【書籍試し読み増量版】アラフォー賢者の異世界生活日記 1/寿安清

寿安清/MFブックス

プロローグ おっさん、死す

 VRRPG【ソード・アンド・ソーサリスⅦ】。

 最新ゲーム機器【ドリーム・ワークス】が発売されてからの人気の体感型RPGである。

 ゲーム自体は今作で七度目のバージョンアップを果たし、その熱狂的なユーザー数は今も尚増え続けている。脳内シナプスに電子機器による感覚同期を行う事で、その臨場感は他社のゲーム機器を圧倒しており、デジタルな世界でありながらもリアルな世界は五感の感覚も加わる事で、更にこの世界にハマり込む者達が殺到した。

 些か筐体の販売価格が高くなるが、数多くのプレイヤーが臨場感溢れるスリルを求め、その広大で冒険溢れる世界に魅了されていく。

 そんな熱狂的なプレイヤーの一人である【おおさこ さとし】もまた、プレイヤー名【ゼロス・マーリン】と名乗り、広大なるデジタル世界で仲間と共に冒険を満喫していた。

 聡のアバターは目が前髪で隠れるほどの放置ぶりで、無精髭が生えている、何ともうだつの上がらない中年男性の姿であった。まとっている装備も最上級の物なのだが、わざわざ目立たないように地味なデザインで統一されている。

 灰色ローブの汚れが、いかにもな胡散臭さを際立せた中肉中背のローブ姿な魔導士で、彼が五指に入るトップ・プレイヤーの一人であるなどと、誰も思わない事だろう。

 だが、彼はこの世界ではトップクラスの【殲滅者】であった。


 このゲームは、基本的にスキルと個人のレベルに応じて戦闘ダメージが異なる。

 そして注目される拘りと呼べる要素が、装備やアイテムの創造は勿論、魔法の作成が出来る事であろう。デジタル世界での魔術は基本的な56音の文字と、10の数字を表す記号を並べ重ねる事により、様々な魔法効果を生み出すのである。

【スペル・サーキッド】(潜在意識イデア領域内に刻む魔法陣の総称)と呼ばれるこの術式は、初期魔法をプレイヤー自身の手で改造する事で威力や効果が変えられるのだが、精緻で複雑なほど威力増大と魔力消費率が低くなるおかしな状態を生み出す事になる(何故か魔力消費量も低くなるのだ)。

 どう計算しても攻撃力がゼロになってしまう筈なのに、稀に尋常ではない威力が発揮される事が頻発し、プレイヤーは挙ってそれを調べ上げるようになった。

 この現象に発売当初は混乱をもたらし、一時期はクソゲー呼ばわりされた事も有名な話だ。

 その後、プレイヤーの必死な探索活動により、隠し要素的な裏設定である事が判明。それによるとアバターの保有する魔力を呼び水に、フィールド内の魔力を使用して威力を上げている事が分かった。

 条件に合う効率的運用が可能な魔法術式であれば、それがどんなに稚拙でさんなものでも魔法は完成とみなされるようだった。

 厄介な事に、フィールドの魔力など数値として表れないので、呼び水として使う魔力消費量がいかほど必要なのか手探り状態で調べ上げる事となる。

 発売当時の騒ぎは、何のヒントもなく適当に魔法を改造した者達がいたために起きた、ただの偶然による産物だったのだ。

 こうした裏の設定は、プレイヤー自身がフィールドやダンジョンでヒントを得て調べ上げ、それに挑むも無視するもプレイヤー自身に任せられている。

 ゲームとしては恐ろしく自由度が高いが、ハマったのは現実に相応の知識を持つ者達で、プレイヤーの大半は既存の魔法をそのまま使う事になる。魔法作成は恐ろしく手間が掛かり、それよりは寧ろ自由に冒険を楽しんだ方が建設的に思われたのだ。

 しかし、改良した魔法は時間差におけるリキャストタイムや詠唱時間をゼロにする事も可能で、他のプレイヤー達は威力の差で不満が積もる事となる。

 だが、深みにハマった聡は他人の意見などお構いなしであった。

 聡達パーティーはゲームの楽しみ方は個人の自由とし、自分達が制作した魔法を【魔法スクロール】にして売る事がなかったため、強力な魔法を公表しない事に対してネット上で非難される事が多かった。それでも聡達は誹謗中傷する他者の意見を無視し、常軌を逸した熱意で常識を簡単に吹き飛ばした。彼等は他人の目など気にも留めず様々な魔法を自由に開発していったのである。

 このゲームが発売されてから七年もの歳月がたつが、上位プレイヤーのトップは常に聡達が独占し続けた。かなりの廃人と言えよう。

 その魔法も異常なまでに複雑化し、攻略を目的とした他のプレイヤーはこの不可解なシステムに難色を示しているが、そもそも魔法製作に関する知識は、フィールドや拠点である街などを探索すれば簡単に手に入れられる技術なのだ。

