第71話 望月冴子の理想のスローライフ

※今回は望月視点です。


「春樹が四菱商事から内定を貰ったみたいね、そんなに私ともう一度付き合いたかったのかしら」


 偶然大学内で会った元混声合唱サークルのメンバーである伊藤から春樹の話を聞いて、私は舞い上がっていた。

 四菱商事から内定を貰えたらもう一度付き合ってあげるとこの間宣言したわけだが、春樹は無事に有言実行をしてくれたのだ。

 伊藤はストーカーカンニング野郎の癖にと色々ぐちぐちと文句を垂れ流していたが、未だにそんな事実無根で何の根拠もない噂を信じているって、あの男は正直頭が弱すぎでは無いだろうか。

 そんな事よりも、後は春樹と寄りを戻して結婚さえすれば私は晴れて玉の輿に乗れて理想のスローライフを送ることができるため今から興奮が収まらない。


「四菱商事は平均年収1700万円以上ある大企業だからお金の面は一切心配いらないし、多分激務で中々家にも帰って来れないでしょうから自由に遊び放題だし、本当最高ね」


 私が理想としているスローライフとは、旦那の稼ぎで専業主婦となり一日中自分の好きな事だけをやって過ごす事だ。

 家事や育児などはお金を払って家事代行やベビーシッターを雇いさえすれば全て丸投げできるし、私がいちいち面倒な事をする必要もない。

 シングルマザーであるうちの母親は必死に1人で家事や育児をこなしていたが、私は昔から馬鹿としか思えなかった。

 不倫した挙句バレて離婚した経営者の父親から貰った多額の慰謝料と毎月の養育費があったのだから、わざわざそんな事をする必要は無かったのに。

 だから子供の頃からひたすら反発ばかりしていたし、口うるさい母親と一緒に住むのも嫌だったためわざわざ県外の大学に進学したのだ。

 そう言えば総合商社は海外も含めて転勤がも普通にあるらしいが、私は勿論面倒な転勤に着いていく気は一切無いし、たとえ頼まれたとしても絶対に行かないだろう。

 まあ、イギリスとかフランス、イタリアみたいな映えそうなところに転勤するなら着いていってあげてもいいが。


「さて、どうやって春樹と復縁しようかしらね」


 前回付き合っていた時は一方的に有りもしない冤罪をでっち上げてこっ酷く振ってしまったわけだから、流石に私に対して良い印象を持っていない可能性が非常に高い。

 この間たまたま図書館であった時も私に対してかなりぞんざいな態度を取っていた訳だし、もし春樹の立場なら相手を絶対に許さない自信がある。


「あっ、そうだ。最低ヤリチン野郎秋本 仁にレイプされて脅されて、無理矢理冤罪をでっち上げさせられたって事にしようかしら」


 あいつは口が達者で人を陽動したり騙してその気にさせるのがめちゃくちゃ上手く、実際に私も不覚ながら一時は好きになってしまっていた。

 未だにあいつに騙されているような馬鹿伊藤も何人かいるわけだし、説得力としては十分だろう。


「春樹ってお人好しっぽいから多分これでいけるんじゃない? それにまだ童貞だろうし、一発やらせてあげれば不信感も吹き飛びそうだし」


 男なんて一度でも体を許せば簡単に骨抜きにできる単純な生き物なのだ。

 春樹と付き合ってた頃、向こうから私を誘ってきた最低ヤリチン野郎だってその後は色々酷い目にはあったものの一発で私の虜になった訳だし。


「それに私みたいな美人で童貞を卒業できるんだから春樹も泣いて喜ぶに違いないわ!」


 万が一童貞じゃなかったとしても、お金を払ってでも私を抱きたい男がたくさんいるくらいなのだ。


「この作戦ならどう考えても上手く行くに違いないし、早速行動に移りましょう」


 私はとりあえずチャットアプリを開くとブロックを解除して春樹にメッセージを送る。

 内容は”四菱商事の内定おめでとう、約束通り復縁してあげるわ。嬉しいでしょ!”だ。

 しばらく待っても反応が返って来ないと悟った私は男が喜びそうな露出の高いセクシーな服に着替えて外出の準備をして家を出ると、タクシーでとある場所へと向かい始める。


「……春樹の家って、確かあのマンションだったわよね」


 そう、今から春樹の家へと直接乗り込むつもりなのだ。

 以前付き合っていた時に家がどこにあるかを教えてもらって一応メモしていたため場所を知っている。

 

「もう11時前で夜遅い時間になってるんだから流石に授業とかバイトも終わって家に帰ってるでしょ」


 タクシーを降りて目的地の部屋の前まで行くと早速インターホンを鳴らす私だったがここで全く予想もしていなかった事が起こった。


「……はい、山岡ですがどちら様ですか?」


「えっ、誰よあんた!?」


 なんと全く知らない若い女性が扉を開けて現れたのだ。

 話を聞くと西洋大学の2年生で、去年の4月の頭辺りからこの部屋に住んでいるらしい。

 どうやらいつの間にか春樹はどこか別の場所へ引っ越してしまったようだ。


「普通大学生なら4年間同じ場所に住むもんでしょ、一体どこに引っ越したのよ。今度会ったらタクシー代払わせてやる」


 私はそう愚痴りながら再びタクシーで家へと帰り始めた。


「絶対私のものにしてやるんだから、待ってなさいよ春樹」

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