第三話「魔術教本」 (2)
驚いた瞬間、水弾はあっけなく落ちてしまった。
「…………あ」
あれ……今、詠唱しなかったよな?
なんでだ……?
俺がやったことと言えば、さっき魔術を使った時の感覚を、そのまま真似しただけだ。
もしかして、魔力の流れを再現できれば、別に詠唱しなくてもいいのか?
無詠唱ってそんな簡単にできるもんなのか?
普通は上位スキルだろ?
「簡単にできるんなら、詠唱ってのはなんの意味があるんだ?」
俺のような初心者でも、無詠唱で魔術を発動させることができた。
身体の魔力を手の先に集めて、頭の中で形を決める。
それだけで、だ。
なら、詠唱なんて必要ないだろう。みんなこうすればいい。
(……ふむ)
もしかすると、詠唱というのは魔術を自動化してくれるのではないだろうか。
いちいち集中して全身から血液を集めるように念じなくても、言葉を発するだけで全てやってくれる。
それだけのことなのではないだろうか。
車のマニュアルとオートマのようなもので、実は手動でやろうと思えばできるものなのではないだろうか。
『詠唱すれば自動的に魔術を使ってくれる』。
これの利点は大きい。
まず第一に、教えやすい。
体中の血管から血液を集めるような感じでー……と、説明するより、詠唱すれば誰でも一発でできるほうが、教えるほうも教えられるほうも楽だ。
そうして教えている間に段々と、『詠唱は必要不可欠なもの』となっていったのではないだろうか。
第二に、使いやすい。
言うまでもないことだが、攻撃魔術を使うのは戦闘中だ。
戦闘中に目をつぶって、うぬぬー、と集中するより、早口で詠唱したほうが手っ取り早い。
全力疾走しながら
「人によっては前者の方が楽かもしれんが……」
パラパラと魔術教本をめくってみたが、無詠唱の記述はなかった。
おかしな話だ。俺がやった感じでは、そう難しくはなかった。
俺に特別才能があるのかもしれないが、他の人がまったく使えないってことはないだろう。
こう考えるのはどうだろう。
魔術師は普通、初心者から熟練者まで、みんな詠唱で魔術を使い続けているのだ。
何千回、何万回と使い続けるうちに身体が詠唱に慣れきってしまう。
なので、いざ無詠唱でやろうとしても、どうやればいいのかわからない。
ゆえに、一般的ではないとされ、教本には書かれていない。
「おお、
てことは、今の俺は一般的ではないってことだ。
すごくね?
うまいこと裏ワザを使えた感じじゃなくね?
『まさか くらいむ の かたりすと を おらとりお なしで?』
『ただ ふつうに この かたりすと を つかって ちゃねる を ひらかせただけなのに』
って感じじゃね?
うっは、興奮してきた!!
おっと、いかんいかん。ちょっと落ち着け、クールになれ。
生前の俺はこの感覚に
パソコンが人並み以上にできることで選民意識を持ってしまったがゆえに、調子こいて失敗した。
自重しよう自重。大切なのは、自分が他人より上だと思わないことだ。
俺は初心者。初心者だ。
ボウリング初心者が初投で運よくストライクをとれただけ。
ビギナーズラックだ。才能があるとか勘違いしないで、ひたすら練習に励むべきだ。
よし。最初に魔術を詠唱して唱えて、その感覚を真似して、ひたすら無詠唱で練習する。
これでいこう。
「それじゃあもう一発」
と、右手を前に出してみると、妙にだるい。
しかし、なんか肩のあたりにズッシリと重いものが載っている感じがする。
疲労感だ。
集中したせいだろうか。
いや、俺もネトゲプロ(自称)の端くれ、必要とあらば不眠で六日間狩りをし続けることもできた男だ。
このぐらいで切れる集中力は持ちあわせていないはず。
「てことは、MPが切れたか……?」
なんてこった……。魔力総量が生まれた時に決まるのなら、俺の魔力は水弾二発分ということになる。
さすがに少なすぎね? それとも、最初だから魔力をロスしてるとか、そういうのなんかね?
いや、そんな馬鹿な。
念のためもう一発出してみたら、気絶してしまった。
★ ★ ★
「もう、ルディったら、眠くなったらちゃんとトイレにいってベッドに入らなきゃダメでしょ」
起きた時には、読書中に居眠りして、そのままおねしょをしたことになっていた。
ちくしょう。この歳で寝小便したと思われるとは……。
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