ファーレーン編 第二話 (4)
「まあ、そう
「……申しわけありませんが、その現物を見せていただけます?」
「ええよ。元々買い取ってもらうつもりやったし。何やったらレシピも教えよか?」
「教わっても、今このギルドに居る人間では検証できませんので結構です」
警戒心バリバリの受付嬢の態度に苦笑しつつ、とりあえず赤みがかった緑という感じの色合いの毒消しを差し出す。
大ごとになったためか、差し出す時に手が震えているのは
それを買い取りカウンターの方に持ち込み、何やら妙な機材の上に載せてごちゃごちゃやっている。
その結果を見て、
「申しわけありません。先ほどまでの態度を謝罪させていただきます。この薬、本当にいくらでも作れるのですか?」
「材料があれば。あ、そうそう。これも買い取って欲しかってん」
「……これは、七級ポーションですか?」
「ついでに作ったやつ。もしかしたら騒ぎになるかな、思って買い取ってもらうかは悩んどってんけど、そっちの毒消しで大ごとになるんやったらええか、思って」
そう言って、カウンターの上に三十本ほど並べてみせる。駆け出しの冒険者だと、それだけで一財産と言える数である。
「七級ポーションの値段を知らなかったのは分かるが、作りすぎじゃないか?」
「藤堂さんに、瓶作ってるところを見たいとか言われて、つい調子に乗ってん。作るだけやったら百本でも二百本でも作れてんけど、持ち運びができんからこのぐらいでやめてん」
「だって、見たかったんだもん……」
バツが悪そうにしょんぼりする春菜に苦笑し、とりあえずこの話は終わりにする一同。
作ってしまったものはしょうがないし、捨てるのはもったいない。
「それにしても、七級のポーションってえらい高いなあ」
「そりゃ、九級あたりの冒険者だったら、
「俺達でも、いいとこ三本あれば、即死でない限り無傷まで治る。値段相応の価値はあるさ」
日本円にして一本五十万とか、どんな傷薬かと思っていたが、言われてみれば納得するしかない。
何しろ、ゲーム的に言うなら、一レベルで基本攻撃以外のスキルを一切持たないキャラのヒットポイントが五十程度。レベル1ポーションの基礎回復量が百、レベル2で五百で、そこに耐久力や作った職人の技量、調合のアレンジによる補正があれこれかかるのだから、ランディやクルトの言葉は混じりっ気なしの真実という事になる。
ゲームでは、冒険者や兵士以外のNPC、いわゆる普通の人のほとんどのキャラクターレベルが高くてせいぜい五であった事を考えると、一般家庭ではレベル1ポーションまでしか必要にならないのも当然だし、瀕死の重傷を五万円で治療できると考えれば、レベル1ポーション五十クローネは高いとは言えない。
「もっとも、五級以上の冒険者になると、これぐらいでないと回復が追い付かないみたいだが」
「それで、こんなたっかいポーションを普通に売ってるんか」
「協会としても、もう少し安価に流通させたいところなのですが……」
渋い顔でため息交じりに口を挟んできた買い取り担当に、思わず顔を見合わせる宏と春菜。
なんとなくピンと来るものがあり、春菜が理由を聞いてみる。
因みに、この女性は買い取りだけでなく、各種アイテムの販売の方も担当しているらしい。
「その理由は?」
「需要の問題もあるのですが、それ以上に七級を調合できる薬剤師がそれほど多くなく、特別な素材も必要で一日に作れる数も知れているようでして」
「あ~、なんとなく分かる……」
予想通りの理由に、ため息しか出ない。
宏いわく、レベル2ポーションの調合は初級をほぼマスターしなければ、確実に作れる腕は身につかないとの事。それがどれほど大変か、ゲームで身に染みて知っている春菜からすれば、そこにたどり着かない人間の方が圧倒的に多くても仕方がないとよく分かってしまう。
「そういえば東君、このあたりっていうか、バーサークベアのあたりの草で作ってたよね?」
「うん。応用レシピやから、八級のポーションの材料でもいけるで」
「そのレシピを教えてあげたら……」
「難しいやろうなあ」
宏の言葉に首をかしげ、すぐに昨日の話題を思い出す。
「あ、もしかして?」
「うん。製薬以外に、錬金術の知識とある程度のエンチャントの技量もいるねん。っていうても、エンチャントの方は一番簡単なんが失敗なしでできる程度でええんやけど」
「話に聞くと大変そうなんだけど……」
「全く知識なしやったら、できるようになるまで最低でも一カ月ぐらいかかるやろうなあ」
「だよね」
自分の経験をもとに告げる宏に、期待をつぶされてがっくり来る一同。
「でしたら、冒険者協会と契約して、安定供給に協力していただけませんか?」
「できたらそれも避けたいんやけど」
「どうしてですか?」
「思いすごしやったらええんやけど、僕の作ったポーションって普通のより効果が強いかもしれへん。もし効果が強かった場合、普通のを作ってる人の生活を圧迫するかもしれへんから」
言われて沈黙する買い取り担当。
宏の指摘通り、彼の持ってきたポーションは、普通の物より倍ぐらい効力が強い。
これが標準になってしまったら、他の薬剤師が作るポーションが売り物にならない。
「難しい話は置いといて、だ。アン、この二人の登録を頼む」
「……分かりました。こちらの書類に記入をお願いします」
差し出された書類に、書き込める範囲で書き込んでいく。
何故かこちらの文字が普通に書けるが、これに関しては気にしてもしょうがないと割り切る。
「今思ってんけど……」
「どうしました?」
「こっちの人って、どんぐらいの人が読み書きできるん?」
「そうですね。ファーレーンの場合、都会に住んでいる人はほぼ九割が読み書きできますが、農村になると、辛うじて数字が読める程度の人が過半数でしょう。最近では地方の農村にも学校が整備されてきてはいますが、それでも国全体で見れば半分に満たないのが現実ですね」
受付の女性・アンの説明になるほどなるほどと頷く二人。
意外と高いと見るか、思ったより低いと見るかは微妙なところだが、少なくとも文字が書けるのも書けないのも不自然ではないレベルではある。
「読み書きができない人が登録に来た場合、どうするんですか?」
「書類自体はこちらで代筆し、研修の時に最低限の読み書きは覚えてもらいます。読み書きを覚えるまでは、依頼票の内容もこちらで読み上げます」
「そっか、なるほど……」
「それやったら、農村を飛び出した無謀な少年が、登録もできんで努力の余地もなしに路頭に迷う事はない、と」
「絶対ではありませんけどね。そもそも、戦技研修と読み書きの授業を受けながら仕事をするような人物は、大抵途中で挫折しますし」
丁寧に答えを返しながら、空欄の多い書類を受け取る。
ざっと面接のようなものを行い、書類に何かを書き込んでいく。
先ほどまでのやり取りで大体の人となりは把握しているが、一応規則は規則だし、何よりこの二人はファーレーンの法をよく知らないはずだ。暗黙の了解で見逃される程度の細かい軽犯罪ならまだしも、かばいようのないような大きな犯罪を、住んでいた地域の法体系や文化の違いが原因で犯されてはたまったものではない。
そういった部分が大丈夫かどうか、しっかり面接で確認しておく必要がある。
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