第三話 おっさん、少女の悩みを解消す (3)

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「パンだ……。パンがある……」

 休憩地点で野営の準備中、ゼロスはパンを見て泣いた。

 一週間もの間、広大な森を生き抜き、肉以外を口にした事のなかったゼロスは今、感無量の涙を浮かべている。香辛料は存在していたが食料はなく、肉だけのサバイバル生活に嫌気が差していた。

 毎日生肉を求め魔物を倒し、血の臭いにつられて新たな魔物が集団で襲って来る事の繰り返しで、生きる意味すら原始的な本能に置き換わり、空腹を満たすためだけに獲物を狩る事に明け暮れていた。

 そして今、彼の目の前には、しばらく見なかった人間らしい食事が用意されている。

 これが泣かずにいられようか?

「この程度で泣くとは、今までどんな暮らしをしていたのじゃ? 聞くのが怖いのじゃが……」

「森で迷い続けて一週間、魔物に追われる毎日でしたよ。口にしたのも肉以外はない……クッ……生きていて良かった……」

「どこの森でそんな事に……過酷過ぎます。荒行でもしていたのですか?」

「さぁ、森の地名なんて知らないですし、ワイヴァーンが襲って来た時は苦戦しましたねぇ~。空腹で……。フフフ……しつこい蜥蜴でしたよ」

「「「「ワイヴァーンっ!?」」」」

 傍にいた騎士二人も含め、四人が一斉に驚愕の声を上げる。

「ワイヴァーンなどから、どうやって逃げたんだ!」

「まさか、倒したのかぁ!?」

「もしそうなら、そなたは『竜殺し』じゃぞ? 英雄と呼ばれてもおかしくはないぞ!」

「どのような冒険だったのか聞かせてください!」

「竜殺しだなんて大袈裟な。ただの空飛ぶ蜥蜴じゃないですか、慣れれば楽勝でしたね」

「「「「その考えはおかしい(です)!!」」」」

 ワイヴァーンは別名【空の悪魔】と呼ばれている。一度、上空から獲物を発見すると執拗に追い駆けて来るのだ。しかも飛行速度が速く、先回りするほどの高い知能を持っていた。

 その上、群れで行動する事が多く、討伐依頼を受けた傭兵が幾度となく返り討ちに遭うほどだ。

 ちなみに肉は最高級食材である。

「最高級食材か……七頭分あるけど幾らで売れるでしょうか? とても食べきれなくて困っているんですがねぇ~。まぁ、美味い肉だから少しは残すけど」

「た……倒してやがった。化け物か……」

「正気か、空の悪魔だぞ? 普通じゃ勝てる筈がない魔物なのに……」

「これが上位の魔導士……。個人だけで、そこまでの強さなんて、凄いです」

「肉はぜひとも売って欲しいところじゃが、何なのじゃそなたの強さは……」

「ん? ベヒーモスほどじゃないでしょう? 要領良く戦えば簡単に倒せますよ?」

「「「「ベヒーモスは最悪の災厄指定モンスターだ(です)!!」」」」

 やけに興味を引かれてしまったので、仕方なしに身の上話をする事にした。

 無論ゲーム内での戦闘の話であり、現代日本から転生させられたとか、邪神と闘ったなどの話は省き同時に幾つかの噓を交えて語る。

 内容は──ゼロス・マーリンはどこの国で生まれたかも知らず、幼い頃から両親と旅をしながら魔導の研究に明け暮れ、魔法の理を極めようとしていた。

 十代である国の魔法研究機関に就職するが、直ぐにクビ。魔物専門の傭兵となり、その後は各地を転戦。その内に自分と同じ境遇の仲間四人と出会い、五人でパーティーを組んで魔導の極限に挑む旅を続けた。無茶な戦いに身を投じては、自分が作り上げた魔法の実用性を実験し、再び転戦を繰り返す毎日。そんな日々に嫌気が差したのか、仲間達は一人ずつ個人の事情で抜けて行き、また一人となってしまった。やがて普通に暮らせる場所を望むようになり、その最中に道に迷い、森の中で迷う羽目になり現在に至る。

