ファーレーン編 第一話 (3)
「本末転倒やって思うやろ? でも、これを簡単に習得できたら、今度は生産が楽になりすぎるんちゃうか、って気もするから、こんなもんでええんちゃう?」
「そうかもしれないけど……」
「まあ、そう思っといてくれた方がありがたいかな。で、最後のからくりやけど、大工、造船、土木、農業、釣りの五つは、放置の効率が他より大きく設定されてるねん」
「そうなの?」
「うん。特に大工、造船、土木は、中級あたりから普通にゲーム内時間で連続五日とかかかる仕様やから、このへんのスキルは例外的に、放置の経過時間がリアルやなくてゲーム内時間で判定されるようになってんねん。それに、他のスキルに比べて試行回数が少なくても熟練度上がるし」
言われて納得する春菜。
『フェアリーテイル・クロニクル』では、現実世界の一時間でゲーム内時間が四時間経過する。ログアウト中でもスキルの自動訓練システムがあるこのゲームでは、放置で熟練度上昇を狙うプレイヤーも多い。だが、ほとんどのスキルはログアウト時に現実時間でカウントされる上に、生産系は熟練度やメイキングマスタリーなどに応じた補正を受けるため、特に効率が悪いのだ。
しかし、宏が例に挙げた三つのスキルは、例外的にゲーム内時間と同様に扱われるため、放置による成長効果が高い。それに気付くプレイヤーが居ればの話であるが。
いろいろと楽になる仕様がこっそり仕込まれている生産関連だが、結局VRシステム自体に組み込まれた接続時間制限の四時間──ゲーム内で十六時間を、スタミナやMPの回復時間以外全て採取や加工に投入できる精神構造をしていなければ、とても上級には到達できない。
逆に言えば、それができてちゃんと情報を持っているのであれば、たとえ高校生であっても、五年で宏ぐらいの領域に到達する事は可能な、良くも悪くも単純な積み重ねが全てという仕様になっているのである。
「土木と大工は高校受験の頃、何件かギルドとかNPCの城作る仕事を引き受けて育ててん。これやったら一カ月に一回
宏が受験に入る前は、まだ職人がらみのトラブルは発生していなかった。
そのため、こういった依頼を受けて物を作る余地はあったのだ。
多分、今ではそこまで楽にあげる事はできないだろう。
「お城まで作れるんだ……」
「作れんねん。ものすごい時間かかる上に、メイキングマスタリーでも大して期限が短くならへんけど、その代わり、関連施設抜きでも十とか二十とか平気で上がりおる」
「船も似たようなやり方でカンスト?」
「うん。これまた高校受験の後半ぐらいにな。こっちはNPCから受けた船団製造クエストで上げた他、城作らせてもろた知り合いのギルドが冗談で軍艦作る、言い出したからそれに便乗して作ったりとか」
予想以上に奥の深い話に、自分の楽しみ方が浅かったと思い知る春菜。
そんな面白そうなクエストが転がっていたとは、不覚にもほどがある。
「で、エクストラスキルは、鍛冶をカンストした時に、いろいろやってて仲良くなったNPCから変なクエスト引き受けて、そのまま指示に従ってうろうろしとったら神殿の前で見た事ない材料で武器作れ、言われて、製造に成功したら『神の武器』って言うスキルが追加されて、もしかしてと思っていろんなところに顔出したら、同じ流れであれこれ覚えてん」
「あ~、私が取った時と似たような流れ。私のは『神の歌』だった」
「他にも、
「この分だと、他の生活スキルも似たような感じかな?」
「全部が全部、そうでもないやろうけど、少なくとも最終製品スキルは大体が『神の何とか』やと思うわ」
因みに、生活スキルに関しては、他にも演劇、演芸、楽器演奏、洗濯、調教、交渉、商売など幅広く存在するが、その効能はピンキリである。中には全員大工と演劇、演芸スキルを持つ劇団ギルドなどもあり、宏は一度、彼らと一緒にド○フばりのコントのセットを作る手伝いをした事がある。
そんな物まで作れる柔軟さに、『フェアリーテイル・クロニクル』の奥の深さをしみじみと
なお、生活スキルのほとんどはランク分けがなく、その分最大熟練度が高い仕様になっている。とはいえ、戦闘スキルと違って最大まで育てる人は少なく、またエクストラスキルが存在しないであろうものも多い。
「まあ、とりあえず僕の手札はこんなところかな? 戦闘スキルはせいぜい基本攻撃と挑発が上級、スマッシュが辛うじて折り返してるぐらいで、他は全部初級やし」
「魔法は?」
「そこまで手が出えへんかったから、生産の時に役に立つ生活系魔法とか生産用魔法とか以外は触ってへん」
「そっか、了解。でも、それだけエクストラスキルを持ってたら、パラメーターはすごい事になってるんじゃないかな?」
「耐久と精神とスタミナはすごいで。他はまあ、レベル相応やと思うけど。一応、グランドクエスト第一章クリア済みで、レベルは百二十四や」
レベルを聞いて、二度びっくりする春菜。案外高い。
キャラクターレベルには上限が設定されていないが、グランドクエスト第一章をクリアするまでは百が上限である。とはいえ、難関で有名なグランドクエストも第一章までは大したものではなく、普通にやればさほど詰まる事なくクリアできる。そのため、ほとんどの人間が百から二百レベルの間に居る。ただし、生産スキルでは一切キャラクターレベルが上がらないため、基本的にそれほどレベルは高くない。春菜の友人も製薬の初級をマスターしたところで挫折したのだが、その時点で春菜とは四十ぐらいレベル差がついていた。
