第一話 おっさん、異世界に転生す (2)

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 魔力が消える前に静かに地面に降り立ち、再び魔法を掛けてと面倒な事を幾度となく繰り返し、ひたすら飛び続ける事数時間。やはり町や村の姿形は見えなかった。

 そうなると今度は食料確保や野宿の事も考えねばならなくなる。

 人は生きている以上、当然の事だが食事は必要であり、空腹で飢えて死ぬ事もあり得る。

 何より睡眠も大切だ。今の彼は事実上、遭難者である。

「とは言うものの、ねぇ~……」

 素材も再構築したとメールでは書いてあったが、インベントリーの項目を覗くと食料の影すら見当たらない。ゲームの時は食料もきちんと集め、仲間と共に冒険の数々を繰り広げてはいたのだが、本気でガチのサバイバルになるような気がしていた。

 幸い調味料は存在しているようだが、調理する素材が全くない。

「狩りをするしかないか……。この世界で食べられる動物なんているんですかねぇ?」

 そう言いながらも聡はインベントリーから弓を取り出し、矢筒を背中に背負う。

 狙うは小動物だが、ここに来て大きな問題が出てくる。

「考えてみれば、僕一人で狩りをした経験がない。近所の山田さんとは良く行ったんだが……、果たして解体出来るのだろうか?」

 聡の住んでいた場所は瀬戸内海が山間から見える片田舎なので、ご近所付き合いはマメに熟していた。農作物に被害をもたらす猪を狩り、猟師の指導の元で捌いた事は記憶にあっても、それは猟師が傍にいて丁寧に指示をくれたから出来た事である。

 単独での狩りはこれが初めての経験で、食料を確保出来なくては獣が蠢く森の中で飢え死にする事に繫がる。背に腹は代えられず、彼はオンラインゲームの時のようにスキルを行使し、気配を消して獲物を探す事にした。

 スキルを意外にすんなりと使えた事に驚いたが、今は先ず食糧確保が最優先課題である。

「いた……」

 草叢から顔だけを出し、警戒しながらも生えている草を食むウサギ。

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【フォレスト・ラビット】レベル300

 HP 2321/2321 MP 514/514

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 ウサギは警戒心が強く、ほんの僅かな物音でも逃げる習性がある。

 更に糞食の習性があるのが嫌なところだが、必要なのは肉であり内臓は要らない。

 矢を番えて木の上から狙いを定める。息を殺して待ち続ける事数分、フォレスト・ラビットが背を向けた一瞬を狙い弓から矢を放つ。

 ───ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 轟音が響き、弓の攻撃とは思えない威力で地面ごとウサギを吹き飛ばす。

「威力が高過ぎだったか……。使った弓が不味かったなぁ? にしても、ウサギのレベルがたけぇ……」

 哀れ、ウサギさんは無残な肉片へと姿を変えた。使用した武器の性能が強力過ぎたのだ。

 聡はマジマジと弓を睨む。

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【魔改造弓三二一号】

 攻撃力 +100000

 筋力強化 威力倍増 攻撃力増加

 命中率向上 一撃必殺 標的爆散

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「無益な殺生をしてしまった……」

 狩りに使うような武器ではなかった。仲間と共に面白半分で作った弓だが、どう見てもこれは兵器である。これほどまでに実用性がないとは思わなかった。

 解体する事を悩む前に、獲物が爆散しては意味がない。これでは食糧調達など不可能である。

「待て、落ち着け……。確か、戦闘スキルの中に【手加減】があった筈だ。それを利用すれば、何とか……」

【一撃必殺】で獲物が死に、【爆散】で粉々に粉砕する。ならばスキル【手加減】を使い、ウサギを瀕死に追い込み、ナイフで止めを刺せば良い。そう考えて再び獲物を探す。

「今度こそ……」

 再びウサギを発見し、慎重に矢を放つと、今度はきちんと瀕死に追い込んだ。手早くナイフを装備し、フォレスト・ラビットに止めを刺す。

 瀕死なのでまだ生きており、血抜きをする意味では実に良い状況である。幸いにも爆散せずに済み、ようやく一息を吐く事が出来た。問題は、どこで解体するかである。

「出来れば水辺が良いな」

 この後ウサギを三羽仕留め、水辺を探して森をうろつく。空腹だが今はそれどころではない。

 血の臭いを嗅ぎ付け、他の肉食獣が襲って来ないとも限らないのだ。

 ───ギャ、ギギャ、ギギャギャ!

