ファーレーン編 プロローグ (3)

『ありがたく頂きはするが、はっきり言って俺達のところでも余ってるぞ?』

『こっちは、余ってるっちゅうレベルやあらへんねん。悪いけど、中毒起こす勢いで飲んだって』

『しゃあねえなあ。全く、せめてNPCが買い取ってくれるか、空き瓶が回収できればいいんだがなあ』

『ほんまやで』

 体よく不良在庫を押し付ける事に成功した宏が、空いた容量を他のアイテムで適当に埋める。

『そういや、ヒロさん。その手のポーションって、どれだけ余らせてる?』

『各種五スタックっちゅうとこちゃうかなあ』

『うげえ。よくあの時期のマゾさでそんなに作れたよ……』

『何べんも言うとるけど、生産は慣れと根気と諦めやで』

『それでじゅっぷんでスタミナ切れ起こすような作業を続ける根性、俺にはなかったよ……』

『だよなあ。しかも採取で、ちゃんと薬草として使えるのを採ろうと思ったら、限界まで近づいて観察しなきゃならないしなあ』

『その上、全身使ってゴリゴリすりつぶして、ひたすら鍋かき回して、だもんなあ』

『俺、そもそも材料集めで挫折した』

 皆して、口々に生産のマゾさを口にする。

 業が深いのは、単にスタミナなどの消費が速いからはかどらないだけでなく、スタミナがかつすると指一本動かす事すらおっくうになるほどの疲れを感じるところだろう。初級生産のスタミナ消費は地味に最大値に比例するため、ある程度キャラが育ってからだと更に育てるのがきつくなるのである。

『自分ら、その程度でマゾい言うとったら甘いで。中級からは、普通に他の生産スキルで作るアイテムとか機材が絡んで来おんねんで?』

『うへえ……』

『しかも、モンスター素材も結構要るようになってくるから、今みたいに基本ソロで材料集めなあかん状況やと、最低限の戦闘能力は要るしな』

『本気で、上級の連中って頭おかしいよなあ』

『頭おかしいとは失礼な。何度も言うとるやん。生産なんざ、慣れと根気と諦めとやって。駄弁りながらやっとったら、案外育つもんや』

 宏の身の程を知らない一言に、いろいろ突っ込みたいのをあきらめる友人一同。

 この手の行きつくところまで行きついた連中に対しては、何を言っても無駄だと思ったのだろう。

 そもそもそれで普通に育つのなら、職人雲隠れ事件の後、こんなに生産アイテムが枯渇したりしないし、知り合いにもっと職人プレイヤーがいるはずである。

『前から思ってたけど、いっぺんヒロさんの倉庫の中身、見てみたいよね』

『見せてもええけど、生産品と採取系の素材で埋まっとるから、貴重品はほとんどあらへんで』

『いやいや。その山とあふれてるっていうレベル8ポーションが、すでに普通に貴重品だから』

『上級生産やってる連中の倉庫は、みんな似たり寄ったりやで。多分、売りに出したらあっという間に値崩れするんちゃうか?』

『そんなにすげえの?』

『そら、レベル8をランク落とした素材で失敗せんと作れる連中は二十四人もおるんやし、一人一種一万は持っとるやろうから、それだけで各種最低二十四万本やで?』

 一見してものすごい数だが、プレイヤー総数や消費量を考えると、あまり多いとも言えない。何しろ、廃人クラスが通う攻略時間の長い高レベルダンジョンの場合、現状一回の攻略でパーティ全体で普通に五十や百は食いつぶすのだ。

 特に中毒の発生条件が軽めのヒーリングポーションは、前衛から後衛までまんべんなく中毒ぎりぎりまで消費するため、本当に消費量が馬鹿にならない。

『まあ、それはそれとしてさ。ヒロさん、これからダンジョン潜らない?』

『おー、ええなあ。そろそろドロップ系の素材使い切りそうやし、明日か明後日ぐらいから受験のためにちょっと休止する予定やから、今からやる作業が終わったらまぜてもらうわ』

『今、何作ってるの?』

『後でのお楽しみや』

 人を食ったようにおどけながら作業を続ける宏に、とりあえず集合場所と開始予定時間を告げて自分の準備に移る友人達。

 そんな彼らを横目に、ひたすらちまちま作業を続け……。

「よっしゃ、スキルカンスト!」

 作業の目的を達成し、最近クエストでゲットした特殊スキルをマスターした事を確認する。

 集合場所に向かうために移動しようと倉庫から転送石その他もろもろを取り出したところで、メールが届いた事を示す効果音が鳴った。

「ん?」

 メールボックスをのぞくと、明らかに文字化けしたと思われる、よく分からないタイトルのメールが三通。そっこうで削除しようかと思ったが、念のために知人友人に声だけ掛ける。

