第二話 おっさん、テンプレに遭遇する (3)

 聡は道なりを進んで来たのだが、いかにも胡散臭そうな連中が道を塞いでいたので様子を見るために姿を隠し、木々の合間から覗き情報収集をしていた。

 会話の内容や現状から相手が盗賊であると知った彼は、見捨てる事も出来ず人命優先で仕方なく介入する事にする。周囲を囲まれている以上、商人達に逃げ場がないからだ。

「てめぇ……よくも仲間を殺りやがったな」

「仲間ねぇ、使い捨ての道具の間違いでは? あなたにとってはその程度の存在でしょうに……」

「うるせぇ、たとえ使い捨てでも勝手に殺すんじゃねぇよ!! こいつ等は俺の道具だ」

「酷い言いようだぁ。まぁ、僕にはどうでも良いんですがねぇ……。【黒雷連弾】」

 聡の周囲に浮かんだ無数の小さな黒い粒。それを見た盗賊達は思わず失笑する。

 パチンコ玉のような黒い粒が無数に浮かんでいるだけで、さほど威力を持つ魔法には到底思えなかったからだ。だが、その笑いも直ぐに恐怖に変わる事となった。

 無数の漆黒の弾丸が盗賊達を貫通し、更に内側から強力な雷撃で焼き尽くす。一瞬にして消し炭になり絶命する仲間の姿に、盗賊達は混乱した。

 何しろ、彼等も見た事がない魔法であり、当然ながら対処の仕方など知らないのだ。

「運が悪かったな。こう見えて僕は乱戦が得意なものでしてねぇ、あなた達のような連中は良いカモなんですよ。纏まっているので狙いを付ける必要がありませんし……。さて、最後通告です。邪魔なので消えて欲しいんですが? これ以上、この場に留まれば……灰にしますよ?」


