第30話 6+1

☆  ☆  ☆


狭い中、無理矢理体を横にして、洋太は寝息を立てていた。



他の人間から見たら眠っている、としか見えないだろう。



ここの薄暗さが、演技の下手な俺に味方したようなものだった。



聞こえてくる洋太の嘘の寝息に、男たちは動き始めたのだ。



洋太が起きている間はほとんど動きを見せず、会話も全くないが、寝ている間にこうして人間らしく行動をしているのだ。



考えてみれば当然の事だ。



寝るし食べるし、トイレにも行く。



相変わらず嘘の寝息を立てながらも、ソッと薄目を開けてその様子を伺っていた。



男たちは交互に行ったり来たりを繰り返し、必ず一人は見張りとしてこの場所に残っている。



時々聞こえてくる話し声は小さく、とてもじゃないが聞き取れるようなものではなかった。



だが、必ず、必ずどこかに隙があるはずだ。



この檻だってそう。人間が作ったものならば、完全であるはずがない。



現に、プレハブのように薄っぺらいこの壁は、道具さえあれば簡単に突き破ることが出来るだろう。



そう、道具だ……。



壁を突き破るような道具。



だが、斧やハンマーである必要はない。



洋太は、自分が蹴りつけた壁へ視線を向けた。



蹴っただけでへこむ壁。



例えば、先の尖った棒のようなものを使えばどうだろう?



壁の向こうへ、貫通するだろうか?



洋太は頭をフル回転させる。



例えば、あいつらの持っている棒はどうだ?



黒く、教師が使う指し棒によく似ている。



先端になるほど尖ってはいるが、細すぎて使い物にはならないだろうか。



いや、それでもあいつらが持っている棒がただの棒だとは考えにくい。



何か特別な使い道があるのではないか?



この、電流が流れる鉄格子のように、箱に入った人間の生命を脅かす道具の一つかもしれない。



考えれば考えるほど、頭の中が真っ白になって行く。



なぜだ?



なぜ、俺は今ここにいる?



この箱に入れられた人間は、必ず死ぬのか?



どうして?



何も、わからない――。


☆  ☆  ☆


気が付くと、目の前に三人目の男があぐらをかいて座っていた。



驚いて体を起こすと、男はマスクの奥で微かな笑みを見せた。



三人目の男はやせ方で、笑う口元からは並びのいい白い歯が覗いた。



まだ若いな。



直感だったが、洋太はそう思った。



前の二人の男からは感じられなかった、若々しい雰囲気が全身を包み込んでいる。



そしてその雰囲気の中には、この状況を純粋に《楽しんでいる》という要素も感じ取ることができた。



「お遊びか」



洋太は低い声でそう言った。



「はぁ?」



男は、少し高く、幼いとも思わせる声でそう聞き返してきた。



小首をかしげ、落ち着かないように上半身を揺らす姿はまるで小学生のようだ。



「俺がこの状態でいることを、お前は楽しんでるんだな」



「何だよ、楽しんじゃわりぃのか」



すぐに巻き舌を使い、自分の不機嫌さを隠そうともしない。



「君も、俺に残酷な話を聞かせるのか?」



「あぁ、そうだ。当然だろ」



「当然か……」



だとすると、洋太に話しを聞かせることが、今の所最大の目的なのだろう。



話を聞かせる理由は……おそらく、怖がらせること。



こんな箱の中で、おもしろくもない話を聞かされていれば、例え話の内容が嘘だとしても精神的に追い詰められる。



精神的に追い詰めて、一体どうするつもりだ?



二番目の話の女のように、自殺させる気か?



そう思いながら、未だに置かれたままの赤いボタンを見つめた。



「何ボーっとしてんだよ」



男が持っている黒い棒で突かれて、洋太は視線を戻した。



「あぁ……話をしてくれ」



洋太は男と同じようにあぐらをかき、耳を傾けた――。

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