第70話 大学創立以来初めての快挙

 最終面接から一夜が明け、俺は朝から大学の就職課へ内々定の報告に向かっている。

 大学側から内々定を貰うたびに就職課に報告しろという指示が出ているため、善は急げという事で早速報告するつもりだ。

 まだ他社の選考が残っているため就活自体は一応は続けるつもりだが、志望度の高い四菱商事から内々定を貰えたため実質終わったと言っても過言では無い。


「そう言えば四菱商事って西洋大学出身の学生は確かまだ誰もいないんだよな」


 以前あった人事面談の際に西洋大学からの採用実績は今まで一度も無いと聞いていたため、内々定を承諾すれば俺が史上初めてとなるかもしれない。

 そんな事を考えながら歩いているうちに目的地である就職課へと到着した。

 中に入ると俺は早速カウンターに座っていた女性の職員に話しかける。


「すみません、内々定の報告に来ました」


「はい、ではこちらの用紙に記入をお願いします」


 渡された用紙に会社名や内々定日などの必要事項を記入して見せると、女性職員の顔色が突然変わった。


「えっ、株式会社四菱商事!? これ嘘とか冗談では無いんですよね」


「いえ、本当の事ですよ。内々定の連絡は昨日電話で貰ったばかりなので、まだ物理的な証拠は無いですけど……」


 どうやらこの報告がいたずらでは無いかと疑われているらしい。

 西洋大学から総合商社に入った学生が今までほとんど居ない事を考えると疑われても仕方が無いなと思いつつ、どうやって誤解を解くかを考え始める。


「あっ、そうだ。面接練習に付き合っていただいた内田うちださんなら俺が四菱商事の最終面接を俺が受けた事知ってると思うんですけど、今日っていらっしゃいますか?」


「……すみません、少々お待ちください」


 そう言い残すと女性職員はカウンターの後ろに引っ込み、奥の部屋へと入っていく。

 カウンターの前でしばらく待っていると先程の女性職員と一緒にやや小柄な男性職員が現れた。

 どうやら内田さんをわざわざ呼んできてくれたらしい。


「綾川君、内々定おめでとう! 合格してくれて本当に嬉しいよ」


「ありがとうございます、内田さんから指導をして貰えたおかげで無事に受かりました!」


 面接の指導はかなり厳しめな内田さんだったが、そう褒められてめちゃくちゃ嬉しかった。


「彼が四菱商事の面接を受けてたのは間違いないし、内々定を貰ったってわざわざ嘘をつくとも思えないから内々定は本当の事だと思うよ。それは僕が保証するから」


 内田さんがそう説明をしてくれたおかげで女性職員も納得したようで、俺に謝罪してくる。


「疑ってしまって申し訳ございませんでした」


「いえいえ、全然大丈夫ですよ」


 深々と頭を下げてくる女性職員に対して、俺はにこやかな表情でそう答えた。


「それにしても四菱商事に合格したって事はうちの大学創立以来初めての快挙になるわけだし、正式に内定の承諾をしたなら今年の内定者インタビューの学生の1人は多分綾川君で決定だな」


「本当ですか、ちょっと恥ずかしいですね」


 内田さんの言葉に若干の恥ずかしさを覚える俺だったが、大学のホームページに自分へのインタビューが載る機会なんて中々無いため嬉しさも感じている。


「その時はまた取材に行くのでよろしくお願いします」


 そうからかってくる女性職員に改めて用紙を提出すると、俺は就職課を後にした。

 それから特に用事がなくなったため家に帰ろうと駐輪場へ向かって歩いていると突然後ろから呼び止められる。


「おい綾川、ちょっと待てよ」


「……誰かと思ったら伊藤いとうか」


 俺を後ろから呼び止めた男は元混声合唱サークルで同期だった伊藤だった。

 スーツを着ている姿を見ると恐らく伊藤も就活中なのだろう。


「何か用か? 早く帰りたいから手短にして欲しいんだけど」


「なんでお前みたいなカンニング性犯罪者のろくでも無い奴がもう内々定を貰ってるんだよ。しかも四菱商事みたいな有名企業の」


 明らかにイライラした態度の伊藤は俺に対してそう理不尽な因縁をつけてきた。

 もしかしたら伊藤もさっき就職課に居て、俺達の会話を聞いていたのかもしれない。


「それは俺が頑張ったからだよ、ただそれだけ」


「嘘をつくな、どうせ何か不正でもしてるんじゃないのか。俺が不合格続きなのにお前みたいな奴が内々定ってどう考えてもおかしいだろ」


 なるほど、伊藤は就活が上手くいってないらしく、その八つ当たりを俺にしているようだ。

 人に八つ当たりして他人にいちゃもんを付けるような他責思考が不合格の原因だろと言ってやりたい気分になったが、ぐっと堪えて正論を思いっきりぶつける。


「……何が原因で落ちてるのかは分からないけど、こんなところで俺に絡んでる暇があるなら1枚でもエントリーシートを書いたり、面接の練習をした方がよっぽど有意義な時間の使い方だと思うぞ」


 正論を言われて何も言えなくなったらしい伊藤は、小さく舌打ちをしてどこかへと歩き去って行った。


「……俺って元サークルのメンバーから嫌われすぎだろ。秋本は一体サークルメンバーに何を吹き込んだんだよ?」


 異様な嫌われっぷりにまるで秋本に洗脳でもされているのでは無いかと思うほどだ。

 逮捕されてからも色々と置き土産を残している秋本の負の遺産には今後も注意しなければならない。

 そんな事を頭の中で考えながら俺は駐輪場へと歩いて行くのだった。

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