の事を考えるなら、十分距離を置いた上で、何らかの作業ができるような場所がいい。

 そんな都合のいい場所があるかどうかはともかく、早急にもっと細かく情報と意見をすり合わせる必要があるのは明らかだ。

 何しろ、現状二人の間での統一見解は、知られざる大陸からの客人、という肩書での王宮からの支援は、受けない方がいいだろうという事と、今回はともかく、これ以降はできるだけ派手な行動は慎もう、という二つのみだからだ。

「どっちにしても、まずは明日朝の毒消し作りが終わってから、だよね」

 帰りにばったり会ったランディの話だと、宮廷魔導師の使い魔を通じて、すでに向こうとはやり取りが完了しているとの事。使い魔が飛べる生き物でなければ、連絡のためにもう一度無理をする必要があった、と苦笑していた。

 その他もろもろの準備もあり、駆除作戦の決行は明日の昼からになるようだ。レイテ村までは比較的距離が近いため、馬を使えば昼から出ても日が高いうちに駆除に移れる。

 とはいえ、一番必要な準備はやはり毒消しらしく、宏の作業が終われば、すぐにでも出発できるように段取りを組んでいるそうだ。

「明日のためにも、早くご飯済ましちゃおう」

 どうせ春菜に大した事ができるわけではないが、多少の手伝いは可能だろう。

 少しでも気力と体力を回復させるために、とっとと食事を済ませようと宏を呼びに行く春菜。

 翌日の作業が、宏と春菜の望みとは正反対に、最も面倒な形で最も深く王宮に関わるきっかけの一つになるのだが、どういう形で関わる羽目になるのか、この時二人は知らなかった。

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