第二話 おっさん、テンプレに遭遇する (2)


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 ファーフラン街道を、一両の馬車が駆けていた。

 白一色の落ち着いた色合いに、僅かな金細工を施された豪奢な馬車である。

 御車台に二人の騎士が待機し、馬車の中には二人の身なりの良い人物が座している。

 一人は既に高齢で、落ち着いた様子で静かに座席に座る魔導士らしき老人。純白のローブを纏った彼は、この辺りの領地を治める大公爵であり、【ソリステア魔法王国】の王族の血に列なる人物であった。もっとも、今は隠居の身であり、孫娘の事が可愛くて仕方がないただの爺さんである。

 名を【クレストン・ヴァン・ソリステア元公爵】という。

 家督を息子に譲ってからというもの、次第に二人の孫息子の対立が周囲で深刻になりつつあり、最近では孫娘の【セレスティーナ】のみが彼の心を癒す存在となっている。

 その孫娘であるセレスティーナは、どこか思いつめた表情で座席に座したまま、開いた本に目を向けていた。

 彼女は公爵家では酷く冷遇されており、この魔法使いが権威を持つ国では酷く蔑視される扱いを受けていた。それというのも、彼女は魔法を行使する才能が低かったのである。

 この世界で生きる以上は、全ての生物に魔法を行使するための魔力が備わっているのだが、彼女はその能力が著しく乏しかったのだ。それ以前に彼女は公爵夫人達の正式な子ではない故に、嫉妬から来る迫害は酷いものとなっている。

 はっきり言えば、今の公爵が屋敷の使用人に手を出し生まれた妾腹の子なのだ。そこに魔法を使えない事が相まって、その苛烈な虐めは今も続いている。主に公爵夫人達であるが。

 唯一の孫娘を可愛がっているクレストンは自分の隠居する別邸に彼女と暮らし、出来る限りの事を尽くして彼女の才能を伸ばそうと試みるも、今まで上手く行ってはいない。

 国の高名な魔導士に家庭教師を頼んではみたが、どれも全て失敗した事から才能なしの烙印が定着する事になってしまった。彼としては孫娘の喜ぶ顔が見たかったのだが、結果として彼女を追い詰める手助けをしてしまった事になる。

 クレストンの彼女に向ける顔は優しく、そして憐憫の色が見え隠れしていた。

 対するセレスティーナも、祖父の優しさを知っているからこそ努力を続けていた。

 妾腹の子でありながらも分け隔てなく愛情を注いでくれる祖父に対し、彼女は感謝と尊敬の念を持っている。だが、いかに愛情が伝わりその思いに応えようとしても、努力が実を結ばなければ意味がない。その結果として、彼女は酷く悲しそうな笑みを浮かべるようになってしまった。

 それがまた、クレストンには辛い事である。


 馬車は街道から橋に差し掛かった時、セレスティーナが「あっ……」と声を上げた。

「どうした? ティーナ。何か見えたのか?」

「はい、御爺様。魔導士の方が……それも双剣を携えた方がいました」

「双剣? 魔導士であろう? そのような者がおったのか?」

「えぇ、灰色のローブを着た、凄く……その……」

「みすぼらしい身なりじゃったのか? ふむ、灰色のローブは下級魔導士。もしくは、他国から旅をして来たのかもしれぬのぅ」

 魔導士はローブの色でその階級を指し示すのがこの国の習わしで、灰色が下級、中級が黒、上級が深紅、国直属の精鋭が白といった具合である。仮に灰色のローブを着て歩いていたとすると、下級魔導士か他国から旅をして来た魔導士しかいない。魔法王国なだけに、魔法に関しての研究は最先端なのだが、その内情は複数の派閥に別れて足の引っ張り合いをしていた。

 どこの世界でも権力争いが尽きない。

「しかし、剣を携えるか……。魔導士の欠点を補うための物じゃろぅが、かなり難儀な選択と言えるな」

「そうなのですか?」

「うむ、魔導士が魔術を極めると同じく、剣士は剣術を極めるしかない。その両方ともなると、中途半端な魔法剣士が生まれるのが一般的じゃからな」

 魔法と剣、二つにも利点と欠点は存在している。魔法は遠距離と補助に優れ、接近戦においては滅法弱い。逆に剣士は接近戦では強いが遠距離の攻撃に対しての防御が弱く、魔法の威力によって遠距離から攻撃されると直ぐに倒されてしまう。

 それをいかに采配するかが戦略であり、決してどちらが優れているという話ではない。

 その両方を極めるとなると、それは人の一生ではどうする事も出来ない過酷な修練を熟さなくてはならないのだ。後は過酷な修練を続ける気力と才能の問題である。

「もっとも、ただの護身のために剣を所持しているのやもしれんな。魔導士は間合いに踏み込まれると弱いからのぅ」

「色々努力なさっているのですね。私はまだまだどころか、未だに前に進めないのに……」

 落ち込みながらも、セレスティーナは魔法学院の教本に目を移す。

 彼女は魔法の術式を覚える事は出来たが、その発動が困難なのだ。その理由が術式そのものにあるのではと幾度となく調べているが、残念な事にその答えには未だ辿り着けていない。

