第29話 6+1
男の口から出たのは、気味の悪いグロテスクな話だった。
ある箱に入れられ、残酷に殺された男の話。
男は、上から降ってくる液体によって体を溶かされ、真っ赤な血肉の塊となって死んだ。
私は時折吐き気を覚えながらも、その話に耳を傾けていた。
「……だから、なんなのよ」
無理矢理、言葉をしぼり出す。
けれど、男は自分の話を終えると、軽い笑みを湛えたまま、その場から離れていく。
「おい! どこ行くんだよ!!」
咄嗟に、呼び止めようとする。
相手がどんな人間か知らないが、こんな場所で一人でいるのは嫌だった。
「おい!!」
しばらくして、重い扉が閉じる音と共に、辺りに静寂が訪れた――。
気が、狂いそうだった。
いつまで待っても、いつまで待っても、何もない。
蒸し暑さから頭がクラクラとして、目の焦点が合わなくなる。
あの男が出て行ってどのくらい時間が経っただろう?
私は、ただただ、見つめていた。
男が忘れて行った……。
いや、きっと故意に置いて行った、あの赤いスイッチを。
柵の隙間から手を伸ばせば、届く位置にある。
まるで、計算されているようにその場所にポツンと、私と共に置き去りにされた。
体中の水分が抜け切るほどの汗を流し、今はもうその汗もでなくなった。
男がいなくなって何時間……?
何日?
何週間?
そんなことも、解からない。
ある日、ついに私は赤いボタンに手を伸ばした。
よくよく見ると、ボタンに横には電流の強さを調節する小さなスイッチもついている。
一番左が弱く、一番右にはドクロマーク。
私の手は、自然とドクロマークのついているスイッチを押していた。
意識が朦朧とする中、キャミソールを脱ぎ、それを腰に回し、自分と柵とを結びつける。
決して、この電流が流れる柵から体を離さないために……。
「誰か……」
最期に、一筋の涙が流れた――。
☆ ☆ ☆
二番目の男は話を終えると、わざとらしく洋太の目の前に赤いボタンを置いて、立ち上がった。
洋太は口を半分開けた状態でそれを見つめる。
遠くで、扉の閉まる音が聞こえた……。
☆ ☆ ☆
洋太は震えていた。
寒くもないのに、震えていた。
体中から力が抜け、目の前の牛乳とパンに手を伸ばすことさえできないのに、強い震えは止まらなかった。
箱、闇、男……。
箱、闇、男……。
それらを順番に、息を飲みながら繰り返し見つめる。
俺が入れられている、箱。
そして、宙を埋め尽くす闇。
その向こうに見える、残り四人の男たち……。
この牛乳とパンを食べて眠って、目が覚めると、きっと三人目の男が自分に《話》を聞かせるのだ。
洋太はまた、この箱の中残酷に殺されていく人間の話を聞く。
話が終るごとに、自分の順番が近づいてきている。
死の……順番が……!!
「おい、お前たち」
無駄な抵抗だと知りながらも、洋太は残りの男たちへ声をかけた。
顔は見えないが、体格から見ても年下の連中ばかりだ。誰かに操られてこんな事をやっているとしか思えない。
「何が目的なんだ?」
一瞬声が震えるが、それを悟られないように言葉を一気に吐き出す。
「どうせ、誰かに言われてやってるだけなんだろ?」
洋太の問いかけに、誰も返事をしない。
闇の中に、自分の声だけが空しく響く。
だけど、相手は人間だ。
俺と同じ人間。
それを忘れてはいけない。
こいつらは、ただ機械的に言われた事をこなしているだけなのだ。
だとしたら、そこに隙があってもおかしくはない。
洋太は、諦めたように小さくため息をつき、パンへ手を伸ばした……。
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