ファーレーン編 第二話 (3)

「ところで、武器とか防具はどないする?」

「とりあえずお金たまったら、適当に安くて丈夫そうなのを見つくろって買うつもり。そういえばあずま君って、ゲームでメインは何使ってたの?」

「これっていうのはないねん。とりあえず、よう使っとったんは斧、つるはし、鎌、ナイフあたりやけど、ハンマー振り回してる時もあったし」

「……もしかして」

「言わんといてくれるとありがたい。っちゅうかよう考えたら、最低限つるはしは絶対買わんとあかんやん」

 冒険者協会までの道すがら、春菜と宏の会話を聞くとはなしに聞いていたランディとクルトは、つるはしという単語に首をかしげる。

「薬剤師がつるはしなんか、何に使うんだ?」

「いろいろ使うで。一番たくさんいるんが、ポーションを入れる瓶を作るための石英やし、物によっては特殊な加工をした瓶を作る必要があるから、その材料が含まれた石を掘るのに、つるはしがあった方がええし」

「瓶から作るのかよ……」

「むしろ、瓶を作れんかったら話にならへん。一定ラインから上の薬は、作る段階から瓶にいろいろ小細工せんとあかんし」

 そんな話、聞いた事もないと言いたげな冒険者たちに苦笑し、自分が教わったやり方だとそうだった、と言ってごまかす。

 そんな話をしている間、左右の店をのぞんでいろんな物の値段を確認していた春菜が、ため息を漏らす。

 補足すると、ファーレーンではガラスはそれほど珍しいものではないため、現代日本のように通りに面した側をガラスのショーウィンドウにしている店も少なくない。安い物ではないが、店や一般家屋に使えないほど高くもないのだ。

「服って、結構いい値段するよ……」

「どんな感じ?」

「上下合わせると、平均で十五クローネぐらい。長期滞在だと、黒猫の瞳亭に二日泊まれるなあ、って」

「……悩ましいところやなあ……」

 宿代については、今日一泊はただで泊まれ、そこから六日分はランディ達がすでに前金で払ってくれている。一週間以上だと長期滞在で割引があり、一泊七クローネ。気を利かせて別々の部屋を取ってくれているため、二人分で八十四クローネ。そこに加えて、とりあえず当座の現金として二十クローネほど受け取っている。

 結構な金額なので、これ以上を薬代としてせびるのは気が引ける。

 彼らからすれば、薬代だけでなく、歌に対するおひねりも含んだ金額なのだが。

 食事に関しては、朝晩は宿代に含まれるが、夕食のメニューは先ほど食べた昼食と大差ないもので、サラダとスープにパンと干し肉をあぶったものかソーセージ、もしくは焼き魚がつく程度。日によってはスープと肉類の代わりにシチューが出てくる事もあるようだが、それほど大きな差があるわけではない。

 いい物を食べたければ材料を持ち込むか、追加料金を支払う必要がある。

 朝食に至っては、もっとシンプルにパンとスープのみだ。

 さらに昼食は自力で用意する必要がある事を考えると、服代一着十五クローネは結構きつい。

「いっそ自作するか……? でも、そのためには織機がないとちょっとしんどいしなあ……」

「そこからなんだ……」

 ランディ達に聞こえないようにつぶやいた言葉を聞きつけ、春菜が少々離れた場所から苦笑がちに突っ込みを入れる。

「ただでできる事はただで済まさんと。でも、よう考えたら、自分の分はともかく、藤堂さんの分はちょっとしんどいか」

「どうして?」

「いくらクラスメイト言うても、それほど接点なかった男に自分の体型とか教えるん、嫌やろ?」

「……確かにちょっと抵抗ある……」

「まだ、上着ぐらいやったらええけど、下着とかはさすがになあ……」

 宏のぼやくような言葉に思わず顔を引きつらせ、念のために聞くだけ聞いてみる春菜。

「……作れるの?」

「作った事はないけど、手持ちにレシピはあったから、多分やろうと思ったら」

「……ごめん、私今、実利と羞恥心の間ですごく葛藤してる……」

「いや、上着はともかく、下着とか肌着とかは、作れ言われても僕の方が困るんやけど……」

「……そこまで考えてなかった……」

 そんなこんなを話しているうちに、ようやく目的地の冒険者協会へ到着した。


    ☆


「思ったより、こぢんまりとした建物やねんなあ……」

「まあ、そんな大商店みたいな建物が必要なわけでもないしな」

 黒猫の瞳亭から歩いて四十分程度。

 宏の感想に苦笑しながら、勝手知ったる感じで建物に入っていくランディ。

 街のあちらこちらにある大きな商業施設などと比較すると、確かにこぢんまりとはしているが、購買部をはじめとしたいくつかの施設が入っているためか、それなりの面積と階層はある。なお、ここはファーレーンの冒険者協会を統括する施設でもあるため、他の協会施設よりもかなり大きい。また、ウルスには、あと三つほど協会の出張所がある。

