ファーレーン編 第二話 (2)

「さて、ちょっと手続きをしてくるから、少し待っていてくれ」

「はーい」

「了解」

 そんな話をしている間に、少し大きな声を出せば、門番と会話ができるぐらいの距離まで近づいていた。

 ランディとクルトが二人の分の手続きや支払いをしている間に、気になった事を春菜とこっそり話し合う。

 距離が近くなったため、微妙に鳥肌が立ち足が震えているが、今回ばかりは我慢するしかない。

「なあ、とうどうさん。作ったポーションを買い取ってもらうん、ちょっとまずいかもしれへんわ」

「そんな感じするね。でも、正直レベル3の特殊ポーションはともかく、レベル2の各種ポーションは、あっても荷物にしかならないよね?」

「せやねん。それが問題やねん」

 これがただのレベル2ポーションなら売っぱらってしまっても問題ないのだが、作ったのが宏である、というのが問題だ。

 生産スキルで作ったアイテムは、作った時の生産スキルの熟練度によって、効果に補正がかかる事が確認されている。

 これが中級程度の技能で作った物なら大した差は出ないのだが、宏は神酒製造に神薬製造まで持っている、最高峰の職人である。さすがに一つ上のポーションと同じ効果、とまでは行かないまでも、普通のポーションより高い効果が発揮されるのは間違いないだろう。

 適当に作った間に合わせの道具が、どれぐらいプラス補正を打ち消してくれているかが勝負だが、作った感じ、それほど悪いわけでもなかったので、そこら辺は期待薄である。

「……腹をくくって、売っちゃう?」

「……そうしよか……」

 他の金策方法を考えたところで、結局リスクが変わらない事に思い当たり、腹をくくる事にする二人。どうせ、そんなにすぐに指名手配はかかるまいし、その気になればしらばっくれる事もできよう、と、甘く考える事にしたのだ。

 もっと正確に言うなら、国家レベルの厄介事に巻き込まれるかもしれないリスクよりも、今日明日の食事と宿をとった、というのが正解である。

「二人とも、ちょっと来てくれ」

 クルトに呼ばれて、門番のところに駆け寄る。

 どうやら、初めて訪れた人間に対する面談らしく、いろいろ質問をされた。

 どう答えていいかが分からないものも結構あったが、二人の忠告に従って、全て正直に答えておく事にする。

か」

「知られざる大陸?」

「ごくまれに飛ばされてくる事がある、君達のような出身地不明の人物が居た場所を、王宮ではそう呼んでいるんだ」

「それって、一般の人には知られてるんですか?」

「あまり有名な話じゃないかな? せいぜい冒険者の間に、都市伝説みたいな形で流れている程度だろうね」

 それもそうだろう、と納得する二人をニコニコと見守る門番二人。

「あの、それって、かたりとか居ないんですか?」

「今のところ、そういう人は見た事がないね」

「そういうのがおったとして、見分け方とかはあるんですか?」

「さっきの質問がそう。知られざる大陸からの客人は、こっちの常識をほとんど知らないからね。いくつか答えられない質問があったでしょ?」

 その質問に、納得したように頷く宏と春菜。

 門番達は笑顔のまま、宏達に一つ教えてくれる。

「知られざる大陸からの客人は、王宮からいろいろなバックアップを受ける事ができる。今、紹介状を用意してるから、明日にでも行くといいよ。あと、このチケットがあれば、冒険者が使う宿なら無料で泊まれるから」

「それはまた、お手数をおかけします」

「これも仕事だからね」

 イメージと違って愛想のいい兵士達から通行許可証と紹介状を受け取ると、見送りに手を振ってその場を立ち去る。

「また、えらく愛想のいい門番やなあ」

「ある意味で国の顔だからな」

「ファーレーンは商業の国でもあるし、無駄に威圧的にやって評判を落とす必要はない、って事らしいよ」

 二人の説明に感心すると、さっさとお勧めの宿を紹介してもらう事にするのであった。


    ☆


「ポーション類とかの買い取りって、どこに行くとええかな?」

 ランディとクルトのお勧めの宿、黒猫の瞳亭。

 宿で食事をしながら、質問交じりの雑談を続ける宏達。

「それなら、冒険者協会が一番だな」

「その心は?」

「お前達みたいな素人に対しても、基本的に足元を見ない。物によっては交渉にも応じてもらえるし、少なくとも必要以上に安く買い叩く事はしないからな」

「冒険者協会は駆け出しの冒険者のサポートもやってるんだ。実力不足なのはともかく、ちゃんと働いているのに報酬を叩いて新米が育たなかったら、困るのは協会の方だからね」

 中堅冒険者の言葉に納得する宏と春菜。

「そうだな。この際だから、冒険者登録もしたらどうだ?」

「二人とも、それなりには戦えるんでしょ?」

「まあ、バーサークベアぐらいならどうにかできるけど……」

「その装備でバーサークベアをどうにかできるんだったら十分。俺達も用事があるし、飯食ったら案内するから、登録してきなよ」

「登録しておいた方が、買い取り交渉とかにも色が付く」

 ランディとクルトの説明に頷き、そういう事ならと登録する事を決める。

 冒険者協会というやつがどういう目的で設立され、何の利益をもって運営されているのかがさっぱりではあるが、話を聞く限りでは、一応国家のしがらみを超えて運営されている組織ではあるらしい。ゲーム中でも疑問だったそこらへんの設定について、こちらの世界でわざわざ深く突っ込んでも意味はなかろう。

