第四話「師匠」 (2)


    ★ ★ ★


 そんなワケで、ウチは家庭教師を一人雇うことになった。

 貴族の子弟の家庭教師という仕事は、それなりに実入りがいいらしい。

 パウロはこのへんでは数少ない騎士で、一応は下級貴族という位置づけになるらしいから、給金も相場と同じぐらいのものを出せるのだとか。

 しかし、何しろここは国の中でも端の方の田舎。

 つまり辺境らしく、優秀な人材はもちろん、魔術師すらほとんどいない。

 魔術ギルドと冒険者ギルドに依頼を出したところで、はたして応じる者がいるかどうか……。

 という心配があったらしいが、あっさりと見つかったらしく、明日から来てくれることになった。

 この村には宿屋が無いので、住み込みになるらしい。


 両親の予想によると、来るのは恐らくすでに引退した冒険者だ。

 若者ならこんな田舎には来たがらないし、宮廷魔術師なら王都の方にいくらでも仕事がある。

 この世界では、魔術の教師ができるのは上級以上の魔術師と決まっている。

 ゆえに冒険者のランクとしては中の上か、それ以上。

 長年魔術師としてけんさんを積んだ中年か老人で、

 ヒゲをたくわえたまさに魔術師って感じのが来るだろう、という話だった。


「ロキシーです。よろしくお願いします」


 しかし、予想を裏切って、やってきたのはまだ年若い少女だった。

 中学生ぐらいか。

 魔術師っぽい茶色のローブに身を包み、水色の髪を三つ編みにして、ちんまりというのが正しい感じのたたずまい。

 日焼けしていない白い肌に、少し眠そうジトっとした目。無愛想な感じの口元。眼鏡こそかけていないものの、図書館に引きこもっている文学系少女という印象を受ける。

 手にしているのはかばん一つと、いかにも魔術師が持っていそうなつえだけだ。

 そんな彼女を、家族三人でお出迎え。

「……」

「……」

 彼女の姿を見て、両親はびっくりして声も出ないようだった。

 そりゃそうだろう。

 予想とあまりに違いすぎる。

 家庭教師として雇うのだから、それなりに歳を重ねた人物を想像していたのだろう。

 それが、こんなちんまいのだ。

 もっとも、数多くのゲームをこなしてきた俺にしてみれば、ロリっこ魔術師の存在は別段不思議ではない。

 ロリ・ジト目・無愛想。

 三つそろった彼女はパーフェクトだ。

 ぜひ俺の嫁に欲しい。

「あ、あ、君が、その、家庭教師の?」

「あのー、ず、随分とそのー」

 両親が言いにくそうにしているので俺がズバリ言ってやることにした。

「小さいんですね」

「あなたに言われたくありません」

 ピシャリと言い返された。

 コンプレックスなのだろうか。

 胸の話じゃないんだけどな。

 ロキシーはため息を一つ。

「はぁ。それで、わたしが教える生徒はどちらに?」

 周囲を見渡して聞いてくる。

「あ、それはこの子です」

 ゼニスの腕の中にいる俺が紹介される。

 俺はキャピっとウインク。

 すると、ロキシーは目を見開いたのち、ため息をいた。

「はぁ、たまにいるんですよねぇ、ちょっと成長が早いだけで自分の子供に才能があると思い込んじゃうバカ親……」

 ぼそりと呟く。

 聞こえてますよ!! ロキシーさん!!

