第一話 おっさん、異世界に転生す (1)

 気が付けば、そこは緑豊かな森の中であった。

 さとしは周囲を見回したが、何故自分がこのような場所にいるかなど皆目見当もつかない。

 しきりに周囲を見渡すが、どこを見ても木々に囲まれており、中には見た事もない植物まで存在している。

「確か、僕は部屋でゲームをしていた筈なんだけど……。ここはどこなんですかねぇ?」

 ───ゲギャッ、ゲギャアァ!

「…………………………」

 上空を飛んでいくサイケデリックな色調の鳥に、聡は思わず言葉を失う。

 明らかに地球上の生物ではない事に、増々混乱が広がる一方であった。

 寧ろ地球ではない可能性が高いだろう。何しろ周りはうっそうとしたジャングルであり、空に月が二つもあるのだから、彼が絶句するのも無理はない。

「少なくとも日本ではないように見える。いったい何が起きたんだ? 変な植物も生えてるし、と言うより、図鑑ですら見た事のない植物なんだけど……」

 ラフレシアとウツボカズラを足したような植物が、目の前で狼らしき生物を蔦状の何かで捕らえ巨大な花の中央へ運び、骨を嚙み砕くような音を立てて捕食していた。

 少なくともこんな物騒な植物は地球上に存在せず、まして二メートルを超すような食獣植物など先ずない。特に花の中央から牙が生え揃い、不気味に蠢く植物などあり得ない。


 そんな時、彼は腰に違和感を覚え、おもむろに目を移す。いや、薄々とは感付いていたのだが、それを自覚する事を理性が拒絶していた。だが、それを見て聡は思わず言葉を失う。

 彼の腰には、装飾は少ないが明らかに戦うための武器が二振り。ゲーム内で彼自身が良く見知った物が目に映った。無論、剣である。

 俗にショートソードと呼ばれる片手で扱えるほどの細剣。この剣はゲーム内の生産職でもある聡が鍛えた業物であり、レア素材をふんだんに取り入れた強力な武器で、彼の腰に吊り下げられていた。この場所がゲーム内の世界かとも思ったが、僅かな常識がそれを否定する。

 あまりに荒唐無稽過ぎる。だが、彼が着ているのは灰色の薄汚れたローブで、これもまた彼のアバターが装備していた代物である。嫌でも現実を突き付けてくるのだ。

 見た目は薄汚いローブだが、実際はベヒーモスという名のレイドモンスターからドロップした素材を使用し、防御力に特化した装備だ。同系統の魔物から作られたレザーアーマーも着込んでいる。

「ハ、ハハハ……そんな訳が、ある筈がない。ゲームの世界に転移? どこかのラノベの定番設定じゃあるまいし……」

 もう笑うしかない。どんなに否定したところで、答は既に出ているのだから。

 それでも少ない理性がそれを拒否し、夢か幻であると思いたい心境に駆られる。

「ステータス……オープン、何て……」

 冗談だと思いたくて思わず声に出した言葉。しかし、彼の目の前にはゲーム内でお馴染みのステータス画面が浮かび上がったのだ。暫しの間、聡の意識が飛んだ。

「まさか……て、これ、冗談でしょ!? あり得ない。誰かの悪戯……にしては規模が大き過ぎるかぁ~。ホント、僕の身に何が起きたんでしょうかねぇ!?」

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【ゼロス・マーリン】レベル1879

 HP 87594503/87594503

 MP 17932458/17932458 職業 大賢者

【職業スキル】

 魔導賢神Max 錬金神Max 鍛冶神Max 薬神Max 魔装具神Max

 剣神Max 槍神Max 拳神Max 狩神Max 暗殺神Max

 料理85/100 農耕56/100 酪農24/100

【身体スキル】

 全異常耐性Max 全魔導属性Max 属性耐性Max 身体強化Max

 防御力強化Max 魔力強化Max 魔力操作Max 魔導の極限Max

 武道の極致Max 生産の極みMax 鑑定Max 霊視Max 看破Max

 暗視Max 隠密Max 索敵Max 警戒Max 鉱物探査Max 植物探査Max

 気配察知Max 気配遮断Max 魔力察知Max 製作補正Max

 解体補正Max 強化改造補正Max 自動翻訳Max 自動解読Max

 自動筆記Max 魔物辞典Max 素材辞典Max

 限界突破Max 臨界突破Max 極限突破Max

【個人スキル】

 マーリンの魔導書Max アイテム製作レシピMax 亜空間倉庫Max

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「つーか、これは……人としての領域を見事にぶっちぎっているのでは? 色々とヤバイよなぁ~、超人類じゃないですか。マジで……」

