ファーレーン編 第一話 (5)

「藤堂さん」

「ん」

 薬を飲ませている間にざっと傷の状態を見た春菜が、初級の回復魔法を発動させて傷口をふさぐ。

「多分、これで大丈夫やと思います」

「やけに効きが早い薬だな」

「冒険者向けの調合やから、たかが毒を抜くのに、あんまりちんたらやってたらあかんのですよ」

 宏の言葉に納得する男。二人の見ている前で、毒に侵されていた男がゆっくり立ち上がる。

「本当によく効く薬だ……」

「助かったよ、お二人さん」

「いえいえ。たまたまちょうど薬を持ってただけですし」

「そうそう。材料腐らすんもったいないから、言うて作っただけの薬なんで、気にせんといてください」

 もったいないから、というレベルでこれだけの薬を作れるのが、どれほどの希少価値かを明らかに分かっていない二人を、ぜんとした顔で見つめる男達。

 思わずまじまじと宏達を観察してしまう。

 ぱっと見た印象では、どちらもひよっこ、という年齢なのは間違いない。

 体格や体型から察するに、辛うじてファーレーンの成人年齢である十五歳は超えているようだが、上で見積もっても二十歳には届いていまい。

 二人ともファーレーン人から見れば童顔な上、全体的な雰囲気が緩いというか子供っぽい感じで、間違ってもこんな高度な薬を作り出せるようには見えない。これでもし春菜が一般的な日本人のようぼう・体格であれば、ファーレーン人の基準では成人年齢に届いていないと判断されてもおかしくなかっただろう。

「とにかく助かった。薬の代金を払いたいんだが、いくらだ?」

「最近の相場がよう分からへんので、当座の生活費程度の金額と、近くの街までの案内でお願いします」

「……分かった」

 値段を聞かれて困り、正直にそう答える宏。

 どうやらわけありらしいと判断した男その一が、とりあえず医者代と考えていた額の半分を差し出す。ぶっちゃけ、相当足元を見られているが、宏、春菜ともに納得した表情である。

「それで、こんなところでどうしたんだ?」

「ちょっと、迷子になりまして……」

「土地勘がないので、どっちに行けば街があるのかが分からなくて困ってまして」

「しかも、無一文なんで、街についたところで中に入れるかどうかもはっきりせえへんで……」

 土地勘どころか、この国の一般常識その他も微妙に欠けている雰囲気の二人に、思わず顔を見合わせる男達。

 薬代で足元を見るぐらいのしたたかさはあるが、さすがに恩人を無下に扱うほど腐ってもいなければ荒んでもいない。どっちにしてもウルスまでは行く予定だったし、連れていくついでにどの程度の知識があるか確認して、必要な事は教えてやる事にする男達。

「そういう事情なら分かった。丁度これからウルスに行くところだったから、ついてくるといい」

「ありがとうございます、助かります」

「なに、助けられたのはこっちだしな。そうそう、自己紹介がまだだったな。俺はランディ、そいつはクルト。ウルスを拠点に活動してる冒険者だ」

 男達の言葉に合わせ、宏達も自己紹介を返す。

 仲間を背負っていた男がランディ、毒を食らった方がクルトらしい。

 どちらもがっちりした体格で、さほど魔力を感じない。どうも二人とも、魔法はほとんど使わないようだ。

 クルトの方がやや砕けた性格をしているようだが、正直それほど違いを感じない。

 なお、この二人いわく、冒険者ランクは下から三番目の七級だそうで、いわゆる中堅の入り口ぐらいの力量らしい。

 どうやらそこらへんの設定はゲームと同じらしく、宏もゲーム中では七級冒険者だった。

 春菜はもう少し上の五級だが、廃人の中には難関で知られているグランドクエスト四章中盤まで進んでいるのに、冒険者ランクが八級や九級で止まっているような偏った猛者も居るとの噂である。

「それで、こんなところで文なしで迷子って、いったいどうしたんだ?」

「なんかよく分からない現象が起こって意識が飛んで、気が付いたらあの森の入り口あたりに居たんです」

「……最近よく聞く話だな」

「……僕ら以外にも、そういう人がおるんですか?」

「あくまでも噂だがな。とりあえず、ファーレーンでは王宮の指示で、は保護する事になっているから、一度そっちの方に顔を出すといい」

 その言葉が理解できず、思わずげんな顔をする宏と春菜。

 あくまでも噂のはずなのに、王宮が指示を出して保護をしている。おかしな話だ。

「その話やと、国の上層部は与太話みたいな噂を信じとる、いう事になりますけど……」

「そうなるな」

「それって、偽者とか出てこないんですか?」

「どうやってか、本物を識別してるらしいぞ」

 春菜の疑問にクルトが答えるが、余計に疑問が増えるだけで何の答えにもなっていない。

「本物を識別してる、っていう事は、最低でも一人は本物が居た、って事かな……?」

「分からへん。分からへんけど、なんか変な話や」

「元々、簡単にはいかないだろうとは思ってたけど、思った以上にややこしい事になりそうだね」

「参ったもんやな……」

 どうにも、いろいろとタイミングが良すぎる。

 薬については、ぶっちゃけ偶然もいいところだろうとは思うが、王宮の方はまず間違いなく、何かが関係している。

 とはいえ、多分関わらずに済ませるのは難しそうだ。

「とりあえず、何にしても先立つものは必要やから、金策を考えんとあかんやろうなあ……」

「ちょっと歌って稼いでみるよ。アカペラになるから、上手く行くかは分からないけど……」

「ほう、ハルナは歌が得意なのか?」

「それなり、という感じかな?」

「ちょっと、歌ってもらってもいいかい?」

 クルトの申し出に一つ頷くと、大きく息を吸い込んで、そのよく通る美しい声をあたり一帯に響かせる。

 そこらをうろうろとしていた動物達まで足を止め聞きれるあたり、さすがは『神の歌』といったところか。

「……本当に、君達は何者だ?」

「ただの通りすがりの迷子です」

「右も左も分からへん田舎者で、誰かに助けてもらわんと、明日にもしかねへん若造です」

 答えになっていない答えを返し、いろいろな事をはぐらかす宏と春菜であった。

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