 聡達曰く、『他人の努力に頼るな!』と……。

 かつては一流企業のプログラム技術者として名を馳せていた彼だが、ある理由からリストラ宣告を受け、現在は孤独な田舎暮らしである。

 毎日、畑の世話をしてはゲームにハマり込む、言うなればひきこもりに近い状態であった。

 この架空の世界では彼は【大賢者】であり、誰もが羨むほどの実力者である事が、彼自身を更にこの世界に繫ぐモノとなっている。

 既に四十歳の身空でありながら独身な上、ついでに家族と言える者も姉以外に存在しない彼にとって、この電脳世界は自分自身をさらけ出せる安らぎの世界なのである。

 身なりを整えればモテそうなのに、適当な生活が婚期を逃していた。

 そんな経歴のある聡の技術が、強力な魔法を生み出す事に一部で使われているのだが、他のメンバーも似たような技術を持っているため、更に凶悪な魔法を生み出していく事に繫がるのは否めない。聡達パーティーは、この世界で実に傲慢で愚かな研究者であった。

 面白半分に高威力省エネ魔法を作り続け、数多くの難易度の高いクエストを攻略し、現在彼はストーリーモードで仲間と共にラスボスと思われる邪神と闘っている。


 どれだけ長い時間を戦っていたのかは分からない。ただ言える事は、完全に邪神を倒すところにまで来ている事だろう。

 三段変身を遂げた邪神の禍々しい姿は、彼等五人の手によって無残な姿を曝している。

 魔導士でありながらも彼等は独自に改造した様々な武器を装備し、凶悪なまでに強大な火力と暴力によって邪神を終始圧倒し続けていた。

『しぶとい、いい加減に倒れてくんねぇかな?』


『ラスボスなんだから、そう簡単に倒れないわよ!』

『あ~攻撃が来ますなぁ? 魔法防御を展開しますかぁ』

 邪神の強力な魔法攻撃が、フィールドを引き裂くが如く聡達に向けて放たれた。

 その攻撃を複数に多重展開した魔法障壁が凌ぎ切り、隙が出来た瞬間を狙い、それそれが武器を手に一斉に斬りかかった。

 邪神の腕が斬り落とされ、地面に轟音と共に落下する。

 全員が魔法職である筈なのに、そのような真似が出来る大きな理由が、共同で作り出した魔法や装備の成果である。趣味に走った最強装備や魔法、アイテムなどを惜しみなく投入する事で、気ままに敵モンスター相手に実験を繰り返していた。

 邪神討伐も幾度も挑戦したが、いずれも完敗し今回もリベンジで戦いを挑んだのである。

『さて……そろそろ、止めと行きますかい? これからバイトがあるんだよ』

『おう! さっさと殺っちまえ』

『フォローはこちらでしてあげる。感謝してよね?』

『どんなレア・アイテムが手に入るか、楽しみだぜ♪』

『それじゃ、最後はかっこ良くフォーメーションで行きますか? 何しろ相手はラスボスだからね、ここで魅せなければトップ・プレイヤーの名折れ』

 不敵な笑みを浮かべるプレイヤー達。同時に圧倒的な威力の魔法による波状攻撃が邪神を包み込み、HPが瞬く間にゼロへと近付いていく。

 非常識な愉快犯達は、やり過ぎ感がハンパないような最悪なまでに高威力の魔法を、邪神に対し情け容赦なく撃ち込む。寧ろ邪神の方が哀れであろう。

 邪神は無数の爆炎に包まれ、もの悲しい断末魔を上げながら、空中からゆっくりと地面に崩れるように倒れた。

『終わったな……。流石はラスボスですねぇ~、手強かった』

『これからどうするの? 打ち上げはパス。アタシは今から寝落ちするから……』

『俺もこの後、仕事があるからパスだな。直ぐに落ちるから』

『俺も。悪いな、また今度でも埋め合わせする』

『では、今日のところはこれでお開きという事で。バイトに行くんで、皆、お休みぃ~♪』

『『『『お休みぃ~♪』』』』

 仲間達が次々に転移しログアウトしていく中で、聡だけが邪神の城に残り、確保したアイテムをチェックしていた。

 だが、彼がこの場にいた事が全ての始まりとなる切っ掛けとなった。

 目の前で僅かに動いている邪神の軀に気付かず、聡は未だにステータス画面を見ては上がったレベルと溜まったポイントを見て、次はどのスキルを獲得するかを悩んでいた。そんな彼の直ぐ傍で、突如として動き出す邪神の軀。

 禍々しい瘴気を放出しながらも、憎悪の籠った目は眼前の敵を睨み付けている。

『許さぬ……我を滅した貴様等の存在を決して許さぬ!!』

『なっ!? そんな馬鹿な、HPはゼロの筈なのに……』

『呪われよ、忌々しき女神共……。我を封じた奴等もそうだが、何も知らずに我に敵対した愚か者共もだぁ!! 貴様等も道連れにしてくれるわ!!』

『まさか、イベントが終わってない?! そんな筈は……』

 邪神はその怒りの全てをぶつけるが如く、呪詛の籠った力を解放した。

 周囲が深紅の光に包まれる。


 その日、日本の全ての電力供給が停止した。

 その中で、数十名ほどの国民が遺体となって発見されたが、何が死因となったかは判明する事がなかった。

 電力供給の復旧作業が急務となり、彼等の事は騒ぎの中で忘れ去られていく事となる。

 新聞の片隅に僅かに記事として書かれただけで、時間と共に消えていく存在となった。

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