 明らかに人間の能力ではない。

 この世界の標準が分からないが、どう考えても異常としか言いようがなかった。

 事実、ゲーム内で聡は無双していたし、生み出した魔法に関しては既に邪神と同レベル。寧ろ五人がかりとはいえ邪神を圧倒した事を考えると、既に人の域を超えている。

 ステータス画面を弄りながら、聡は死んだような顔で画面を見つめ続けていた。

「あれ、これは……メール? ふむ、差出人は……不明……アヤシイ」

 ステータス画面の真下にあるコマンド表示に、メールが来ている事を指し示す赤い文字が点滅している事に気付き、震える指でそのメールを開くと……。

「えーと、何々……女神って!?」

 メールタイトルが『女神ちゃんの、今君に起きている事について♡』だった。

 文面の初めを見て嫌な予感しかしない。ハートマークが信憑性を見事に破壊し、何かの事件に巻き込まれたのではと現実を疑った。

 だが手掛かりはなきに等しく、読みたくなくとも読まねばならない。仕方なくも『開く』のコマンドに触れる。

『ヤッホォ~♪ 初めまして、女神のフレイレスちゃんだぉ。頭が高い、控えおろぉ~♡』

 文面を見て、早くも脱力と後悔をした。

「消しても良いよなぁ~……。ロクでもない臭いが悪臭レベルでかなり漂っている気がする。絶対に何かをやらかしているパターンだな」

 何となく──いや、かなりウザそうな気がした。

 精神的に混乱しているところに、更なる追い打ちをかけるハイテンションは、正直キツイ。

『時間がないから手早く言うね。今から数えて二四八七年ほど前に、邪神を勇者と封じたんだけどぉ~、その封じた場所が君達の世界のゲームの中だったんだぉ~。

 この世界でぇ~多大な犠牲を払って封じたんだけど、復活しそうだったんで異世界に再封印するしかなかったんだよねぇ~。邪神戦争なんて言われちゃってさぁ~、アハハハ♡』

 やはりロクでもない内容であった。思うところはあるが、感情を押し殺して先を読む事にする。

『不燃物を勝手に人の世界に捨てるなって? その通りなんだけどぉ~、あの時はこうするより手がなかったんだよねぇ~。それで、それでぇ~。ゲーム内なら君達でも倒せるかなぁ~って思ったら、見事に倒してくれたね。ありがとう、マジでウザイ奴だったんだよねぇ~。あんな醜いくせに女神だなんて信じらんない!』

「……アレが女神? ただの気色悪い臓物の塊にしか見えなかったが……。マジですか?」

 思い出すのは、他の生物の気色悪い部分を融合させた難解なUMA。内臓を集め塊にし、百倍ほどおぞましくしたような、何だか分からない正体不明の不確定生物。

 今思い出しても『気持ちが悪い』の一言しかなく、とてもではないが女神とは思えない。

『でもまさか、君達を巻き込んで自爆するなんて思わないじゃん。正直、焦ったよぉ~?

 それでぇ~、その時に死んだ数十名をこちらの世界に転生させる事にしたのだぁ~。他の三人の女神と協力してね☆(キラリ) それもゲームのデータを基にしてさ♡』

「まさか、その数十名かに僕も含まれている!? しかも殺されている、て……いったい何人が犠牲者になったんだ? 最悪じゃないか……」

 完全に産業廃棄物で汚染され、その結果死んだ被害者になっていた。

『君は邪神を倒してくれたから特別にぃ~、ゲームデータをそのままベースにして転生させてあげました♡ この世界とあまり変わらない世界設定だから、実に楽に転生出来たね。無双し放題じゃん。やったねぇ♪ まぁ、アタシ達が転生させた訳じゃないけどねぇ~』

