第四話 おっさん、居候になる (2)
馬車はいよいよサントールの街に入る。
街の門の前で簡単なチェックを受けるが、馬車自体にこの街を治める公爵家の家紋が刻まれており、何の問題もなく通り過ぎる事が出来た。
「凄いですね……街自体を城門で囲むのは良くありますが、これは規模が違う」
「多くの民が行き交う要所じゃからな、厳重に守らねば意味はなかろう? 民は儂等貴族が守らねばならぬからな」
「そう思ってくれる貴族がどれだけいる事か……。まさかとは思いますが、初夜税などと言い他人の妻を寝取る輩もいたりするのでしょうか?」
「おるな。そ奴が魔導士の最頂点である宮廷魔導士の筆頭の一人じゃからのぉ……、嘆かわしい事じゃ」
「あ~……やっぱりいるんだ。何故国は処断しないんです? 民あっての国で、別に王族や貴族がいなくても民は生きていける事を知らないんですかねぇ?」
「優秀だったからじゃが、お主を知った今ではとてもそうとは思えん。ただの矮小な俗物じゃよ」
当時、セレスティーナに家庭教師として優秀な魔導士を探していたクレストンの元に、その筆頭魔導士が現れた。教師となる魔導士を紹介する代わりに金を工面して欲しいと言われ、背に腹は代えられず金を用意したのだが、紹介された魔導士は原因も分からず途中で匙を投げ、結局のところ彼女は魔法を使えなかった。そんな彼女を救ったのが、どこの馬の骨とも分からない無名の魔導士である。しかもその魔導士はあまりに有能過ぎて、しかも権力を求めてはいない。
比べる事自体が間違っていると思うが、高みを目指すと吹聴しながらも権力に固執する俗物と、権力すら要らぬと鼻で笑い高みに辿り着いた魔導士とでは、高潔さに差があり過ぎた。
「ティーナは高みへと辿り着けるかのぅ……」
「それは努力と才能次第では? 結局は死ぬまでその情熱を持ち続ける事が出来るかに掛かっていますし、個人の資質や成長で変わる訳ですから、一概には何とも言えませんよ」
「そうじゃな。だが、努力は決して無駄にはなるまい?」
「努力は人を成長させます。個人的に言えば、好奇心が強いみたいですからかなりの実力を持つ事になるのでは? 僕みたいに、うっかり危険な研究に足を突っ込まない事を祈るばかりですよ」
「お主はうっかりで危険な研究をするのか? 危うい探究者じゃな……」
思い出すのはオンラインゲームの魔法実験。おっさんは年甲斐もなく暴走し、数多くの馬鹿な真似をしでかしている。この世界はその馬鹿な真似を現実にする事が可能で、彼女にはそんなおかしな方面に踏み込んで欲しくはない。
おっさんの黒歴史を現実にすれば、危険な凶悪犯罪になってしまうだろう。
セレスティーナの将来を思いつつ、ゼロス達を乗せたクレストン所有の馬車は、街の中を進む。
サントールの街並みは全て煉瓦と漆喰で固められた建物が並び、街を行き交う人々は日々の生活の中で懸命に生き、その活力は賑わいとなって街に溢れている。
時折商人の馬車とすれ違い、中には傭兵のような武器を携えた者達の姿も見られる。
広い街並みではあるが、馬車は何故か森の中へと進んでいた。
「何故、街の中に森があるんですか? しかも中央付近ですよね?」
「この先は険しい岩山でな。その周囲に森が広がっておるのじゃよ。儂の別邸は、そこの中心にあるのじゃよ。領主邸は街の中じゃがな」
「何とも……街自体が天然の要塞か。周囲は防壁で二重に囲み、後方は岩山で塞がれ、前方は大河な上に段差が高過ぎて攻め難い。船で来た商人は、どう荷物を運んでいるのか……」
「滑車を使って引き上げるか、後は遠回りになるが指定の通路を上って運んでおる。商人はこの土地で重要な金の流れを作るからのぅ」
「下手に税金を上げれば反発されそうですなぁ」
「欲に溺れぬ限り大丈夫じゃろぅて、その辺りは弁えておるわい。まぁ、ゼロス殿の言うように、貴族の中には税金は自分の金と思い込んでいる者達も多いのは確かじゃな。一部の商人を懇意にし、権力にものを言わせて賄賂を受け、贅沢三昧の者も少なからずいるじゃろう」
その中で、ソリステア大公爵領は健全な領地運営をしていた。
「問題は儂の息子が権力に溺れん事じゃな。些か調子に乗っているところもあるしのぅ……使用人の娘に手を出すのはまだ良いとして、訳ありの娘や人妻などにも手を出す始末じゃ。裏で色々やらかしておる」
「……男の甲斐性とか言ってそうですね」
「儂の目の前で堂々と言いおったぞ? 正直、孫が何人おるか見当もつかん。分かっているだけでも五十人ほど手を出しておるから、些か問題じゃ」
「家督争いで血を見ますね……。遺言や後継者は、はっきり決めておいた方が良いですよ? 後々面倒になりますから。僕は面倒に巻き込まれた立場でしたけど」
「どこの娘かは知らぬが、時折、金をせびりに来る。証拠がないのじゃから直ぐに追い返せるのが幸いじゃ」
現公爵は別の意味でやり手だったようだ。
家督争いに巻き込まれないようにしなくてはいけないと、内心警戒レベルを上げる。
「見えて来たようじゃな」
「おぉ……中世の如き建造物。まさか、貴族の屋敷に泊まる日が来ようとは思いもしませんでした」
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