第31話 6+1

☆  ☆  ☆


目の前でチカチカと光る星が幻覚であるとわかるまでに、数秒時間がかかった。



体中がヒリヒリして、その場所に触れると激しい痛みが走る。



赤黒く、斑点のように変色した皮膚は、暗闇の中でも痛々しかった。



「いてぇ……」



力なく呟き、その場にゴロンと横になる。



右目の奥には、まだチカチカと光る星があり、その星はホタルのように残光を残しながら動いていた。



箱に入れられた俺を、箱の外のマスクをした男が見下ろし笑っている。



まだ使える左目が、その光景をとらえた。



まるで、オモチャを買ってもらった子供のように微笑み、俺に黒い棒を押し当てる男。



棒の先は火をつけたタバコのように熱くなっていて、俺の皮膚を簡単に焦がして行った。



人間が焼ける臭いはチキンに似ているのだと、この時始めて知った。



俺がここにいる理由……?



そんなもの、俺が聞きたかった。



目が覚めたら、このわけのわからない箱の中に閉じ込められていたのだ。



そして、この男が来る前に、二人の男が俺に話を聞かせにやって来た。



男と女が残酷に殺される話。



どちらも箱の中に閉じ込められた状態で、逃げ場などどこにもなかった。



「俺も、話の奴らと同じように死ぬのか?」



俺は男に何度目かの言葉を投げかけた。



その返事がないことは、すでに知っている。



男は少し目を大きく開いただけで、再び俺に棒の先を押し付けてきた。



やけどのヒリヒリとした痛みは、何度も何度も経験することで徐々に慣れてくる。



棒が押し付けられた後の皮膚は黒くこげて、少し時間が経つと膨れ上がった。



「こんな拷問まがいの事をする理由は?」



男は、俺と同じくらいの年齢だろう。



雰囲気からすると、俺よりも幼さの残るような……つまり、チャラチャラしていて軽そうな男だ。



「上からの命令だ」



俺の問いかけに、男が始めて答えを出した。



「命令?」



「あぁ。2035年に定められた《強制撤去法》を知らないのか?」



「《強制撤去法》……?」



2035年といえば今から三年前のこと。



しかし、そんな言葉聞いた事など一度もない。



「今、日本で家を持たない人間は国民の10%にもなる。



中高生が妊娠、出産をするようになってから、ホームレスの数が急増したんだ」




「中高生の妊娠とホームレスと、どう関係がある?」



「若い内に結婚した者は、将来親の面倒を見る。


なんて事、ほとんど考えてもいないのさ。



若い頃は老後の面倒なんて考えてなくてもいいが、その考えのまま大人になった人間は、自分の親さえも放置する傾向にある」



「それでホームレスが増えてるのか」




男は一つ頷き、「それも、高齢者のな」と、付け加えた。



男は棒をステッキのように手で弄びながら、更に話を続けた。



「だけど、少子化と騒がれていた日本を変えたのは、紛れもなく、その中高生たちなんだ。


だから誰も若者に強く言う事は出来なかった。


そして、身寄りのないホームレスと化した高齢者をどうするか……それが問題だった」



「それで作られたのが、《強制撤去法》?」



「簡単に言えば、駆除だな」



まるで、ゴキブリや虫を殺すような言い方だ。



「高齢者たちを、駆除する……ということか?」



「高齢者だけじゃない。


お前のように帰る家もなく、フラフラと街中をさまよっているいらない人間どもも含めてだ」



男はそう言うと、おかしそうに声を上げて笑った。



「いいか? 日本はすでに人が増えすぎた。


狭い日本でこれほどの人口はいらないのさ」



だから、邪魔になった人間はゴキブリのように駆除を行う。



これが本当に国が定めたことなのか?



信じられず、俺はただ呆然と目の前の男を見つめる。



そして、このバカそうな男が国の下で働いている、だと?



たとえ、今の話がすべて嘘だとしても、言いようのない怒りがこみ上げてくる。



「確かに、俺には帰る家も頼る人間もいない。


だがな、お前なんかより数倍はマシな人間として生きてるんだよ!」



思わず声を荒げ、鉄格子にしがみつきながら怒鳴っていた。



「何が駆除だ! 人間を虫けらみたいに言いやがって。


お前はそうやって何人殺してきたんだ? 国がらみの殺人鬼め!!」



大きく肩で息をして、男をにらみつける。



男は表情を変えず、マスクの下から冷たい視線を俺に投げかけている。



「……殺せよ」



少し震える声で、そう言った。



殺したければ殺せばいい。お前らの言うとおり、俺はたった一人だ。



俺が死んだところで誰が悲しむわけでもない。



心残りなんか、何一つないんだ……。

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