 こんな風に……。ファンタジー界の定番。一匹見かけたら百匹はいると判断すべき雑魚の王様。Gのつくお約束なモンスターである。

 ゴブリンは聡を確認すると、まるで時代劇の岡っ引きの如く笛を鳴らす。すると森が騒めき始め、森の奥から無数のゴブリン達が湧き出るかのように次第に数が増えてくる。

「ゴブリン!? じょ、冗談じゃない!!」

 聡は慌てて勢い良く走り出した。

 狩りでウサギを殺すのは良いが、人型を相手にする気にはまだなれない。

 勝てない訳ではないが、現代社会に生きていた人間には殺人に対する嫌悪感がある。それ以前に、聡は未だ過酷な環境で生きる覚悟が足りない。

 その事が甘い考えだと自覚するのには、しばしの時間が掛かる事となる。

 全力で逃げる聡と、それを追い続けるゴブリン軍団。逃げ足は聡の方が早いが、いかんせん数が多く、逃げ道を別のゴブリンが現れては退路を塞ぎ、更に別の方向へ逃げれば、また別のゴブリン軍団が現れる。次第に増えていくその数は優に百を超えていた。

「な、何なんですか、この森はぁあああああああああああああああああっ!?」

 異常なまでに増え続けるゴブリン達。聡は知らなかったが、この広大な森は現世界で未開の地、【ファーフランの大深緑地帯】と呼ばれ恐れられていた。

 数多の魔物が生息し、中には未発見の存在もいる野生の王国なのだ。

 千を優に超える魔物の群れも数多く存在し、ゴブリンはその定番に過ぎない。

 飛行魔法で逃げようとも思ったのだが、周囲から矢が無数に飛んで来て、上空へ逃げる暇がない。正に数の暴力である。必死に逃げる聡の先に、僅かにだが明かりのようなものが見えた。

 光に惹かれる蛾のように、聡は本能的にそちらへ向かう。

 彼の目に飛び込んで来たのは村であった。いや、規模からすれば町と言ってもおかしくはない。

「た、助かった……ウゲッ!?」

 そう思ったのも束の間、それが間違いである事を直ぐに認識する。何故なら、そこにいたのはゴブリンの大軍。そう、彼が向かった先はゴブリンの集落だったのだ。

 結果的に敵地に飛び込んでしまった彼は、最早笑うしかない。

「アハ……アハハハハハ……フハハハハハハハハハハ!!」

 散々追い回されてきた彼の精神は、既に危険な兆候にあった。

 ───ギギャ! ギョギャギャギャ!!

 ゴブリンは雑食性で、何でも食らう。過酷な環境下において、人間もまた野生生物にとっては貴重なタンパク源であり、その日限りの狩りを続けるゴブリン達にとって聡は良い食料であった。

 しかし、ゴブリン達もまた気付いていない。

 目の前にいる聡が、決して手を出して良い存在ではない事を……。

「皆……消し飛べぇえええええええええええええええええええええっ!!」

 突如、吹き荒れる魔力の嵐。その猛威は魔物達を恐怖で震撼させる。

 だが、時は既に遅く、聡により禁断の魔法が解き放たれようとしていた。

「【闇の裁き】」

 膨大な魔力で構築された漆黒の巨大な球体が出現し、そこから生み出された同色の小型の球体が複数のゴブリン達を情け容赦なく飲み込んでいく。

 雷を撒き散らし、嵐の如き旋風が巻き起こり、巨大な黒い球体は大地ごとゴブリン達全てを飲み込み、消滅する時に大爆発を起こす。それは一方的な破壊と殺戮。

 ゲーム内で数回ほど邪神と闘い、その攻撃を科学的に解析して作り上げた最悪の魔法。

 その蹂躙劇はゴブリン達の集落をあっさりと消滅させ、それでも足りぬと言わんばかりに、余波は広大な森に更地を生み出していた。

 超重力魔法【闇の裁き】は、要するに臨界寸前のブラックホールを生成して乱発する魔法で、ゴブリンを量子単位まで圧縮し、範囲破壊攻撃の火薬代わりにされるのである。

 敵の数が多いほどにその威力は高く、敵の姿が消えるまで決して攻撃は終わらない。

 正に悪夢のような魔法である。

 その後、聡が正気を取り戻し見た光景は、まるで隕石が落ちたかのような巨大なクレーター群であった。辺りは月面と言ってもおかしくないような、大小のクレーターが大地に無数に刻まれている。

「……僕は、取り返しのつかない過ちを犯してしまった。これではただの自然破壊、しかも大量虐殺……。核弾頭より始末が悪い」

 生き残るためとは言え、その強力な魔法の爪痕は想像を絶していた。

 環境破壊の後に残されたのは、ゴブリンであった者達の大量の魔石だけである。

 たとえ肉体を破壊されようと、後に残される魔石はダイヤよりも硬い魔力の結晶体なのだ。そのため、強力な殲滅魔法でも魔石だけが残される。

 無論、中には砕け散る物も存在するが、それでも有りあまるほどの魔石を手に入れる事に成功した。だが問題はそこではない。

「量子レベルに潰されて、何で魔石が残るんだ? まぁ良い……水辺を探そう」

 まだ知らない摂理が存在する事を知り、更に自身の力が戦略兵器並みの非常識で平穏からはほど遠い脅威である事を自覚してしまい、聡の足取りは重くまるで幽鬼のようである。

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