第20話 花咲くとき
そして、数日後。
五寸釘とかなづちを持った栞がいた。
何度嫌がっても、どんなに他の方法を考えてみても、結局これしかなかったのだ。
「ゆっくりやってくれよ」
「えぇ……」
両手で一哉の顎を支え、唇にキスをする。
この、一哉の顔がみられるのは、きっとこれで最後だから。
そう思うと、自然と涙が溢れ出した。
一哉の顔が、なくなってしまう。
自分の愛した一哉が、自分の手によって消えていく。
「おいおい、死ぬわけじゃないんだから、泣くなよ」
「だけど……」
「大丈夫。俺は何も変わらないから」
そして、微笑んでみせた。
その笑顔が優しくて、また涙が流れ出す。
ダメだ。
これ以上モタモタしていたら決心が揺らいでしまう。
足から崩れ落ちそうになるのをなんとか堪えて、栞はグッと唇をかみ締めた。
左手で一哉の頭を壁に押し付け、右手に五寸釘を握り締める。
「いやぁぁっ!」
叫び声を上げながら、五寸釘を一哉の額へつきたてた。
柔らかい一哉の額に、特に音を立てることもなく、太く大きなクギが突き刺さる。
けれど、栞の右手はちゃんと感じていた。
大好きな人の体にクギが入っていく感覚を。
肉を裂くような生々しいものではなく、手ごたえも少なく、本当に刺さったのかどうか疑問になるほど、ひたすらあっけない感覚を。
一哉の額から水水しい液体がゆっくりと流れ出す。
「さぁ、かなづちで叩いてくれ」
クギが刺さった状態でも、いつもと変わらぬ口調の一哉。
「一哉……」
いくら五寸釘だといっても、頭を貫通させるほどの大きさはない。
これから、カナヅチで叩いて、どんどん、奥へ奥へとめり込ませていくのだ。
「栞、愛してるよ」
「……私もよ、一哉」
そして、再び栞の叫び声が部屋に響き渡った……。
☆ ☆ ☆
栞がその場へ座り込み、肩で息をしている。
右手には、さっきまで使っていたカナヅチが力なく握られていて、その瞳は放心状態で宙を見つめる。
そして、その横には……。
体を棒に巻きつけ、右手をテレビに巻きつけ、左手はだらしなく垂れ下がった状態の、一哉。
その頭は五寸釘で完全に壁と固定され、ピクリとも動かない。
「ありがとう、栞。これで首が楽になったよ」
そう言う一哉は、額から頭にかけてがグチャグチャに潰れ、原型をとどめていなかった。
顔も、両目がほとんど潰れてしまい、頭から一番遠い口元だけが元の姿のまま存在している。
潰れた部分から大量の液体が流れ出し、それが床を濡らしていく。
けれど、栞は放心状態のまま動けない。
自分がこの手でカナヅチを使い、何度も何度も、一哉の頭を殴りつけた。
クギが一番奥まで入っても、まだ一哉の頭を貫通しなかったから、繰り返し繰り返し、殴り続けた。
やがて、額はグシャ、グチャという小さな音を立てながら、どんどんその姿をなくしていったのだ。
それでも、クギは貫通しない。
貫通しても、それを更に壁の奥へと打ち付けなければならなかった。
何度も、何度も、何度も、何度も……。
それでも、今笑っている一哉を見て、この人は人間ではないと、
栞はようやく、その事を思い出したのだった……。
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