第四話 おっさん、居候になる (3)

 別邸であるクレストンの屋敷は飾り気のない小さな城のようであった。所々にバルコニーが見られるが、彫刻や金細工のような華美な装飾は施されていない。

 外敵侵入を防ぐための堀に掛けられた橋を進み、門を潜るとそこは別世界のように整備されていた。森の古城と言うべきか、この地に相応しい落ち着いた雰囲気を感じられる。

「向こうは、庭……いえ、畑ですか?」

「大抵の野菜類は自給自足で賄っておる。肉は外から購入するが、鶏肉は別の場所で育てておるな」

「広いですね。後で農作業を手伝わせてくださいよ、こう見えて農業は得意ですから」

「貴族の暮らしなど、さほど金は回って来んからのぅ。領地の整備などで色々要り用じゃし、精々見た目をそれらしく見せる程度で充分じゃ。自給自足も無駄に金を使わんための拙策じゃよ」

「充分だと思いますね。実に良さそうな畑ですよ、何を栽培しているのか楽しみですな」

 城は大公爵家と言う割にさほど広くはなく、その殆どが庭と畑となっていた。

 ゼロスには実に好ましい心意気である。権力に死ぬまで縛られない事の、ある種の潔さがそこにあった。おっさんの好感度がアップする。

「ティーナよ、着いたぞ?」

「えっ? もうですか? まだ魔力は残っているのですが」

「荷物は自分で運ぶのじゃぞ? 使用人達は仕事で忙しいのじゃからな」

「分かりました。御爺様」

 意外と躾が厳しいようだ。だが、これが大公爵なのだと思うと、何とも微笑ましい。

「そなたの部屋を用意させよう。明日からの話もせねばならんからな」

「家庭教師の、ですか? まぁ、僕の出来る限りは教えますが、どんな未来を思い浮かべ努力するかは彼女次第ですよ?」

「それで良い。儂はそなたを縛り付けようなどとは思わぬし、敵対する気もないわい」

「僕としても、それは避けたいところですよ」

 ワイヴァーンを単独で倒す魔導士など前代未聞であり、何よりも剣の腕もたつと来れば引く手数多だろう。そんな魔導士は自由に生きるために権力を欲してはいない。

 押し付けて逆に敵国に就かれるのは何としても避けたいのだ。気楽な交友関係はクレストン自身も望んでおり、そのためにも権力の話は避けねばならない禁忌になった。

「そう言えば、先生は杖をお持ちにならないんですね?」

「僕は、杖ではなくこの指輪が発動媒体なので、杖は使いません。これなら剣も振るえますしねぇ」

「指輪ですか……。では、その指輪はミスリル製なのですか?」

「いえ、【メタルグラードス】の胆石ですね。ミスリルよりも硬く、金属の性質を持っているので加工もしやすい。何よりも、魔力伝導率が恐ろしく高いのが特徴ですよ。

 まぁ、あの魔物の胆のうに溜まったミスリルが変質した物ですから、ミスリルでも構わないと思いますけどね」

 メタルグラードス。火山地帯に生息する金属を喰らう魔物であり、その体内から様々な金属が獲れる事で有名である。食べた鉱石がそのまま鱗に変質するので良い資源として狙われるのだが、あまりに危険度が高く、竜種であるために恐ろしく強くて頑丈なので、武器による攻撃は効果が薄い。

 更に縄張り争いを起こすほど好戦的で、侵入者は容赦なく排除に掛かるモンスターである。

 空を飛ばないだけで、ワイヴァーンよりも遥かに恐ろしい魔物であった。

「……正直、何がお主をそこまで駆り立てたのか聞くのが恐ろしい。殺伐過ぎて、逆に平穏に生きたがるのが良く解るわい」

「その認識は正しいですよ。正直、戦いの中に身を置き過ぎたんです。静かに暮らしたいというのは、ある意味で大陸を支配したいという野心家の願望並みに高いと思いますね」

「納得出来てしまうのが悲しいところじゃな。生き急ぎ過ぎて疲れたのじゃろうて……」

 妙に納得されてしまった。

 ゼロスとしてはゲーム内で暴れ回っただけの話だが、この世界の住民に話すにはデジタル世界での事を起点に置いた方が良い。しかしながら、その思い出す限りの戦闘の話は逆に殺伐過ぎた。

 その所為か、ゼロスは戦い続ける事に疲れ果てた魔導士として認識されてしまったのである。

「お主、そう言えば荷物はどうしたのじゃ? 随分と身軽じゃと不思議に思っておったのだが」

「僕は時空魔法が使えますので、荷物は別の空間に放り込んであります」

「便利じゃのぅ。時空魔法など伝説で聞くものばかりなのじゃが……」

「まぁ、荷物を収納するだけですけどね。旅の時は便利ですが、些か効率が悪いんです」

「作り変えたりはせんのか?」

「何分、古い魔法なので術式が異なって解読不可能なのです。余生はこの魔法の研究をと考えていましたから」

「太古の魔法か……そのようなものを見つけ出すとは、凄まじい人生じゃな」

 無論インベントリーの事だが、正直このシステムが何故働いているのか皆目見当がつかない。

 それ故に太古の魔法と言っておけば納得させる事が出来た。

「その魔法は複製出来るのかのぅ?」

「残念ながら、恐ろしく高密度の魔法式なので手を出せず、更に術式の文字が異なるので解読も不可。ついでに何やら防御機能があるようで、一度潜在意識イデアに刻んだら複製が出来ないようです」

「いったい、どこで見つけたのじゃ? もしかすれば他にあるやもしれん」

「どこかの戦場で戦っている時に地面が陥没しまして、その後に魔物と戦いながら彷徨っている内に小部屋で発見したんですよ。後は命懸けの脱出で気付けば山の中を一人で歩いていました。

 その後一週間は憔悴のため寝たきりになり、正気を取り戻した時には仲間と馬車に揺られ別の戦場に向かっていましたから、今でも当時の記憶はハッキリ覚えていないんですよ」

「聞かねば良かった。どれだけ過酷な世界を巡って来たんじゃ……」

 口から出まかせ出放題。そこまで言っておけばあまり深くは訊かれないだろうという判断だが、逆にセレスティーナは瞳を輝かせ尊敬の眼差しを送っていた。

 噓を吐いた分だけ、その純真な視線が酷く心に突き刺さる。

 聞く者の感性が異なれば、その捉え方も異なる良い例であろう。

 その後は魔導士の基本となる簡単な訓練方法を説明しつつ、屋敷の中へと入って行った。


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