第二話 おっさん、テンプレに遭遇する (4)

「お主も乗って行かぬか? 街まで行くには、まだしばらくは時間が掛かるぞ?」

「え~と、時間的にどれくらいでしょうか? この辺りの地理には疎くて、道が良く解らないんですよ」

「大体、馬車で三日じゃな。状況次第ではもう少し掛かるやもしれんが」

「馬車で三日……。ようやくあの森から抜け出たというのに、歩きだと何日掛かるのやら……」

 流石にこれ以上、肉だけの食事は遠慮したい。こうなると答えは自ずと決まっていた。

「お願いします。もう、肉はしばらく見たくないので……」

「良く解らぬが、直ぐ乗るが良い。こちらとしても手練れがいてくれるなら心強いからのぅ」

 ゼロスは公爵の厚意に甘える事に決めた。

 三日も時間が掛かるという事は、当然ながら彼等も肉以外の食糧を持っている事になる。

 万が一のために予備の食糧も考慮しているだろうから、ゼロスの分も充分にあまる可能性が高い。彼は打算で同行する事を決めたのであった。

 ゼロスが豪奢な馬車に躊躇いながらも乗り込もうとすると、そこには一人の少女が座席に座っている姿が目に留まった。

 青い瞳と長いストレートロングのブロンドの髪、青を基調とした着衣が年相応に可愛らしい印象を与えてはいるが、どことなく陰がある表情が目を引く。

 年の頃は十代前半。ラノベの知識を総動員すれば成人間近であろう。どこかの制服と思しきローブをはおり、膝の上に置いた本に目を通していたようである。

「御爺様、この方は?」

「儂等の窮地を救ってくれた恩人で、ゼロス殿じゃ」

「初めまして、僕は魔導士のゼロス・マーリンと申す者です。僅かな時間ですが、街に着くまで同行する事になりました。よろしく」

「し、失礼しました。わ、私はセレスティーナと申します……その、よしなに……」

 見たところでは魔導士に思えるが、どうにも彼女から感じ取れる魔力が弱い。

 魔導士であるなら相応の魔力の波動を放っているので索敵スキルに反応する事が多い。これはゲームの時でも変わらないようで、サバイバル生活で確認した事だから間違いはない。

「魔導士ですか?」

「まだ駆け出しじゃが、些か問題があってのぉ~」

「問題ですか? 『どのような?』と、聞くのは失礼ですね。失礼しました」

「気にするでない。この国の魔導士とは異なる意見が欲しいところでのぉ、実を申せばこの子は魔法を発動させる事が出来んのじゃ」

「発動しない? 妙な話ですね。そんな事があり得るんですか?」

 この世界がゲームと同じ世界観だとしたら、魔術が発動しない事自体がおかしい。

 魔力は生きとし生ける者が全て持ち合わせており、個人の程度の差はあれども発動しない事自体あり得ない。習得用の魔法スクロールで覚えれば簡単に使えるようになるのだ。

「魔力はある訳ですよね? ふむ……」

「うむ……しかし、何故か基本の魔術すら上手く発動させる事が出来ん。儂も色々手を尽くしておるのじゃが、依然として原因が判明せんのだよ」

「と言う事は……魔法の術式そのものに問題があるのでは?」

 二人が一斉にゼロスに視線を向ける。

「そ、それはどういう事じゃ? 今、使われている術式は、出来る限り負担がないように調整されたものらしいぞ? 国中に広がっている魔法式に欠陥があると言うのか?」

「恐らくは……。発動に必要な魔力設定に不備があるか、もしくはその魔術式自体が欠陥品なのでは? まぁ、実際に見てみない事には何とも……」

「み、見て分かるものなのですか!?」

「まぁ、これでも色々と自分で魔法を製作していますし、現物があればある程度の事は……」

「こ、この本の術式なのですけど、何かおかしな点はありませんでしょうかっ!!」

 セレスティーナは、もの凄い勢いでゼロスに迫った。

 一瞬、たじろぐが、その真剣な表情に押され仕方なしに本を見てみる。

 そこに書かれた魔術はゼロスの知る魔法と似ており、どれも基本的なものなのだが、彼が見た感じではかなり違和感があるものであった。

 必要のないものが混在し、必要以上に無駄が多い魔法式がやけに目立つ。これではまともに発動する訳がない。それ以前に発動出来たとしても殆ど力任せなのだ。

「……何ですか、この意図的に生み出されたような不完全さは。違和感が目に付くし、明らかに欠陥ばかりが目立ちますね。……これは酷い」

「何とぉ!?」「やっぱり!」

 ほぼ同時に二人は異なる声を上げる。

「何と言いますか、必要のない魔術文字が混入されていて意味が滅茶苦茶ですね。仮に発動したとしても、個人の資質がモノを言うような極端に力任せな術式。美しくない」

「つまり、どういう事なのですか?」

 セレスティーナはある程度の予測はしていたのだろうが、確信を持っていた訳ではない。

 それ故に期待の籠った瞳をおっさんに向けていた。

「随分と人を選ぶ魔法式ですね。基本魔法でこんなにも大量に魔力を消費するようなら、少し言いにくいのですが……この国の魔導士レべルもたかが知れると言うものですよ。魔法を使うにしても生まれながらの資質に左右され、万人に使える代物ではない。

