第21話 花咲くとき
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
バスの中、パンツが見えるほどの短いスカートに、派手な化粧。
学校へ行くのに不必要なはずの付け爪に、靴のかかとをだらしなく踏んで歩く様。
浅井一哉は、その女子高生たちの様子を眉間にシワを寄せて眺めていた。
今時の若者は。
と言ってしまえば自分が古臭い人間に見えてしまうが、社会人になた今、ついそんな言葉が出てしまう気持ちがわりりつつあった。
通勤、通学ラッシュのバスの中、女子高生のパワーはおばさんよりもすさまじい。
今まで携帯電話イジリに夢中で黙りこくっていたかと思えば、突然マシンガントークを繰り出してくる。
「だからさぁ、それが花を咲かせたら恋が実るんだってよ!」
「まじでぇ? そんな子供騙しみたいなおまじない、信じらんないんだけど」
「でもさぁ、いいじゃん?」
「あぁ? いいって何がよ」
「だからさぁ、好きな人とそっくりになるっつぅのがよ! 私一回やってみようかなぁ」
「あははは、あんたそんでやましいことする気でしょ!? いっつも、先輩見ては『チューしてぇチューしてぇ』って言ってるし」
「バカ言うなよ、チューは先輩だからしてぇんだよ。誰が草に向けてするかよ!」
「草じゃねぇって、花咲くっつったのあんただろ」
何がおかしいのか一哉には全くわからないが、そこで大笑いする。
まるで、壊れたラジオが大音量でかかっているように、頭が痛くなりそうだった。
「その名前なんだっけ?」
「バカだなもう忘れたのかよ。《人草花》だよ」
一哉も、その名前に聞き覚えがあった。
今ひっきりなしにテレビや雑誌などで取り上げられている《人草花》。
詳しい事は知らないが、とても珍しい種類の花らしくその名の通り、人に近い部分を持っているらしい。
花が人に近いなんて想像もできないが、今最先端のロボット技術とどこにでも咲いている花を組み合わせ、
育成ゲーム感覚で育てることが出来ると言う。
つまり、《人草花》は花としても、人間としても中途半端な生き物だ。
半分は命のないロボットで、半分は植物として生きている。
なぜそんなものが流行っているのか一哉には理解できなかったが、今の女子高生の会話を聞いて少しは納得できた気がする。
ドラマでも、映画でも、小説でも、マンガでも
恋愛ものにはある程度の人気が出る。
この《人草花》もきっと、恋愛が成就するお守りのようなものとして人気が出ているのだろう。
だけど、一哉はこの時思ってもみなかった。
自分がその《人草花》を買うことになるなんて事は……。
それは、偶然通りかかった花屋での出来事だった。
普段、花なんかに興味はないし、目の前に花屋があったとしても気付かずに素通りするだろう。
けれど、バスの中であの噂を耳にしていたせいか、一哉の視線は自然とそちらへ向けられた。
沢山の花の中で、ひときわ目立つ大きな大きな花。
それは店の目立たない場所にこっそりと置かれているにも関わらず、鉢植えの中で絶大な存在感をかもし出していた。
「なんだあれは」
花に無関心な一哉でも、見たこともないその花に思わず立ち止まる。
身長が2メートルもありそうなその花は、まるで空へ向けて両手を伸ばしている人間のようにも見える。
そして、人間で言えば手にあたる部分と顔にあたる部分に、ピンク色の大きな花をいくつも咲かせていた。
「いらっしゃいませ」
立ち止まって見ている一哉に、エプロン姿の店の女が話しかけてきた。
「この花、ご存知ないですか?」
もの珍しそうに眺め続ける一哉に、『知らないなんて信じられない』というようなオーバーリアクションで話を進める。
「今大人気の《人草花》ですよ」
「《人草花!?》」
これには、一哉も驚いて声を上げた。
雑誌などで幾度も見ているが、花をつけたこの姿を見たのは初めてだ。
そうか、だから人のような形をしているんだ。
「その、これは人間のように育てると聞いたんですが」
「あぁ、それは花をつけるまでの事ですよ。だけど、ただ人間に似た形をしているだけです。
言った言葉をオウム返しする機能もついてるみたいですけど、人間のように育てられるわけではないんです」
「好きな人の顔にそっくりになるというのは?」
「……え?」
一哉の言葉に、キョトンとして首を傾げる。
一哉は慌てて
「いえ、女子高生の間でそういう噂があるみたいで」
と付け足した。
「さぁ、そんな話は聞いたことないけれど……。試しに育ててみたらいかがですか?」
これはチャンスだというように、女性店員が《人草花》を一哉へ進めてきた。
その変わった花に興味を持っていたことは確かだけれど、買うとなると話は別だ。
だいたい花を育てた経験などない。
けれど、店員はそれで引き下がるハズもなく、結局一哉は押し切られてしまった。
店員が店の奥から持ってきたのは、大きな鉢に植えられた、20センチほどの《人草花》。
まだつぼみもつけておらず、その姿は雑草に近い。
「必ず、説明書は読んでくださいね。それから、表に飾っている《人草花》ほどの大きさにはなるので、広い場所に置いてあげてください」
女性店員の笑顔が、一哉には悪魔の笑顔に見えた。
そして、夕方になると一哉はそれをゴミ捨て場へと捨てたのだった……。
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