第三話 おっさん、少女の悩みを解消す (4)

 ゼロスは、自分がいかに規格外なのか今一つ良く理解してはいない。

 おっさんの認識は、『これ、チートじゃん! あんまり人に誇れないなぁ~』程度にしか考えていなかった。だが、セレスティーナから見れば、この国の全魔導士よりも遥かに優れた賢者であり、魔法に関するエキスパートにして探究者。

 羨望と尊敬の念を送るには充分なほどの、優秀で偉大な魔法使いなのである。

 何より、彼女自身の抱えていた問題を鮮やかに解決し、更に欠陥を抱えた魔法術式を遊び半分で効率の良いものに書き換えた姿は、最早心酔すべきものであった。

 セレスティーナに『魔導士はこうあるべきだ』の理想を見せつけてしまったのだが、そんな事になっているなど、ゼロスは全く気付かないでいた。

「分からない事があれば教えますが、魔法の作成には気を付けないといけない。何しろ、失敗したら自分だけでなく周囲に被害が及ぶから、充分なスキルとレベルが必要になりますよ」

「まだそこまでは行けませんが、いずれはその高みに至りたいと思っています。これからの御指導、お願いします!」

「へっ? 待ってください。これから? どういう事……」

「御爺様から聞いておられないのですか? 私の家庭教師になってもらおうと頼んでみるという話でしたから、てっきり御爺様から話をされていたものと……」

「聞いてない……。まぁ、無職でいるよりはマシですがね」

 四十路のおっさんが無職なのは世間体が悪い。何より結婚願望があるため、定職を持っているに越した事はない。ただ、結婚したいなら自分の身なりくらいは何とかしろと言いたいところだ。

 傍目には、ただのだらしないおっさんにしか見えないのだから……。

「家庭教師って、期間はいつ頃までですかね?」

「大体……そうですね。私の夏季休暇が終わるまででしょうか? 二ヶ月したら、私は学院に戻らねばなりません……」

「学院? 魔導士の学校があるのですか?」

「はい、【イストール魔法学院】といいまして、貴族の子供達がそこで学び魔導士の道へ進むのです。ただ、色々と派閥がありまして……」

「面倒な学院ですね。まともに魔法を教えているのか正直に言ってあやしいし、あの教本の魔導書を見る限りでは、かなり難航している気がするなぁ」

「私も、先生とお会いした時からそう思うようになりました。あそこで学ぶ必要があるのでしょうか?」

「パターンからして、恐らく貴族内での繫がりを作るための社交の場となっているのでは? 魔導士の修練は二の次で……」

 子供達にまで派閥を押し付けるこの国の情勢に対し、ゼロスは軽く眩暈すら覚えた。

 多感な時期に派閥のような枠組みを押し付けるのは一種の洗脳教育であり、正直あまり良い気分ではない。当然、陰湿な虐めなどもあるだろうし、何よりも子供達の精神が歪みかねない。


「お嬢様、逃げてください!」

「ブラッド・ベアーが!」

 突如話を遮り、騎士の二人が慌てて駆け寄って来る。

 その後方には、漆黒の体毛を持つ巨大熊が咆哮を上げていた。

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【ブラッド・ベアー】レベル15

 HP 600/600

 MP 103/103

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「早く避難を!」

「【鋼の縛鎖】」

 ───グォオオオオッ!?

 すかさず捕縛魔法でブラッド・ベアーを捕縛する。

 そしてゼロスは、とんでもない無茶を言い出す。

「セレスティーナさん、攻撃魔法は覚えましたね?」

「えっ? お、覚えましたけど……何故ですか?」

「アレに試し撃ちしてみましょうか。運が良ければレベルが上がるかもしれませんよ?」

「無理です! 私の魔法では全力でも三回くらいしか……」

「それだけあれば充分だよ。【天魔の祝福】」

【天魔の祝福】は魔法攻撃を大幅に引き上げる、ゼロスオリジナルの付与魔法である。

 仲間の魔導士にこの魔法を掛ける事により、殲滅戦を繰り返してきた。何しろ威力が一時的に十倍近く跳ね上がるのだから、その破格な効果は彼等の常識の埒外であった。

「で、では……紅蓮の焰よ、敵を焼き尽くせ、【ファイアーボール】!」

 ───ドゴオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 轟音が響き渡り、砂塵が吹き荒れる。

 とても基本魔法の威力とは思えない凶悪な威力で、ブラッド・ベアーは炎に包まれた。

「「「えぇええええええええええええええっ!?」」」

 強化された魔法の威力に驚嘆したのは、当然騎士の二人とセレスティーナであった。

「止めを刺してあげてください。今度は別の魔法で」

「ハ、ハイ!? 風よ、斬り裂け、荒ぶる刃、【エアーカッター】!!」

 風の魔法は本来であれば威力が弱い。しかし、強化された【エアーカッター】はブラッド・ベアーを真っ二つに両断した。普通、あり得ない威力である。

 レベル5のセレスティーナに、レベル15のブラッド・ベアーが倒せる訳がない。

 だが、その常識は非常識のおかげで覆された。


「ひぃやっ!?」

 突如襲った眩暈に崩れ落ちそうになったセレスティーナを、ゼロスは咄嗟に抱える。

 急激にレベルが上がった事により、耐性のない彼女は立ちくらみを起こしたのだ。

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【セレスティーナ・ヴァン・ソリステア】レベル11

 HP 205/205  MP 151/211

【スキル】

 火属性魔法 10/100 水属性魔法 1/100 風属性魔法 5/100

 地属性魔法 1/100 光属性魔法 1/100 闇属性魔法 1/100

【身体スキル】

 魔力操作 3/100 我慢 50/100

【個人スキル】

 忍耐 50/100

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『これは意外にレベルが上がりましたねぇ~。ボーナス効果でしょうか?』

 セレスティーナのレベルは一気に上昇し、おっさんは初めてレベルアップの瞬間を目撃した。

「レベルが11に上がりましたよ。これで魔力の保有量が大幅に上がったようですし、出来る事の幅が広がりましたね」

「えっ? いきなり六つも格が上がったのですか!? 信じられません」

「実戦で得たレベルアップですから当然かな。何しろ格上の相手だったからね」

「は、はぁ……?」

 セレスティーナは実感がないようである。何しろ魔法強化魔法で威力を上げて、二回しか魔法を行使していないのだから当然だろう。

 だが、彼女は確かにブラッド・ベアーを倒し、レベルを上げたのだ。

「……もう一匹くらい出て来ないですかね?」

「「「やめてください!!」」」

 騎士達を含めて一斉にツッコミを入れる。

 その頃クレストンは何をしていたのかというと……。

「おめでとう、ティーナ。お前はとうとう、自分の手で魔物を倒す事を成し遂げたのじゃ……」

 馬車の陰で孫の成長に喜び泣いていた。どこまでも孫娘に甘い爺さんなのである。


 その後、彼等はブラッド・ベアーの解体を済ませ朝食を摂ると、再び街に向けて馬車を走らせる。この辺りで最大の街、【サントール】へと……。

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