第5話 ハンド

こんな状況でもチカンは手を止めることなく、私のオシリをなで続けている。



どんな神経をしているのかと思い、次第に怒りがこみ上げてくる。




今度こそ、つかまえてやる。



その思いが急激に膨れ上がり、空気を入れすぎた風船のようにはちきれる。



『ただいま、人身事故が発生しました』



手を捕まえようとした瞬間、アナウンスが響き渡った。



オシリから、手がスッと離れる。周囲のざわめきも一瞬にして消えた。



『繰り返します。ただいま、人身事故が発生しました』



アナウンスの声を聞いていると、電車は完全に止まってしまった。



その瞬間、私は弾かれたように腕時計を確認する。



七時四十五分。



いつもなら目的の駅についている時間。



そして、チカンの手が離れる時間。



……偶然?



いいや、偶然なわけがない。



もう遅いとわかっていても、私は振りかえり、『手』を探す。



どこかにいるはずだ。



私は人の隙間を強引に突き進み、人々の手に意識を集中させる。



一度も見たことのない『手』だけれど、見れば必ずわかる。



そう確信していた。



「どこ、どこにいるの」



知らず知らず、呼びかけてしまう。




まるで小さな子供を捜す母親のように、必死になって、地面に這いつくばって進んでいく。



正直、なんで自分がこんなにも泣きそうになりながら、チカンの手を捜しているのか、わからない。




「お願いだから、出てきて」




そう言う声はかすれていて、いつの間にか溢れだした涙は鼻水と一緒になって床へシミを作った。



あまりに必死になっていたため、さっきまでギュウギュウ詰めだった電車内がやけに空いていることに気付かなかった。



誰も乗っていない電車の中、私は一人で『手』を探し続ける。




「お願い、お願いよマミ!」




無意識に、叫ぶように言った言葉。



マミ……、まみ……真美。



私は放心状態で、その場に立ち尽くした。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



私は元々、高校へは行かなかった。



家から電車で三番目の駅にある、憧れだった高校。



今の時代、高校はほぼ義務教育みたいなものだから、友達はみんなそれぞれに進学して行った。



一番の親友だった恭子は、私が行きたかった高校に受かり、どこか申し訳なさそうにそれを私に報告してきた。



「よかったね、頑張ってね」

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