第2話 狡猾と救い

 その魂はいくつかの生物を転々としていた。オーク、オーガ、トロール、ミノタウロスと。その都度、その魂が起こした行動はそれぞれの種族に対し、成長を促した。時に悩みながらも、無意識に【救い】を与えた。


 次第に記憶が圧迫され、いらない記憶を削除することを覚えた。すでにいくつかの記憶をなくし、必要最低限の記憶で生きている。


そして現在、その魂は【エド】という名を授かった人族の男に転生した。十八の男。人族の平均的な体系に茶色く短い髪。それが現在の器である。


「エド、今日も仕事なのかい?」


 エドと同じく茶色い髪をした女性がエプロンの紐を後ろで縛りながら話しかける。


「母さん、おはよう。そう、今から仕事」


 エドの母親である。父親はエドが幼い時に他界し、母マールと二人暮らしの生活であった。


「そうかい。あまり無理しないでおくれよ」


 心配しつつもマールは優し気な笑みを浮かべた。そこにはこの子は大丈夫と言った信頼があったからだ。


「大丈夫だよ。それにもっと稼がなきゃね」


「ふふっ。たくましいことで」


 マールは再び優しく微笑む。エドはその顔が好きだった。なぜなら、人族に転生したその魂は愛情という物に驚き、また、好んだからだ。今までの生物にも愛情はあったが、それ以上に生きることが最優先だった。よって、無条件に、そして最優先に愛情を注いでくれるマールが大好きだった。


「じゃ、行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 エドが稼がなければいけない理由はこの村にあった。そう、貧乏だったのだ。エドとして転生したのは八年前、十歳の時だ。その頃は食料困難で悩まされており、わずかな食料をマールはエドに与えていた。その記憶に感動し、好んだ。だからこそ、この女性に恩返しがしたかった。必要なのは金だ。今以上にいい暮らしを。


 現在この村は五年前より発展している。それはエドの行動によるものだった。


「「社長。おはようございます」」


 複数人の男がエドに頭を下げる。エドがまとめる従業員たちだ。


「昨日はノルマ以上に回収できた。そのまま続行してくれ」


「了解いたしました」


 エドが命令すると従業員たちは二手に分かれた。片方は必要な材料を。もう片方は材料の加工を。


 エドが行っている商売はある薬を売るものであった。金を稼ぐにはどうすればいいかと考えた結果、中毒性の強い物を売り、定期的に収入を得るという物だった。前世の草の知識を使い、中毒性の強い物へと変化させ、それを他国に売り飛ばした。


「いやはや、社長はとんでもない物を売りますな」


 整えられた長い髪、そして髭を備えた中年の男性がエドに媚びを売るように笑みを浮かべ、話しかけた。名はグリス。エドの付き人である。


「そう思うかい?一応冒険者のための鎮痛剤として売っているんだけどな」


 エドが開発したものは鎮痛作用があるポーションだ。主にモルという草を使い、調合し、加工したものだ。しかし、そのモルという草には中毒性ある。そこに目を付けたのだ。


「ハハハ。あくまで鎮痛剤ですもんね。禁止されている物も使っておりませぬ。私が間違っておりましたよ」


 グリスは葉巻に火をつけ、吸い始める。


「これ高いよね」


 エドはその葉巻が入っていた布をとり、グリスに問う。


「ええ、少しばかり値が張りますね。しかし、最近は社長のおかげで懐が厚いですからね。本当に感謝ですよ」


「いえいえ、僕もグリスがいなかったら商売を始められなかった。だからお互い様」


 売るものがあっても売る方法を知らなかったエドは薬屋を営んでいたグリスに目を付けたのだ。グリスに接触し、商品について話す。そこからお互いに利用価値があると認識し、商売を始めたのだ。