 ま、俺もそれには激しく同意だけどね。

「何か」

「いえ。しかし、そちらのお子様には魔術の理論が理解できるとは思いませんが?」

「大丈夫よ、うちのルディちゃんはとっても優秀なんだから!!」

 ゼニスの親馬鹿発言。

 再度、ロキシーはため息を吐いた。

「はぁ。わかりました。やれるだけのことはやってみましょう」

 これは言っても無駄だろうと判断したらしい。

 こうして、午前はロキシーの授業を、午後はパウロに剣術を習うこととなった。


    ★ ★ ★


「では、この魔術教本を……いえ、そのまえに、ルディがどれほど魔術を使えるか試してみましょう」

 最初の授業で、ロキシーは俺を庭に連れ出した。

 魔術の授業は主に外でやるらしい。

 家の中で魔法をぶっぱなせばどうなるか、ちゃんとわかっているのだ。

 俺のように、壁をぶっ壊したりはしないのだ。

「まずはお手本です。なんじの求める所に大いなる水の加護あらん、清涼なるせせらぎの流れを今ここに『ウォーターボール』」

 ロキシーの詠唱と同時に、彼女の手のひらにバスケットボールぐらいの水弾ができた。

 そして、庭木の一つに向かって高速で飛んでいき、

 ベキィ。

 と、木の幹を簡単にへし折ると、さくを水浸しにした。

 サイズ:三、速度:四ぐらいだろうか。

「どうですか?」

「はい。その木は母様が大事に育ててきたものですので、母様が怒ると思います」

「え? そうなんですか!?」

「間違いないでしょう」

 一度、パウロが剣を振り回して木の枝をたたき折ったことがあるが、その時のゼニスの怒りようは半端ではなかった。

「それはまずいですね、なんとかしないと……!!」

 ロキシーは慌てて木に近づくと、倒れた幹をうんしょと立てた。

 そして顔を真っ赤にして幹を支えたまま、

「うぐぐ……、神なる力はほうじゅんなる糧、力失いしかの者に再び立ち上がる力を与えん『ヒーリング』」

 詠唱。

 木の幹はじわじわと折れる前へと戻っていった。

 おー、すげー。

 とりあえず褒めとこう。

「ふう」

「先生は回復魔術も使えるのですね!!」

「え? ええ。中級までは問題なく使えます」

「すごい!! すごいですぅ!!」

「いいえ、きちんと訓練すればこのぐらいは誰にでもできますよ」

 言い方はややぶっきらぼうだったが、口元はにまにまとだらしなく緩んでおり、ちょっと得意げに鼻がひくひくと動いていた。嬉しそうだ。

 特にひねりもなくすごいすごいと連呼しただけでこれか、チョロそうだ。

「では、ルディ。やってみてください」

「はい」

 俺は手を構えて……。

 ヤバイ、一年近く水弾の詠唱なんてしてなかったから思い出せない。

 今ロキシーが言ったばっかだよな。えっと、えっと。

「えっと、なんて言うんでしたっけ?」

「汝の求める所に大いなる水の加護あらん、清涼なるせせらぎの流れを今ここに、です」

 ロキシーは淡々と言った。この程度は想定内らしい。

 しかし、そんな淡々と言われても一度では覚えられん。

「汝の求める所に……ウォーターボール」

 思い出せないので端折はしょった。

 先ほどのロキシーの作った水弾よりもちょっとだけ小さく、ちょっとだけ遅く。

 彼女より大きいのを作ったらねるかもしれないしな。

 俺は年下の女の子には寛容なのだ。

 バスケットボールの水弾は、バシュンという音を立てて勢いよく射出された。

 バキバキッと木が倒れる。

 ロキシーは難しい顔をしてそれを見ていた。

「詠唱を端折りましたね?」

「はい」

 何かヤバかっただろうか。

 そういえば、無詠唱は魔術教本にも載っていない。

 何気なく使っていたが、実は何か禁忌に触れたりするんだろうか。

 それとも、俺のようなのが詠唱を端折るとか十年早いとか怒られるんだろうか……。

 その場合、いいじゃねえかよ、あんなダセェ詠唱していられっかよ、って反発したほうがいいんだろうか。

「いつも詠唱を端折っているのですか?」

「いつもは……無しで」

 どう答えるか迷ったが、正直に答えておく。

 これから勉強を教わるのだし、いずれはバレる。

「無し!?」

 ロキシーは目をむいて、マジで、という顔で俺を見おろした。

「……そう。いつもは無し。なるほどね。疲れは感じていますか?」

 しかし、すぐにすまし顔で取り繕った。

「はい、大丈夫です」

「そう。水弾の大きさ、威力共に申し分ないです」

「ありがとうございます」

 ロキシーは、ここでようやく微笑ほほえんだ。

 ニヤリと。

 そして呟く。

「……これは鍛えがいがありそうですね」

 だから聞こえてるって。

「さあ、さっそく次の魔術を……」

 ロキシーが興奮した様子で、魔術教本を開こうとした時。

「ああぁー!!」

 背後で叫び声が上がった。

 様子を見にきたゼニスだった。

 飲み物を載せたお盆を取り落とし、両手で口を押さえて、ボッキリ折れた木を見ている。

 悲しげな表情。

 次の瞬間、その表情に怒りの色がこもっていく。

 あ、やべぇ。

 ゼニスはツカツカと歩いてくると、ロキシーに詰め寄った。

「ロキシーさん!! あなたね!! ウチの木を実験台にしないでちょうだい!!」

「えっ!! しかしこれはルディがやったもので……」

「ルディがやったのだとしても、やらせたのはあなたでしょう!!」

 ロキシーは背景にイナズマがはしったようなショックを受け、白目になってがっくりとうなれた。

 まぁ、三歳児に責任をなすりつけちゃいかんだろ。

「はい……そのとおりです」

「こういうことは二度としないで頂戴ね!!」

「はい、申し訳ありません、奥様……」

 その後、ゼニスは庭の木をヒーリングで華麗に修復すると、家の中へと戻っていった。

「早速失敗してしまいました……」

「先生……」

「ハハッ、明日には解雇ですかね……」

 地面に座り込んで『の』の字を書き始めそうなロキシー。

 打たれよわいなぁ……。

 俺は彼女の肩をぽんぽんと叩いた。

「……」

「ルディ?」

 叩いてみたが、二十年近く人と話してこなかった俺には、慰めの言葉が見つからない。

 ごめんなさい。こういう時、なんて言っていいのかわからないの……。

 いや、落ち着け。

 考えろ考えろ、エロゲーの主人公ならこんな時にどうやって慰めてた?

 そう、確か、こんな感じだ。

「先生は今、失敗したんじゃありません」

「ル、ルディ……?」

「経験を積んだんです」

 ロキシーはハッと俺を見た。

「そ、そうですね。ありがとうございます」

「はい。では授業の続きをお願いします」

 こうして、初日からロキシーとちょっと仲良くなれた。

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