 極端に言えば、魔力保有量が規定量に達している者達なら発動自体は可能ですが、それに満たない者達はどうやっても発動させる事は困難でしょう。それに魔力の低い者達は魔法を使うために保有魔力を高める訓練などしないでしょうし、無駄な事をするなら剣や他のものを覚えるために努力するでしょうなぁ。これは魔導士を育成する上であり得ない欠陥魔法ですよ」

 クレストンとセレスティーナは、目の前の魔導士の知識と観察眼に驚嘆した。

 今まで分からなかった原因を判別したばかりか、魔法そのものの欠陥を見抜いたのである。

 それは同時に並の魔導士ではない事を嫌でも理解させられた。

「ふむ、どこを見ても無駄な魔法式が負荷になっていますし、魔法式自体のバランスが破綻している箇所が幾つもありますね……。発動する訳がないですよ」

「うぅ~む……何が魔法の研究じゃ! そのような欠陥魔法を広めるとは……」

「それで、この魔法はどうにか使いやすく出来るのですかっ!?」

「出来ますよ。無駄を省くだけですから、さほど手間も掛かりませんし」

「ぜひその改善をしてくれ!!」

「お願いします。その魔法を使いやすくしてください!!」

「おおぅっ!?」

 ゲームと同じ世界観だとしたら、この世界は誰もが魔法が使える資質を持っている事になる。

 明確なイメージと知識、そして充分な魔力が備わっているのであれば、魔法式や魔法陣などというものは必要がないように思える。しかし、威力が大きければその分だけ発動に必要な時間や魔力も増加し、同時に魔法を失敗する確率も比較的高くなるのだ。

 魔力が人の精神に感応する特性がある以上、僅かな精神の揺らぎが肝心なところで失敗に繫がるのだ。

 それを防ぐために生み出されたのが呪文であり魔法式で、更に発展して魔法陣という形に改良されていった。そこまで改良されても失敗する事が多く、やがて魔法陣を潜在意識イデア内に刻む技法が生まれ現在に至っている。


 セレスティーナが魔法を使えなかった原因は、個人が保有する魔力不足と不完全な魔法式による負荷の影響だ。魔力を鍛える訓練は、一般的に簡単な魔法を使う事で保有魔力を増やす事が可能であり、普通に成長しても個人の魔力は次第に増えてくる。

 だが、それでも発動しなかったのは魔法式が不完全なもので、魔法式発動に余計な魔力が必要。

 更に悪い事に、魔力は精神に影響を受けるため、『魔法が使えない』というトラウマと自身の境遇による記憶が魔力に大きな揺らぎを生み、それが枷となって発動を妨げていた。

 大雑把に言ってしまえば、幼い頃から『お前は馬鹿だ』と言われ続け、本当に馬鹿な人間に成長してしまうのと同じである。要は思い込みなどの精神的なものが関係していたのだが、複数の条件が重なる事で魔法の発動を妨げていた。

 魔法式の負荷の所為で本来の可能性を閉ざされ、自己暗示によって可能性を狭めてしまう悪循環。

 教本に記された魔法式は、優秀な魔導士の資質を持つ者を排除してしまう、教育には適さない代ものであった。

「と、まぁ、僕の見た限りではこんなところですか。どれか一つでも問題が解決すれば、きっと魔法は使えるでしょう……たぶん」

「何とも、いまいち不安なところじゃが……懸けてみるか?」

「ハイ! どれか一つでも問題が解決すれば、魔法が使えるようになるんですね?」

「恐らくは。元より魔法式や魔法陣は術者を補助するためのもので、円滑に魔法を行使する役割ですから、こればかりは試してみない事には何とも言えません。まぁ、僕が出来るだけの事はしてみますが……さてと」

 おっさんは魔導書を開き、そこに書かれている魔法式を一通り確認する事にした。

 どんな結果が出るのであれ、魔法式自体がおかしな状況にある事は間違いなく、更にどこまでの魔法陣に不備があるのか知る必要があった。

 おっさんは、忘れかけていたプログラマーとしての真剣な表情を浮かべ、教本の魔法式を展開させ、構築された魔法陣を調べ始める。

 前髪に隠れた糸目が僅かに開く。正直目つきが悪かった。


 こうしておおさこ聡改めゼロスは、魔導書の術式を最適化するデバック作業をする事になった。

 本全体を書き換える事は時間がないので、簡単な魔法のみに修正を施す事になる。

 後に、この教科書を製作した魔導士達は全員職を追われ、国から追放される事になるが、彼には関係のない話であった。

 これが後に大賢者と呼ばれるおっさんの、最初の伝説となるのである。

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