「殴りたい……産廃をプレイヤーに処理させた挙句、全く反省すらしていないこいつ等を無性に、泣くまで殴ってやりたい……」

 ゲームを楽しんでいたら、いきなり人生を一方的な企みで奪われた事になる。

 犠牲となった者達にも自分の思い描いていた夢や未来、生活があっただろう。それを適当な理由で厄介者を押し付けられ、結果として死んだ訳であり、およそ納得出来るものではない。


『所有している素材から装備まで、全部この世界の物で再構築してあげたからガンバ♡

 でも、消費アイテムは自分で作ってね? 作り方は君達の脳内にインストールしてある筈だから、ゆっくり確かめてねぇ~。年齢設定は元の世界のままだけど、若返りたければアイテムを作るしかないよ? ごめんね、ごめんねぇ~。

 いやぁ~、君達の世界を管理する神々から苦情が来る事、来る事……。仕方がないので転生させるしか手がなかったんだぉ? 手が足りなかったから手伝ってもらったけどねぇ~。死者蘇生は自然の摂理に反するから大変。苦労したのは君達の世界の神々だけどねぇ~♪ そんな訳でぇ~、この世界で残りの人生を楽しんで生きてね♡ それじゃ、まったねぇ~、バイバ~イ♡』

「仕方ないと言うか……。どこまでも自己中な女神、つーか、こいつら後始末を何もしてねぇ! 人生を奪われて楽しめと言うのか? ふざけろよ!!」

 理由は分かったが、事態は全く好転していない。未だにどこにいるのかさえも分からず、ただ森に佇んでいるだけなのであるのだから。

 何よりも、この女神のいい加減な態度に対して怒りすら通り越し、殺意を覚えるほどだ。

「……。取り敢えず現状は把握したが、問題は『この辺りに人が住んでいる場所があるのか?』だな。……どう見ても原生林のど真ん中だよなぁ~」

 自分がどこにいるのかさえ分からない以上、何の当てもなく移動するのは危険である。ゲーム内の世界と似ているという事は、この世界にも魔物が徘徊している可能性が高いであろう。

 どうしたものかと思案し、取り敢えずは高いところから見渡してみる事にする。

「使えれば良いが……【闇烏の翼】」

【闇烏の翼】は、聡がゲーム内で作成した飛行魔法である。

 この魔法はベースとなった飛行魔法の効率の悪さを考慮し、膨大な術式を用いて限りなく魔力消費を抑える事に成功した秀逸な作だ。ゲーム世界の設定では、世界の住人は魔力で構築された魔法式を脳内に保有している潜在意識イデア領域に保管する事が出来るようになっていた。

 基本の魔法式を脳内に保管する事で、様々な魔法をインストールする形で行使する。また、記憶した魔法式を取り出し改良する事も可能で、そのために必要な魔法陣も存在する。

 得られた情報が正しいなら、この世界でも自分が作った魔法は使える筈であると判断した。


 頭の上と足元、左右に魔法陣が顕現し、四方に展開する四角形を二つ合わせたような八芒星魔法陣同士が共鳴。更なる複雑な魔法陣を生み出す。

 セフィロトの図形を歪ませたかのような魔法陣が、全身を包み込むような形で顕現。魔法陣は斥力場を生成し、ゼロスを重力のくさびから解き放つ。

「お? おぉ!? 凄い。飛んだ、飛びましたよぉ!!」

 四十路のおっさんは、子供のようにはしゃいだ。自分の製作した魔法が顕在化した事を喜ぶが、直ぐに目的を思い出し上空から周囲の様子を見渡す。だが……。

「見渡す限りは森ばかり……。どこに町があるんだ? 僕に対しての悪意しか感じないのは気の所為か?」

 広大に広がる原生林と雄大な山。人が住んでいるような場所はない。

 必死で町や村を探したが、そんな物は一切見つける事は叶わなかった。

「……どう考えても、罰ゲームなんじゃないですかねぇ? これ……」

 そうボヤキながら、彼は気になる方向へ空を飛び続けた。

 当てのない渡り鳥のように……。

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