『なあ。誰か今、僕にメール出した?』

『いや、出してないけど、どうした?』

『何ぞ、文字化けしたメールが三通ほど届いてなあ』

『……それ、触らないほうがいいぞ』

 宏の言葉に、一番年上のメンバーが忠告する。

『やばそうやから中身を見るつもりもあらへんかったけど、何で?』

『最近、文字化けメールでクライアントが破壊されるトラブルが何件かあったらしくてな。公式でも注意が出てる』

『へ~。そんな致命的なバグが出るって、初めてちゃうか? お、ほんまや。運営からのお知らせにのっとるわ』

『だから、運営に連絡したら、削除も含めて絶対触らないようにしておけ』

『了解。注意してくれてありがとうな』

 礼を言ってGMコール、文字化けメールについて連絡。

 運営の方にもスクリーンショット付きでバグ報告として通報。

 念のためにくだんの文字化けメール以外のバックアップを取り、今度こそダンジョンに潜りに行こうと転送石を起動させた瞬間に、異常が発生した。

『何じゃこら!?』

 文字化けメールがメールボックスを埋め尽くし、それ以外のウィンドウにまで侵食を開始する。

 唐突な展開に、無意識にグループチャットで叫ぶ。

『どうした?』

『文字化けメールがメールボックスからあふれ出しおった!』

『どういう事だ!?』

『僕に言われても! って、何で触ってもないのに勝手に開くねん!!』

 宏の悲鳴を聞きつけたチャットメンバーが、慌てていろいろ声をかけてくる。だが、それに答える余裕すら与えられず、文字化けメールがどんどん視界を埋め尽くす。

 転送石の行き先選択表示に文字化けした地名が追加され、そこが勝手に選ばれる。

「待てい! 移動キャンセルや!」

 宏の叫びもむなしく、転送石が起動し、目の前がエラーとアラートで埋め尽くされる。

 不規則に表示され続けたその二つの警告表示が、まるで魔法陣のような図形に並んだところで、宏の意識は途絶えたのであった。


    ☆


「……何じゃこら……」

 あたりを見渡し、顔をしかめながらつぶやく。

 目が覚めた時、見覚えがあるようなないような森の中に倒れていたのだ。

 森、といっても、それほど深い場所に入っているわけではないらしく、ちょっと明るい方に歩けば、すぐに開けた草原が見える。どこをさして森の入り口というかはあいまいではあるが、入り口付近という認識で問題はなさそうである。

「本気で、どないやねん……」

 周囲をじっくり観察して、突っ込みどころの多さにため息をつく。

 森を構成している植物が、全く知らない物ばかりならまだ良かった。

 元々、草木の種類など見分けがつくほど知識はない。

 なのに、この森の植物について、ほぼ全ての名前を知っているのだ。

 それも、現実世界にはないであろう物が多いという有り様で。

「しかも、この格好。何ぼ何でもこれはないで……」

 服装が、ヘッドギアをかぶる前の物でも、ゲームの中で着ていた物でもなく、作りのあらいシンプルなシャツを身に付けており、スラックスと呼ぶのもおこがましい粗っぽい縫製のズボンと、裸足よりまし、程度のまともな靴底もない靴を履いている。

 記憶にある、『フェアリーテイル・クロニクル』の初期衣装だ。

 ぶっちゃけ、みすぼらしい。

 持ち物も、着てる服以外にはちゃちなナイフが一本だけ。財布もかばんもない。

 元の服装でも財布は持っていなかったから、ナイフがあるだけましと言えばそうかもしれないが、それにしてもやってられない状況である。

「さて、どないしたもんか……」

 一通り状況確認を兼ねた現実逃避を終え、ぼやきながらも今後の行動指針となりそうなものを探す。もしかしたら命にかかわってくる可能性もあるのだから、ここは真剣に探した方がいい。などと、じっくり環境を観察していると、唐突に女のものらしい悲鳴が聞こえてくる。

 女の声、という理由で、反射的に声が聞こえた方から逃げ出そうとした宏だが、状況の変化の方が早かった。

「いや──────────!!」

「ちょい待てい!」

 声が聞こえてから十秒と経たずに、森の奥からなんとなく見覚えのある金髪の少女が、叫びながら必死の形相で走ってくる。普通の人間が出せるとは思えないスピードで走る彼女の後ろには、三メートルはあろうかという巨大な熊が。

 少女の姿を見て震えながら硬直していた宏は、足を取られてバランスを崩し、熊に追い付かれそうになった彼女を見て、頭で何かを考えるより早く、両者の間に割り込んだ。

「逃げて!!」

 聞き覚えのある声で、見覚えのある容姿の美少女がそう叫ぶより早く、体に染み付いた動作でナイフの柄を熊の腹に叩き込み、力一杯吹っ飛ばす。

 すでに頭の中は真っ白、全身の震えはおさまらない。

 女という生き物に対する、体の芯まで染みついたトラウマと、巨大熊という物理的な危機、双方に対する恐怖に理性も感情もすっかり萎縮しているのに、本能は熊を脅威だと認めていない。

 怖いからこそ、とにかく前に出る。

 東宏は、おさまらぬ震えと怖気を抱えながらも本能に押され、体に染み付いた動きで巨大熊の動きを封じ込めにかかった。

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