第32話 6+1

☆  ☆  ☆


「男は、この棒の先から噴射された炎によって焼き殺された」



若い男は、最後にそう言って話を締めくくった。



洋太は喉を鳴らして生唾を飲み込み、手のひらの汗をぬぐった。



男はわざとらしく棒をステッキのようにクルクルと回して見せて、ニッと白い歯を除かせて笑った。



「その話のマスクをした男は、お前なのか?」



洋太がそう聞くと、男は軽く肩をすくめてみせて、小さく頷いた。



「話の中に出てきた、《強制撤去法》というのは?」



「あんた達みたいな孤独なホームレスは知らないだろうが、実際の話だ。



これは言わなくても解かるだろうが、あんたは《強制撤去》の対象者として今ここにいる」




そう言うと、男はさっきの話と同じように紙を突きつけてきた。



白い紙に、グリーンの文字が躍る。



《憲法第○○○条


 強制撤去法に基き、以下の者を強制撤去の対象者として認める。


2038年○月○日 №495

               撤去される者:徳田洋太》




その文字が、頭の中でゆらゆらと揺れる。



№495……



撤去される者:徳田洋太――。



495番目に殺される者、徳田洋太。



その文字に、体に落雷を受けたようなショックを覚える。



その紙に手を伸ばし、男から受け取る。



自分の震えが紙に伝わり字が読めず、その時ようやく自分が情けないほど震えているのだと気付いた。



「どうして、こんな残酷な殺し方しかしない!?」



紙を破り捨ててしまいそうな衝動を抑え、怒鳴り声を上げる。



もう、三人目の話が終ってしまった。



残るは、あと三人。



これが悪夢でなければ、現実ならば、俺はあと三日で殺されるのだ。



ここは命の折り返し地点というわけだ。



「殺し方については、指示が出ないんだ。



どんな殺し方をしようが関係ない。



国にとってもお前らは虫けら同然だからな」




洋太は下唇をかみ締めて、目の前の男を睨みつけた。



なぜだ?



なぜ、人間をここまで残酷に殺しておいて笑っていられる?



まるで、テレビゲームの世界のように簡単に殺人を繰り返しているのだ。



「……だからお前みたいな人間が選ばれるんだな」



「はぁ?」



「人間を殺すことは決して軽くはない。



それを簡単にやってのけるお前だからこそ、この仕事が出来るわけだ」




精一杯の嫌味として、言葉を投げかける。



洋太のその言葉に男は一瞬口元を屈辱に歪めた。



そして……洋太にある言葉を伝えたのだった……。



☆  ☆  ☆


今日も、牛乳とパンが目の前に置かれていた。



けれど、洋太はそれをジッと見つめるだけで手を付けようとはしない。



これにはきっと、睡眠薬が混ぜられている。



昨日、無理矢理起きていられなくなった事を思い出すと、そうとしか考えられなかった。



そして、起きたらまた死に近づく《話》を聞かされる。



きっと寝ていなくても、時間が経てば《話》を聞かされるのだろうけれど、ジッとしている事で死の時間を延ばせるような、そんな気がしていた。



「どうした、食わないのか?」



全くパンを食べようとしない洋太に、珍しく男の方から話かけてきた。



「……俺は死に近づいているんだろう?」



「安心しろ。パンを食べなくても寝なくても、お前は確実に殺される」



なんの感情も込めずに四人目の男はそう言い、ピクリとも表情を変えなかった。



さっきの若者の方が、よほど人間らしく見える。



洋太はそんな男に感じる吐き気をグッと押し込めて、パンを牛乳で流し込んだ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る