 最後の一言は飄々とした声色ではなく、背筋が寒くなるほど冷徹なものだった。

「ば、化け物か……何だよ、こんな魔法。知らねぇ、聞いた事もねぇ……」

「初めて人を殺しましたが、何の感情も湧きませんねぇ。僕もとうとう壊れてきたのだろうか?」

「黙れ!! 後から出て来やがって卑怯な真似をしくさりやがって、正々堂々と勝負しやがれ!!」

「盗賊がどの口で言いますかねぇ? まぁ、お望みなら良いですけどっ!」

 盗賊の支離滅裂な言葉を真に受け、聡は間合いを詰めると、頭目の腕をあっさり斬り落とした。

 一瞬、何が起こったのか分からなかった頭目は、自分の腕を見て現実を知る事になる。

 いつの間にか魔導士は腰の剣を抜いて、両手に携えていたのだ。

 そして、斬り落とされた自分の腕を見て恐怖が背筋を駆け抜ける。

「お望みの通り、正々堂々と真っ向から行きましたが、御希望に添えましたかい?」

「ひぎゃぁああああああああああああっ!? 腕が、俺の腕がぁああああああああっ!!」

「……それどころではないか。仕方ない、他の方の相手でもしますかね……。人の世も弱肉強食なのは頂けないなぁ~」

 誰も聡の動きを追えなかった。

 軽い口調で言いながらも電光石火の如く突然に目の前に現れ、一瞬にして頭目の腕を斬り落としたのだ。常人の腕とは思えないほどの実力者の登場に、盗賊達は絶望に染まる。

 そんな盗賊達は瞬く間に聡に制圧されていく。食料に飢え、魔物との過酷な生存競争の中で生きてきた彼は、敵に対して手心を加えるような感情を既に捨て去っていた。

 弱肉強食の摂理は人間を凶暴化させるのである。

「は……速い。何だよ、あの速度は……」

「しかも魔法を行使しおった。相当な手練れのようじゃ……」

「剣に魔法……隙がねぇ! とんでもねぇ手練れだぞ!?」

 傭兵達も強力な援軍に対して驚愕したが、それ以上に戦慄を覚えたのだ。

 もし戦場で遭遇すれば殲滅されるのは自分達であり、逃げる暇もなく殺される可能性が高い。

 彼等の目から見ても実力差はかなり懸け離れており、敵でない事が救いである。

「冗談じゃねぇ、俺は下りるぞ!!」

「に、逃げろっ、皆殺しにされる!!」

「もう盗賊にはならねぇ、田舎で畑を耕すんだぁああああああああああっ!!」

「悪魔だ……悪魔が出たぞぉおおおおおおおおおおおおっ!!」

 所詮は戦いの素人、強い相手が現れる事になれば盗賊達は途端に瓦解を始める。

「人を化け物みたいに……。自分達の蛮行を棚に上げて、何て失礼な人達なんだ。教育的指導がお望みですかい? チップはあんた等の命ですがねぇ……」

 憮然と不機嫌に呟く聡。強さだけを見れば充分に化け物である。

「逃がすな、全員ぶっ殺せ!」

「ふざけた真似しやがって、生きて帰れると思うなっ!!」

「恨みは晴らさせてもらうぜ、糞野郎共!!」

 瓦解した盗賊達に傭兵達は追撃し、鬱憤を晴らすが如く逃げる盗賊達を血祭りにあげる。

 元から戦う技術がない盗賊達に傭兵達の相手は無謀に等しい。数でその穴を埋めたまでは良かったのだが、それも予期せぬ乱入者によって失敗に終わった。

 逃げ惑う盗賊達は、怒り狂った傭兵達に反撃すら出来ず、ほどなくして全て殲滅されたのである。

「諸行無常の響きあり、か……空しいねぇ。いや、兵共の夢の後、か?」

「いやいや、此度はそなたには助けられた。ぜひ礼を言いたいのじゃが」

 ふいに声を掛けられ一瞬だが戸惑う。見たところ、その身なりからかなり上流階級の老人で、貴族である可能性が高いと思われた。

 そのため、動揺を悟られまいと冷静さを取り繕い、さも気にしていないとばかりに気軽に言葉を交わす事にする。こう見えて石橋を叩いて渡るほどの小心者でもあった。

「お気になさらず、たまたま行く先が同じだっただけですから」

「じゃが、おかげで孫娘を危険に曝さずに済んだわ。礼を申しても問題はあるまいて」

「それは謹んでお受けしますが……あっ、この先に街か集落はありませんかね? 実はお恥ずかしい話、道に迷ってしまいまして」

「我が領の街があるが……何じゃ、道に迷っておったのか?」

「本当にお恥ずかしい限りですが、道にも人生にも迷っております」

「良く解らぬが、難儀しておるようじゃのぅ……」

 渾身の自虐ネタがスルーされた。

 クレストンには、恐縮そうに頭を搔くみすぼらしい魔導士が、先ほど常識を打ち破るかのような魔法を行使した者と同一人物には思えなかった。

 しかし良く見れば、ローブに使われている素材は見た事もない魔物の物であり、彼が高位の魔導士である事が分かる。他国の魔導士が旅をするとなると、その裏には敵国の情報を探るためか、もしくは何らかの理由で排斥された可能性が高い。