「登録って、お金かかるん?」

「手数料として五クローネだ」

「あと、簡単な審査があるけど、手に職を持ってる人間にとっては、それほど難しくないから」

「なるほど、了解。それやったら、バーサークベアの皮とかは、登録した後に買い取り交渉した方がええんかな?」

「そうなるな。手数料については後払いもできるが、今回はこちらで持とう。もっとも、通行税と同じく、知られざる大陸からの客人とやらなら、手数料も免除されるかもしれないが」

 どうやら、思った以上にこの国は、知られざる大陸からの客人とやらを重要視しているらしい。何か裏の一つや二つありそうで、どうにも不安になる話だ。

「まあ、何にしてもまずは、普通に冒険者登録を済ませてから、やな」

「だね。ごそうさま」

 まともに調味料を使った料理を二日ぶりに堪能し、今決めた方針に従って行動を始める。

 ウルスの街並みは、ヨーロッパとアジアの融合したような一種独特の雰囲気を醸し出している、石やレンガでできた建物と木造の建築物が入り交じったものだ。

 聞くところによると、ファーレーンの大都市は、多少の地域性はあれど、基本的にはこういう雰囲気らしい。道端にはそれほどごみの類も落ちておらず、清潔な印象である。上下水道が完備され、汚物の処理もシステム化されているとの事で、排せつ物などが原因の異臭もしない。

 南北に長い(と言っても、幅も日本列島本州の南北より長いのだが)大国ファーレーン。その首都・ウルスは、国土のほぼ中間地点にある港湾都市だけあって、非常に発達した街だ。

 北にある山脈を背に建てられたウルス城。城から続く太い大通りを幾重にも囲むように広がった街は、南西にある湾にまで届いている。

 この世界では数少ない、住民登録されている人口が百五十万人を超える大都市であり、世界で三本の指に入る大国であるファーレーンの人口が、国が把握できている数でせいぜい一億に届かない程度である事を考えれば、ウルスがいかに巨大な都市か分かろうというものだ。

 元々はじょうさい都市ウルスと港湾都市アグリナという二つの街だったのだが、七代目の国王の頃にはウルスの出口からアグリナの入り口まで子供の足でも徒歩で一時間かからない、というところまで双方が大きくなっていたため、区画整理を含めた大規模な公共工事を行って、一つの街にしてしまったのだ。

 国庫に対してかなりの痛手ではあったが、おかげで国の内外から多数の労働者が訪れ、旺盛な消費で街に大量の金を落とし、ものすごい勢いで人口が増え、結果として百年ぐらいを想定していた費用の償却が十五年程度で済んだとの事である。

 東門から西門まで、一般人の足で歩き切るには一日では厳しいその広大な街は、何本もの運河が縦横に走り、船が人々の足として利用されている。また、陸路としてもあちらこちらに乗り合い馬車の待合所があり、それとは別に小さな馬車や馬がタクシーや宅配便のように稼働している。街と街をつなぐ駅馬車に比べれば半分以下の速度(時速十キロ程度)だが、一般人の場合は自分で歩くより速いため、それなりに重宝されている。

 そのほかの移動手段としては、少々値が張るが何カ所か転移ゲートが設置されており、市民は必要に応じて使い分けている。つまり、街中の交通の便はかなり充実しているのだ。

 彼らが利用している黒猫の瞳亭は、中心付近と東門の中間、やや東門よりのあたりにある。このあたりはまだまだ海からは遠く、潮の香りがする、というほどの距離ではないが、少し高い建物の屋根に登れば、微かに港が見える位置にある。

 また、高台に建つウルス城、その北の山の中腹にある物見やぐらからなら、望遠鏡のような道具を使えば湾を見る事ができる。このあたりはやはり、ウルスが港街である事をうかがわせる。

「ん~、冒険者、か~」

「当分は、安全第一でお願いします」

「分かってるよ。と言うか、そんな難しい仕事、いきなりできるわけないし」

「まあ、当面は着替えと装備をどうにかするところからスタートやからなあ……」

 宏の水を差すような言葉に、自分が着たきりすずめである事を思い出して渋い顔をする春菜。

 正直、着替えはいろいろと切実なので、できれば今日中にとっとと何とかしてしまいたい。

 救いなのは、ファーレーンは水が豊富な国であり、風呂には困らない事であろう。街のあちらこちらに公衆浴場があり、宿や借家の類も、値段次第では個別に風呂がある物も珍しくはない。

「やっぱり冒険者となると、毎日違う服、というわけにはいかないよね……」

「やろうなあ。そもそも、持ち歩ける服の数自体が知れてるし」

 言われて納得してしまう春菜。

 家があるわけではない以上、基本的に荷物はずっと持ち歩く事になる。

 服というのはかさばる上、案外重い。それに、どんなタイプのものを調達するにせよ、よろいを身につける事を考えると、下に着る服をあまりこだわっても意味がない。

 何しろ、鎧のデザインを毎日違うものに、なんてぜいたくな真似は、金銭的にも物理的にも不可能なのだから。

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