第33話 6+1

☆  ☆  ☆


夢を見ていた。



遠い遠い昔の、夢。



幸せだったあの頃の夢。



広い野原に、妻と小さな男の子が手を繋いで歩いている。



黄色いタンポポが咲くこの野原は、よく覚えていた。



「勇太、行くぞ」



その男の子へ、声をかける。



徳田勇太。



そう、これは洋太の息子だ。



「パパ、待ってよ」



小さな勇太が、洋太の右手をしっかりと握り締め、左手を妻が握った。



広い野原を三人が並んで歩く。



夕焼けの空が真っ赤に染まり……、目が、覚めた。



夢とはかけ離れたこの現実に、洋太は大きなため息を漏らした。



狭い箱の中で眠る事に慣れ初めていたが、相変わらず体中の痛みは激しい。



骨がきしむのを感じながら、洋太は起き上がり、首を回した。



「パパか……」



思い出し、軽く笑う。



息子と妻の事を思い出すのは、何年ぶりかのことだった。



実は、洋太は妻に先立たれていたのだ。



悲劇が起こったのは、夢で見たあの野原で遊んだ翌日のことだった。



なぜ?



どうして?



寝室で、首にロープを巻きつけて死んでいる妻に、そんな疑問しか浮かばなかった。



自殺。



それを理解した瞬間、あまりにも大きな罪悪感が洋太に襲い掛かってきた。



普通に生活をしてきたつもりだった。



浮気もしないし、遅すぎる残業もない。



ギャンブルにも酒にも興味はない。



しかし……。



そんなことはどうでもよかったのだ。



妻は、昔からうつ病をわずらっていた。



一度かかると、いつ再発してもおかしくない、永遠の病。



それを、理解していたつもりで、全く理解できていなかった。



支えになると大口を叩いておきながら、何一つ役には立たなかった。



遅すぎるとわかっていながらも、寝ずにうつ病の勉強を繰り返すようになった。



その内容は自分が知らなかったことだらけで、テキストで見ても理解できないものが、現実世界で理解できるハズがないと痛感した。



愚かで、虚しい毎日。



しかし、泣いてばかりの洋太に、大人になった勇太は急激に冷たくなった。



パリッとノリのきかせたスーツに、営業マンらしいスタイル。



ピカピカに磨いた靴と車は、毎日が輝いている勇太そのものだった。



『俺さ、一人暮らしするから』



生気のない父親に嫌気が差したのか、勇太は突然そう言い出した。



リビングの蛍光灯がチカチカと点滅を始めていたのだが、勇太が出て行った日に、ちょうどその生涯を終えた。



そこから転落してくのは早かった。



何もせずに一日中家に閉じこもっているのだから、当たり前だ。



蛍光灯のようにチカチカと点滅していた俺は、家賃を払えなくなったアパートを追い出され

、少しの貯金で食いつないでいくようになった。



寝る場所といえば、公園と駅を行ったり来たり。



そうしているうちに貯金も尽き、本物のホームレスとなったのだった。



「勇太……」



懐かしさに目を細め、夢の中の小さな勇太を思い出す。



その思い出を掻き消すかのように、四人目の男が目の前であぐらをかいた。



命の折り返し地点の、はじまりだった……。

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