 そんな二人の心境を他所に馬車は街道を走っていたのだが、ふいに馬車が速度を落としている事に気付いたクレストンは、馬の手綱を握る御車台の騎士に声を掛けた。

「何事じゃ?」

「閣下。どうやら商人達が立ち往生しているらしく、前へ進む事が出来ません」

「立ち往生じゃと? 何か事故でもあったのか?」

「倒木で道が塞がれているらしく、商人と護衛の傭兵達で動かそうとしているようですね」

「ふむ、倒木か……。そなた達は周囲を警戒せよ。どうも嫌な予感がする」

「分かりまし……うおっ!?」

 御者台にいた騎士が突然声を上げ、クレストンは嫌な予感が的中した事を悟る。

 周囲の森に潜んでいた盗賊達が弓を番え、一斉に攻撃してきたのである。

「と、盗賊だぁ!?」

「護衛は儂等を守れぇ!! うぎゃぁ!」

「くそっ、待ち伏せかよ!!」

「荷馬車を盾にしろぉ、弓を持つ奴は迎撃だぁ!!」

 商人達が慌てる中、傭兵達と盗賊の戦いが始まった。矢の一撃を受けた商人は悲鳴を上げながら無様に倒れる。命に別条がないのが幸いだが、傭兵に喚き散らしていた。

「お、御爺様!」

「ここで大人しくしていなさい。儂も出るぞ!」

 クレストンは短剣を手にして馬車から降り、鞘から白銀の刃を引き抜く。

 この短剣は魔法が込められており、持ち主の周りに障壁を展開する守りの魔剣である。騎士達二人も盾を構え、飛んで来る矢を何とか凌いでいた。

「さて……これはいかんな。賊共の数が多過ぎる。しかも、周りを既に囲まれておるではないか」

 魔剣とはいえども、込められている魔力には限りがあり、その魔力が尽きれば防御が手薄になる。

 乱戦になれば戦いでは数が勝敗を左右し、たとえ弱くとも数で圧倒した方が勝つのだ。

 盗賊達は街道を封鎖し、商人や傭兵を皆殺しにしてから荷物や金を根こそぎ奪う心算なのだろう。

 だが、孫娘の命が懸かっている以上、クレストンには選択肢がなかった。

 魔法で攻撃したいところだが、周囲が囲まれている以上は詠唱に時間が掛かるために良い標的である。更に言えば、攻撃に転じるには障壁を解除せねばならず、そうなれば一網打尽にされかねない危機的状況。後手に回ってしまったが故に打てる手が限られていた。

 同様に傭兵達も焦りの色が見えている。

「馬車の周りは片付いたが、周りが囲まれている! 爺さん、その魔剣はどれくらい持つんだ?」

「さて、所詮は剣に込められている魔力じゃからのぅ。いつ効果が切れてもおかしくはない」

「奴等は俺達を逃す気はないだろうな」

「じゃろぅて……。顔を見られた以上は、全員殺す気なのは間違いない」

「今は打つ手なしか……」

 魔剣の魔力に限りがある以上、長期戦は不利である。だが、障壁を消すと周囲から矢で討たれ、反撃に転じる隙がない。盗賊達は、かなり計画的な作戦を練り実行したようだ。

「ヒハハハハ! テメェ等には死んでもらうぜ? 金目の物と女子供は頂く。ガキ共は奴隷として売れば金になるからなぁ。女共はたっぷり楽しませてもらってから売ってやんよ」

「こいつ等……、調子に乗りやがって」

「そう簡単に殺されてたまるかっ!!」

「威勢がいいなぁ~? だがよぉ~、こんな状態で何が出来んだぁ? どうせ死ぬんだから、手間を掛けずに大人しく死んでくれや」

 盗賊の親玉らしき男は調子に乗っていた。

 魔剣の力に時間制限があるのは有名な話であり、その対処法さえ知っていれば被害は最小限に抑えられる。犯行が手馴れている以上、以前にも同じ事をしていた可能性が高い。

「不味いのぅ……魔力が切れかけておる」

「一か八か、打って出るか?」

「それしかないやもしれん。魔法が使えれば楽なんじゃが、詠唱中に狙われてはな……」

「おいおい、頼みの魔剣が弱まってんぜぇ? 安心して地獄へ行けよぉ~、後は俺達に任せてよ。ヒハハハハ!」

 上機嫌の親玉と盗賊達。彼等は、この作戦が失敗する事を微塵も疑っていなかった。だが、何事にも予期せぬ介入がある事も稀にある。

 そしてそれは、突然に何の前触れもなく牙を剝くのだ。

「通行の邪魔ですよ? 消えてください、【氷結華】」

 突如として、商人達を取り囲んでいた森が白く染まり、盗賊ごと凍て付き砕け散った。

 今の攻撃で弓兵力は完全に沈黙し、後は前方と後方を塞いでいる盗賊達だけである。

「『義を見てせざるは勇なきなり』と言いますが、僕は日々平穏がモットーなんですがねぇ……」

「誰だぁっ、出て来やがれ!!」

 頭目が声を上げると呼ばれたかの如く、気軽な調子で白い馬車の上に降り立つ者がいた。

 まるで出番を待っていたかのようなお約束的展開であった。

 灰色のローブに、目が隠れるまで無雑作に伸ばした、だらしのない髪。

 中肉中背、無精髭の一人の魔導士である。

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