第3話 ハンド
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
電車を待つ私の気分は重い。
その反面、繰り返されるチカンに、そろそろ慣れはじめてしまっている自分がいる。
チカンに慣れるなんて、あり得ないことだ。どれだけ同じ経験をしていても、その度に同じように傷つくのが普通だと思う。
小さなため息と共に、携帯の電源をOFFにする。
ラッシュ時の電車で、携帯の音がどれだけ不快なものか身をもって知っていたから、自分だけはそんな人間になるまいと決めていた。
「……うん?」
違和感から首をかしげ、携帯画面を見つめる。
OFFにしたはずなのに、暗い画面に何かが移りこんで見える。もちろん、覗き見防止のシールなんかじゃない。
よく見えなくて、携帯を微妙に傾けてみる。
あ……。
もう少しで見えそう。
「……て……」
自分で呟き、自分の言葉に目を見開く。
て……手!?
携帯画面にうっすらと見える、青白い手。
「ひっ!」
小さく息を飲み、携帯を投げ出す。
携帯は、地面だった私の手からアスファルトのホームに投げ出され、周りに響く大きな音を立てて落ちた。
そう、落ちたのだ。
しっかりと地面に叩きつけられ、画面がひび割れて砕け散った後、ソレはまるで生き物のように自分から線路へと滑って行った。
それを見計らったかのように、電車が騒音を上げながらホームへ入る。
騒音によって聞こえないはずの、携帯が電車の重さによって更に粉々になる音が、確かに聞こえた。
まるで人間の骨が砕け散っていくような、今にも肉片がそこら中に飛び散りそうな悲惨な音。
ひかれた。
携帯ではなく、間違いなく誰か人間がひかれるような音だった。
「ちょっと、大丈夫?」
蒼白顔で立ち尽くしている私に、黄色の派手なスーツに身を包んだ女が声をかけてきた。
「あ、はい」
「携帯落ちちゃったの?」
「あ……けど、大丈夫です」
慌てて手を振り、その女性から逃げるように電車に飛び乗った。
朝の、七時十分の出来事だった。
慌てて飛び乗ったのだけれど、習慣とは怖いもので、
自分がいつもと同じ二両目の後ろに乗っていることに気付いた。
いつも気にしているわけではないのだが、この場所が私の定位置であるかのように、一人分の隙間がポッカリと開いている。
毎回その隙間に体を滑り込ませて電車に揺られているのだった。
七時十五分。
昨日と同じように、この時間を境目に私は被害に合う。
右へ左へ、右へ左へ。
撫でられ続ける私のオシリは、友達の恭子なんかよりも貧相でペッタンコだ。
こんなオシリを好んで触るなんて気が知れない。
きっと、相手はロリコンかマニアなんだろう。
そんな考えを巡らせながら、私は俯くふりをして、『手』を見ようと首を斜めに傾ける。
その時、
「おはよう」
という、聞き慣れたその声に私は顔を上げる。見回りをしている車掌さんだ。
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