 クレストンは内心警戒しながらも、聡の行動を備に監視していた。

「そなた、名は何と申す?」

「僕ですか? 大さ……いえ、ゼロス・マーリンというしがない魔導士ですよ」

 この日を境に、聡は正式にゼロス・マーリンとなった。

 元の世界の名はこの地では明らかに異質なので、下手に有名になれば知れ渡るのが速いと判断したからだ。リスクは些細なものでも少ない方が良い。

「ふむ、聞かぬ名じゃのぅ。何故この国に来たのじゃ? そなたほどの腕があれば他の国からも引く手数多であろう?」

「もう歳ですからね。静かに余生を過ごそうかと思いまして、住み心地の良い街はないか探しているところなんですよ。今更国に仕えるなど面倒ですし」

「なるほど、根っからの探究者であったか……。見た事もない魔法じゃった……」

「お恥ずかしい限りで、探求し過ぎて婚期を逃しましたが」

「まだ若かろう? そこまで悲観するほどかのぉ」

「人間五十年、後十年後はどうなる事やら……。家庭を築いて、残りの余生を畑でも耕しながら静かに暮らしたいんですよ」

 実に欲のない細やかなものであった。また、噓を吐いているようには思えず、クレストンはこのゼロスとかいう魔導士を大いに気に入った。

 権力に溺れ力を振りかざす魔導士が貴族内には多く、また己を高めようともしない連中には、彼もほとほと愛想が尽きていた。

 魔術の探究と言いながら予算をせびり、彼等は自分達の欲のままに貴族達からコネを得ようと躍起になって予算を賄賂に使う。権力にしがみ付いた姿は実に浅ましく腐りきっていた。

 その中で権力など要らないと言うゼロスは実に小気味が良く、それだけに個人的な繫がりを作りたいと思うほどである。

『ふむ……魔導士としては優秀。これならティーナの家庭教師も頼めるやもしれんな。探求者なら個人的に多くのものを研究している可能性も高いじゃろうし、何よりも他国の魔導士である故にこの国の連中とは異なる発想を持っている可能性も高い……さて?』

 クレストンの頭の中身は孫の事しかない。

『それに、もしかしたらティーナの問題を解決出来るやもしれん。あぁ……ティーナよ、もう一度あの笑顔を取り戻しておくれ。そのためならば儂は、儂は……ハァハァ……』

「ご老体、大丈夫ですか? 何か危険な兆候を感じたんですが……」

「はっ!? いや、大丈夫じゃ! 問題はない」

 聡……もといゼロスは『この爺さん……少しヤバくないか?』などと思っていた。

 孫を愛する老人の愛は、時に変な方向へ行くようである。

「それよりも、そなたには何か褒美を与えんといかんな」

「えっ? 要りませんよ。僕は自分のために介入しただけですしねぇ……」

「これは儂等貴族の責務と面子の問題じゃ。何しろ恩人に何もせずに帰したとあれば、儂はどんな誹りを受けるやもしれん」

「貴族というものは、面倒なしがらみがあるようですなぁ。一般人で良かった」

「全くじゃ、隠居してもこうした責務はついて回るからのぅ……。そなたには、どうしても礼を受けてもらわねばならんのじゃよ」

 貴族を助けたのは偶然だが、その上で褒美となると面倒に思えた。

 しかし、相手の面子を潰す訳に行かず、少し考えた後に取り敢えず今の願望を口にしてみる。

「では、そうですねぇ……静かな土地をください。街から少し離れていて畑があれば言う事はありません。畑で野菜や薬草なんかを作って、のんびり細々と暮らしたいですからねぇ……」

「ふむ、心当たりを探してみよう」

「お願いします。流石に旅を続けるには気力が……」

 思い出すのは大深緑地帯で出会った白い猿。

 岩場で眠りについていた彼に静かに忍び寄り、ズボンを脱がして楽しもうとした変態モンスター。股間の危険物をギンギンに立ち上げて、恍惚とした表情で追いかけて来る様は正に恐怖だった。

 ゼロスの顔色が瞬く間に蒼褪める。

「お主、大丈夫かのぅ? 顔色が優れないようじゃが……」

「大丈夫です……少し嫌な事を思い出しまして……。フフフ……」

 彼の背中に哀愁を感じた。

 そんな二人の先では傭兵達が盗賊の死体に燃焼性の強い油を掛け、火を放ち始末している。中には怪我人の手当てを行い、ある者達は力を合わせ数人がかりで倒木を退かしている。

 盗賊達は考えなしで突発的に行動するが、巻き込まれる方は後始末が大変であった。

 ほどなくして、傭兵達の努力で街道は片づけられ、商人達は一斉に馬車で移動を開始する。

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