第4話 ハンド
「あ、おはようございます」
周りの人の邪魔にならないよう、小声で返事をする。
「どうだい? 最近チカンは出る?」
電車と人の揺れに身を任せながら、車掌さんが私の耳元でそう聞いてくる。
どう返事をしていいのかわからなくて、私は曖昧な笑顔を見せた。
今、この瞬間も私は誰かにオシリを触られ続けている。
「また何かあったら、遠慮せずに言ってよ。
被害が多いようなら女性専用車両なんかも考えるから」
「女性専用車両……」
呟き、一瞬泣きそうになる。
自分のためにそこまで考えてくれている人がいるのだと、始めて知った。
だけど、なぜだろう?
今その被害に合っているということに気付いてくれないのは……。
今日はいつもよりゆっくり電車が走っているように感じた。
そう感じていたのは私一人ではなく、乗客それぞれが時間の経過に首を傾げていた。
それによって多少のざわつきがはじまったとき、私はようやく腕時計を確認する。
七時四十分。
とっくの前に二つ目の駅を過ぎている時刻。しかし、いまだにその駅が見えることはない。
定期的なリズムを刻んでいた電車は今、そのリズムを速くさせたり遅くさせたりを繰り返しながら、確実に速度を落としていた。
「なんなんだよ」
「故障?」
「遅刻しちゃう」
あちこちから不満の声が上がる。
私も、学校に遅刻する、という焦る気持ちと、何か起きたのではないか、という不安で胸の中が徐々に曇っていく。
普通、こんな場合にはアナウンスなんかが流れるものだけど、それもない。
その為、乗客の不満や不安は膨れる一方だった。
トロトロと走っていた電車は、ついに窓の外に見える自転車に抜かされてしまい、
それを見た乗客の一人が不満を抱え立ち上がった。
「どうなってんだよ! 誰か呼んでこいよ!」
満員電車で身動きが取れないため、車両の継ぎ目に近い場所にいる乗客へ怒鳴る。
それを引き金として、周りのざわめきの声が一層大きくなった。
私は、むき出しになっていく人の醜さを見ているようで、気分が悪くなり、俯いた。
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