「あら、ランディさん、クルトさん。護衛でメリージュへ行かれたのではないのですか?」

「ちょっとばかし状況が変わってな。雇い主の意向で、連絡も兼ねて俺達だけ戻ってきた」

「レイテ村近郊にポイズンウルフの大群が居座ってて、正直、護衛対象を連れて突破できるような状況じゃなかったから、依頼人には村で待ってもらったんだ」

「……それは事実ですか?」

「ああ。正式な依頼として処理されている。こいつが依頼票だ」

 ランディが差し出した依頼票を確認し、一つ頷く受付嬢。

「それで、被害状況は?」

「依頼人をレイテに連れ込む時に二人、突破する時に三人やられた。村は魔物よけの結界があるから大丈夫だが、食料の問題もあるから、あまり長く孤立させるのはまずい。というわけで、向こうの村長と足止めを食らってる連中とが共同で、ポイズンウルフせんめつの依頼を出すそうだ」

「状況が状況だから手付金も含めて後払いになるけど、村長さんから依頼票を預かってるから、悪いけど手続きよろしく」

「分かりました」

 割と大ごとになっているらしいそのやり取りを、ぽかんと眺める宏と春菜。

 ポイズンウルフという魔物は、狼がしょうを浴びて毒を持つようになった生き物で、単品の強さはバーサークベアよりかなり弱い。

 だが、こいつらは元が狼だけあって、とにかく群れる。

 その上、回るのはかなり遅いとはいえ致死性の毒を持っているため、ゲームでもバーサークベアとは違う意味で、序盤の初心者殺しの魔物として知られている。

 毒は爪と牙両方から感染し、特に噛みつかれると確実に致死量を注ぎ込まれるのが厄介だ。

 しかし、遅行性の毒というやつは実は耐性を得るには丁度いいため、毒消し片手にぎりぎりまで狩りをし、やばくなったら毒消しを飲んで消すというやり方で、大体のプレイヤーが早々に実用ラインでの耐性を持ってしまうため、脅威になるのは本当に序盤だけなのだ。

 ここら辺が、春菜がポイズンウルフの系統に対応する解毒魔法を覚えていなかった理由である。

 しかも、宏ぐらい人間をやめた耐久値を持っていると、耐性のない状態異常でもほとんど影響を受けない。逆に、このクラスのプレイヤーが防げない毒となると、耐性なしの駆け出しや一般人なら、触れるどころか遠くから吸い込むだけで即死しかねないほどの毒性を持つ。

「なあ、ランディさん、クルトさん」

「なんだ?」

「すごい大ごとになっとるみたいやけど、ちんたらご飯食べとってよかったん?」

「考えなかったわけじゃないが、クルトを医者に連れて行って治療する時間を考えたら、誤差みたいなもんだったからな」

「それに、この後の事を考えたら、君達の機嫌を損ねるのはまずい、って判断もあったし」

 クルトの言葉にピンとくる。

 ポイズンウルフの大群をどうにかする、となると、毒消しが相当な数必要だ。それも、宏が持っているような、魔法で消すのと大差ない効力を発揮する、即効性の強い毒消しは喉から手が出るほど欲しいだろう。

「そちらのお二人は?」

「ああ。クルトの命の恩人だ。妙な魔法でこっちに飛ばされてきたらしい」

「ああ、ですか。命の恩人、というのは?」

「恐ろしくよく効く毒消しをくれた。あの薬がなかったら、ここまでクルトが持ったかどうかも怪しい。何しろ、もらった時点で歩けなくなる程度には回ってたからな。あれはまだ残ってるのか?」

「あと九本。材料があればいくらでも作れるけど、それなりに時間はかかるで」

 宏の答えに、さん臭そうな目を向ける受付嬢。

 見た目せいぜい成人年齢に達した程度の子供が、歩けなくなるほど回ったポイズンウルフの毒を、一日も経たずに普通に動き回れるほど回復させるような効果の強い毒消しを作れるなど、にわかに信じられる話ではない。

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