ファーレーン編 第二話 (1)

「あれが、ファーレーンの首都ウルスだ」

 冒険者達との合流地点から二時間ほど道なりに歩いたあたりで、大きな門が見えてきた。

 話によると、東門らしい。

 冒険者の足で二時間なので、一般人ならどれほど健脚でも、最低でもあと一時間は余分にかかるだろう。直線距離なら大した事はなさそうだが、途中に丘があったため、ルートがかいする形になっているのだ。丘がなければ、最初の位置から門が見えるぐらいの距離である。

「なんか、近いんか遠いんか判断に困る距離やな」

 今までのペースと門までの距離を考えると、ウルスに入れるまであと三十分はかかるだろう。

「片道二時間半はねえ」

 軽い補助魔法で移動時間を計っていたはるが、微妙な表情で応じる。

 もっとも、二人とも、自分の体力などを勘定に入れるなら、荷物満載でもあと三十分程度の短縮は可能だろうと判断しているが、正直そのペースで長距離を歩きたくはない。

ちなみに、他の街までの距離はどんなもん?」

「ウルスから一番近い村まで、冒険者の足で八時間、ってところか。でかい都市だと、カルザスとメリージュが一番近くて、徒歩で五日ぐらいか? 馬や馬車を使えばもっと早いが」

 ランディの言葉になるほどなるほど、とうなずく。

 カルザスやメリージュまでの距離は、ゲーム中ではウルスから徒歩で二日ぐらいだった。

 どうもゲーム内の地図とは、若干縮尺や位置関係が違うようだ。

 なお、ファーレーンでは割と安値で懐中時計が普及しており、中級以上の冒険者にとっては必需品となっている。その理由は簡単で、時間指定の配達物などが結構あるからだ。

「それで、一番気になってた事なんだけど……」

「基本的に、住民登録をしてあれば出入りに金はかからない。例外は一部特権階級と冒険者だな。隊商に関しては、どうせ荷物の検査があるから、大体はその時に一緒に済ませる事になる」

「って事は、私達は今回は取られるんだ」

「ああ。まあ、大した金額じゃないから、今回は俺達が払う」

「そうそう。命の恩人だし、歌も聞かせてもらったしね」

 ランディとクルトが気負いなく答える。

 その後もいろいろと基本的な常識を教わり、ゲーム内での表現や認識との違いを埋めていく。

 ひろしにとって一番重要だったのが、ポーション類の呼び方。

 レベルいくつではなく何級という呼び方になっているらしく、例えばレベル2ポーションなら七級ポーションという事になる。最低が八級だが、回復効果はあるが弱い物を等級外とひとくくりで呼んでいるらしい。

 等級外ポーションは駆け出しの薬剤師が練習で作った物で、同じく駆け出しの冒険者に格安で売られているほか、どこのご家庭の救急箱にも、ばんそうこう感覚で一本二本は入っているとの事である。

 ポーションの呼び方に関しては、現存するもっとも古い国であるファーレーンの建国王、その仲間の魔導師が作れた最高の性能の物を一級と呼び、そこを基準に作りやすさと効果を考慮して等級を決めたそうだ。

 一級より上の物が存在するのでは、という意見に対しては、これ以上のポーションは、史上最強の英雄である建国王ですら即死手前から復活してお釣りが来るような効果になるため、無駄が大きくて必要が無いと判断したとの事である。

 製造難易度を考えると、等級分けが必要になるほど出回る事もないだろう、というのも理由の一つらしい。

 他にゲームと現実の相違点としては、ゲームで使われていたクローネという通貨の下に、チロルという通貨単位が存在する事。

 これに関しては、食材の購入単位がものによっては百単位と妙に大きかったり、宿の一泊料金が変に安かったり、ドロップ品の値段がよほどの物でもない限り五クローネ程度だったりしていたため、宏も春菜もあっさり納得している。

 因みに、一クローネは百チロルで、大体一クローネ銀貨は千円札と同じ感覚で使われている。ゲーム内の最低通貨が千円札というのはなかなか豪快だが、得てしてゲームとはそんなものである。

「そういえば、ポーション類って、普通はどの範囲まで買えるん?」

「そうだな……。値段を気にしなければ、七級のポーションぐらいまでは普通に冒険者協会で売っている。とはいえ、庶民が気軽に買える値段じゃないから、一般の薬屋には八級までしか置いてない。六級以上は国が抱えている薬剤師ぐらいしか調合できないから、まず一般に出回る事はないな」

「ほほう。そうなると、一級ポーションとか恐ろしい金額になってそうやな」

「現在一級を調合できる薬剤師は居ないと言われているから、金で買えるかどうか以前に、持ってるだけで国家間の大騒動になりかねないよ」

「たかが傷薬に大層な……」

 あまりに大げさな話に苦笑してしまう宏。

 だが、考えてみれば、レベル5以上のポーションは必ずドロップ素材がむようになってくる上、レベル7や8は結構な大物を倒さなければ、素材そのものが手に入らない。

 そして、ドロップ系素材というやつは、それが素材として機能する事を知っている人間が死体を解体しないと、余程偶然が重ならない限りは素材として使える状態でもぎ取る事はできない。

 中級や上級の製薬スキルを持っている人間が国に保護されているとなると、レベル5以上、こちらで言う四級以上のポーションはほとんど存在していない可能性が高い。

 しかも、宏は知らぬ事だが、レベル6以上、つまりこちらでいうところの三級以上のポーションには、何と部位欠損を治す能力がある。

 何故、宏が知らないかというと、『フェアリーテイル・クロニクル』は余計なところでリアルなくせに、何故かプレイヤーには部位欠損のシステムがないからだ(モンスターは普通に部位欠損が起こる)。そのため、一撃でHPがゼロになるような攻撃で腕を斬られても、戦闘不能になるだけで腕がちぎれたりはしない。

 なお、一級ポーションが重要になるのは、三カ所以上の部位欠損、それも切り落とされたりつぶされたりしてから何年もっているようなものですら回復させる能力があるからである。

 この機能はヒーリングポーションだけだが、マナポーションは加齢や反動などで落ちた魔力や最大MPを最盛期に引き戻す効果があり、スタミナポーションには部位欠損を伴わない病や事故の後遺症を治療する効果がある。これも、等級が高いほど重度のものが治療できるため、一級ポーションは国家間の戦争を引き起こしかねないほどの危険物になっているのだ。

「薬ってのは、それだけ重要なんだよ」

「そら分かるけどなあ……」

 意外に低い生産能力に、思わず内心で頭を抱える宏。

 とりあえず、春菜はともかく、宏は下手な事はできそうもない。

 薬でそれとなると、武器防具などどうなる事か、考えるのも怖い。

 プレイヤーが鍛冶で作れるものなど大した物ではないが(と、宏をはじめとした職人プレイヤーは思っている)、それでも上級なら、ドロップ素材もエンチャントもなしで、それほど危険の無い場所でとれる低級素材だけでも、一般的なNPC販売品の倍ほどの性能の物が製造可能なのだ。

 そして、ランディやクルトが身に付けている防具を見る限り、一般に出回っている装備品の性能は、ゲーム中のNPC販売品と大差ないと判断できる。

 さすがに春菜は見ただけでそこまでは分からないだろうが、宏は神の匠だ。その程度の鑑定は余裕である。

 これが普通の装備なら、宏の倉庫の中にごみ同然という感じで転がっていた製造装備が、全てこちらに転がり込んできた日には、平気で国家間のバランスを崩しかねない。

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