 グリス自身悪い奴ではないとエドは思っている。それは稼いだ金を自身だけではなく、村に提供しているからだ。エドも村に金を入れ、今ではこの商売の上に村が発展している。


「そういわれると助かりますよ。ほとんど社長の商品のおかげでしたから。にしても大きくなりましたね」


「ええ。あの時は食事さえ困難だったからね」


「全くです。今この村を見ていると商売を始めたときの不安がなくなりますよ」


「不安?」


「ええ。本当にこの商品を売っていいのかっていう不安ですな。しかし、これがなければ村は飢餓に襲われ元も子もなかったでしょう」


「それが不安だったんだ。確かに誠実ではないね」


 しかし、誠実さだけではこの世は生きていけない。騙し、騙され、殺し、殺され今の世界事情が成り立っている。それは人族だけの世界ではないことをエドは前世にて学んでいた。勝った者が正義、上に立つものが正義なのだ。どの戦争の物語も勝った者を英雄として扱っている。優しさを振りまくのは一部だけでいい。


エドは仕事を終え、村の中央にある泉でとある女性を待っていた。


「ごめん!待った?」


 金色の長い髪、青い目をした女性が自身の膝に手を置いて息を切らしつつエドに話しかけた。


「うん」


「ご、ごめん!」


 エドは意地悪気に言うと女性はそれを真に受け頭を下げた。この純粋な女性はアリシアという。エドの初恋の相手、いや、この魂の初恋の相手だ。


「冗談だよ。そんなに息を切らしているってことは走ってきたんだね」


「冗談なの!?ひどい!」


 エドはアリシアの純粋さに心が引かれたのだ。今までの記憶では皆利己的であった。当たり前だ。生きることに必死なのだ。しかし、母マール、そしてアリシアは違った。マールに関していえば血のつながっているからと説明がつくが、アリシアは他人だ。それなのにアリシアは他人に優しく、純粋なのだ。心が綺麗とでもいうのだろうか。エドには理解ができない物であった。それゆえに魅かれた。


「前から言ってるけど、もう働かなくていいんだよ?僕が養うし」


「それは悪いよ。結婚して子供ができるまで私だけ遊んでるって言うのも不公平じゃない?」


「僕は気にしないのに。それに冒険者は心配だよ」


 エドとアリシアは恋人同士であった。アリシアは自分のことは自分でやり、金でエドを選んではいない。それまたエドは好印象だった。


「大丈夫よ。私、最近調子いいのよ?そのうちドラゴンとか倒して英雄になったりして」


「それまた大きな夢だね。でも無理はしないでね。無理そうなら逃げる。これだけは忘れないで」


「はいはい。エドってたまにお母さんみたいだよね」


「僕もたまにアリシアが年下の女の子だって思うよ」


「私の方が年上だよ!敬いなさい!」


「はいはい。アリシア様はつよいつよい」


「馬鹿にしてるの!?エドに言われるのは癪だよ!」


 馬鹿にしているように聞こえるかもしれないが、実際エドは冒険者を尊敬していた。転生できない者が命を懸けるという行為は勇気のいるものである。それに転生できるエド自身、今の人生は失いたくない物であった。そのため、エドは極力戦闘を避けていた。


 それからアリシアと食事へ出かけ、再び中央の泉に戻ってきた時だった。アリシアが徐々に落ち着きを無くしているのだ。


「どうしたの、アリシア?」


「な、何でもないわ!そ、そろそろ解散にしましょ?もう遅いし」


 時刻は午後九時。空は暗くなり、魔力にて作られた光が村を照らしている。


「そうだね、明日もアリシアは仕事だろうし、そろそろ解散しようか」


「う、うん!じゃ、またね!」


 そう言ってアリシアは足早に家へと向かっていった。最近こういうことが多いとエドは思った。何かあるのかと疑問に思ったエドはアリシアを尾行することを決意。


 泉から離れたところでアリシアは走り始めた。汗をかき、手が震えている。その時、エドの頭に嫌な考えが浮かんだ。


【モルポーション】


 と。

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