「結構高いやろ? 材料集めでそれなりにダンジョンに潜ってるから、自然と上がってくるねん。戦闘やと基本的に前衛、っちゅうか壁役がメインやから、挑発と基本攻撃が上がってるねん」
「珍しいと思ったら、そういう事。でも、それだったら私としては結構やりやすいかも」
「ほほう? と言う事は、藤堂さんはやっぱり後衛タイプ?」
「後衛っていうか遊撃かな。補助魔法とか状態異常、いわゆるバフとデバフがメインのバランスタイプ。各種バフは、エクストラ以外では最高性能のやつまで覚えてるよ。レベルは百五十三」
「ふむふむ。熟練度はどんなもん?」
「女神の加護だけ最大。他は七割ぐらいかな? 状態異常は全部折り返したところ」
「そらまたすごいなあ」
一般に知られている補助魔法のうち、最も強力なものをマスターしていると聞いて、ひどく感心してしまう宏。
補助魔法は熟練度が伸びる条件が特殊で案外育てにくく、しかもパーティでの寄与度が低くカウントされるため、熟練度はともかく、キャラクター経験値に反映されにくい。その上結講MP消費も大きく、複数使う必要が出てくる事もあって、途中で切るプレイヤーも多い。生産ほど不遇ではないが、システム的には性能以外の面で結構扱いが悪いスキル系統なのだ。
格上を殴ると熟練度上昇が早くなる攻撃系スキルや、大ダメージを回復すると成長が早い回復スキルと違い、補助魔法は上がりが一律だ。そんなところも、パーティでの重要度の割に育っているプレイヤーが少ない原因である。
そのため、普通に戦闘ができてかつ熟練度の高い補助魔法を使える人物は回復役以上に需要が多く、ドロップ品なども優先的に回してもらえる事が多い。
「後は回復が女神の癒しを折り返したぐらいまで、攻撃は中級攻撃魔法各種と中級魔法剣をいくつかMAXにしてる。得意な武器系統は細剣系かな?」
「手数と手札の枚数で勝負するタイプか。ほんまにバランス型やね」
「うん。かっこいいからこのスタイルにしろって言われて、おだてられてね」
春菜の照れの入った苦笑に、彼女でもお調子者みたいな事をするのか、と目の前の
確かに見栄えとしては、レイピアでの魔法剣を主体とした、手数と手札の枚数で華麗に相手を圧倒するスタイルが良く似合う女性だが、学校で見た性格としては、むしろ足止めと状態異常を多用して、堅実に地味に仕留めるタイプかと思っていた。
なお、『フェアリーテイル・クロニクル』の戦闘系スキルと魔法系スキルは、生産系スキルとは比較にならないほど多くの種類が用意されており、そのうち、スキルが初級、中級、上級と分かれているのは基本攻撃と基本射撃、各種武器スキルと魔法修練だけである。
それ以外の、いわゆる技に分類されるものは、取得条件を満たすと上位の強力な技を覚えられる仕組みになっていて、それがランク分けの代わりになっているのだ。その取得条件はランク分けされているものと違い、必ずしも下級スキルをマスターする必要があるわけではない。
技や魔法の覚え方は、条件を満たした上でNPCから教えてもらうのが基本だが、自分で編み出す、文献などから復刻する、プレイヤーから教えてもらう、などの方法でも可能である。
ただし、自分で編み出すのは恐ろしく難しく、知られている限りではレベルが上位三人のプレイヤーが一つ二つ編み出した程度である。そのうち一つがエクストラスキルだったという噂だが、真偽の程は定かではない。
因みに補足しておくと、ランク分けのない生産・生活スキルは熟練度五百で、それ以外のスキルは熟練度百でマスターとなる。
「後は、細かいスキルいろいろと、歌唱のエクストラスキルと、料理をマスター、かな?」
「歌唱のエクストラがあるんやったら、呪歌とかは使わへんの?」
「あれ、範囲が広すぎる上に対象の識別ができないから、使い勝手が悪いんだ……」
「そっか。そういえばキ○キ○ダンサーも、特殊舞踏は見てる人間全員巻き込むから使い勝手悪い、って言うとったわ」
とにもかくにも、無駄なところでリアリティを追求するゲーム、『フェアリーテイル・クロニクル』。おかげさまで死にスキルも多い。歌唱も舞踏もエクストラスキルまで存在するというのに、実質単にNPCからおひねりを巻き上げるためだけのスキルになり下がっている。
「とりあえず、私の手札はこんなものかな?」
「って事は、なんかあった時は熊の場合と同じように、僕が相手を抑え込んでる間に藤堂さんが始末、いうところかな?」
「そうだね。痛い仕事を押し付けて悪いけど、お願いね」
「了解。まあ、藤堂さんみたいな美少女が殴られるよりは、僕みたいな地味なんが殴られる方がええやろう」
「美人かどうかは置いといて、そろそろ少女って年じゃないと思うんだ、私」
春菜の指摘に少し考え込む宏。
「高校三年生とか大学一年生って、微妙に表現に困る年代やと思わへん?」
「そうだよね」
「……まあ、難しい事は置いといて、食べるもん調達しよか?」
「……そうしよっか?」
それた話に見切りをつけ、とりあえず目先の問題を解決する事にした二人であった。
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