 搔い摘んで話すとこんなところである。その結果……。

「戦闘経験が豊富な理由は、それであったか……。まさかそのような探究者がいるとは……」

「我等も鍛え方が足りない。あの程度の盗賊に後れを取ったのだからな」

「恐ろしい話じゃが、ベヒーモスを倒すなど正気ではないぞ? しかも五人でなぞ……」

「ゼロスさんの強さは、実戦で裏付けされたものだったのですね。私はまだまだ未熟です」

「ただの馬鹿が人生を棒に振っただけの話ですよ。そこまで暗くなる話でもないでしょう」

「魔導の極限を目指すなど確かに馬鹿じゃな。この国の魔導士も少しはその気概を見せてもらいたいところじゃて」

 ……必要以上に英雄視されてしまっていた。

 まぁ、ゲーム内のデータを基に肉体を再構築されたのだから、あながち間違いと言えなくもない。

 何より圧倒的な強さで盗賊を蹴散らしたのだから、羨望の目を集める事に一役買ってしまったのである。これにはおっさんも予想外であった。

「そうなると、そなたの格はどれくらいなのじゃ?」

「……聞きたいですか? 知らない方が良いですよ? 正気のレベルじゃありませんから」

「そこまで高いのか……噓だろ?」

「本当か? うぅ~む……騎士団の訓練内容を見直す必要があるな」

「最高値の500はありそうですね? ワイヴァーンを倒したのですから♪」

「いや……(その三倍は軽くある)ボソ……」

「「「今、何て言ったぁあああああああああああああああああっ!?」」」

 レベル1879はダテではない。レベルは高くなるほどに成長が滞りがちになり、約500で成長が止まると言われている。だが、1000を超えた者がいるとなると、常識は覆る事になる。

 そもそも邪神を倒してしまったのだから、それくらいは上がるだろう。ボーナスが多かったために、急速にレベルアップを果たしてしまったのだ。

 そんな馬鹿げたアバターをベースに肉体を構築すればどうなるか……。

「スキルも恐ろしい事になっておるじゃろぅな。敵に回したくはないわい」

「そうですね。閣下の御力で抑えられるような相手ではないですよ」

「下手すれば国を滅ぼせる魔導士……。まさか、実在するとは……」

「僕は魔導士ではなく、大賢者なんですがね。まぁ、魔導士で構いませんが、くれぐれもご内密にお願いします……」

「「「もう止めてくれぇ、常識が崩れ落ちるっ!!」」」

「常識なんて簡単に崩せるものですよ。それよりも食事にしませんかねぇ?」

 その日の夕食は異常なまでに静かであった。

 ただ一人、泣きながらパンを食べる者を除いてはだが。

「うぅ……久しぶりのパンが、ここまで嬉しい事だなんて……。本当に生きていて良かった」

 大賢者様は食に飢えていらっしゃる。

 色んな意味で非常識を目の当たりにした公爵一行だった。


 翌朝、ゼロスが目を覚ますと、セレスティーナが魔力操作を覚えるための訓練を始めていた。

 今の彼女は何かの枷が外れたが如く、魔法に対して真剣に向き合っている。

 実を言うと彼女は昨夜の内にゼロスが編集した魔法術式を全て叩き込み、現在使える魔法を自分の手で調べ上げていたのである。基本とは言え今のセレスティーナには攻撃系は大量の魔力を必要とし、荷が重いだろう。そのため魔力消費量を減らす効果を持つ【魔力操作】のスキルと、【魔法耐性】のスキルを狙い訓練を続けている。

 二兎を追う者は一兎をも得ずと言うように、両方のスキルを手に入れるにはかなりの魔力と修練が必要となる。その所為か、魔術士の多くは先にレベルを上げて保有量を増やし、その後から訓練を始める者が多かった。だが、そのレベル上げはセレスティーナのような貴族生まれには難しく、実戦を行うにしても魔力が足りずに攻撃魔法が二~三回しか使えない。

 レベルの高い魔物を倒せば一気に個人レベルは上がるが、それに挑むにはあまりに無謀過ぎた。

 また、仮に魔力の保有量が上がると、今度は訓練に強力な魔法を使用しなくてはならなくなる。

 魔力が増えるという事は、同時に保有魔力が減り辛くなるという事であり、大幅消費が可能な魔法を覚えなくてはならない。最も効率良く行うのが攻撃魔法なのだが、攻撃魔法を無闇に撃ちまくる訳には行かないだろう。

 この訓練が近い内に頓挫するのは間違いない。

「さっそく、今日から訓練ですか? セレスティーナさん。倒れないように自己管理も重要ですよ?」

「あっ、先生!」

「せ、先生?」

「はい♪ 私に魔法を教えてくれましたから、先生です。いけませんか?」

「まぁ……別に良いですが、僕は先生と呼ばれるほどの事はしていませんがねぇ?」

「いいえ! 充分な事をしてくださいました。私はこれで前へ進む事が出来るのですから!」

 おっさんは、知らない内に、彼女の人生に大きな影響を与えてしまった。

 多少戸惑いながらも、彼はボサボサの髪を搔きながら苦笑いを浮かべる。

「魔力操作を覚えてからが大変になりますよ? いずれ魔力を消費する事が困難になるからなぁ~」

「それでも、やらないよりはマシですよね? 私は先生のような魔導士になりたいのです」

「……いや、それは少し凶悪ですって。まぁ、目標がある事は良い事ですが、何故に僕なんでしょう? 正直、ロクでもない魔導士なのは自覚しているんですがねぇ……」


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