第69話 努力の成果

「最終面接は以上になります、結果につきましては弊社とご縁があった場合のみ1週間以内に連絡するのでよろしくお願いします」


「ありがとうございました、それでは失礼します」


 四菱商事の最終面接を終えた俺は人事部長からの業務連絡を聞き終えた後、ゆっくりと部屋から退出する。

 最終面接の時間は約30分くらいで人事部長1人と役員2人の計3人が面接官の個人面接だったのだが、最終面接が初めてという事もあって凄まじいプレッシャーを感じていた。

 さらに面接はやや圧迫気味であり、俺が発言するたびに役員2人からの容赦無いツッコミを入れられたため、余計に緊張させられてしまった事は言うまでもない。

 ただし俺も心が折れそうになるのを我慢しながら、役員からの圧迫に対して勇気を出して立ち向かった。

 例えばTOEICの910点という点数に対して、点数が高いだけで全く実用性が無いのではないかと言われた時は、そこからの質問をしばらく英語で答え続けて実際に話せる事を存分に見せつけてやったのだ。

 俺が圧迫に対して冷静に反論をしていると役員達の態度はだんだん軟化していき、終盤になる頃には普通の面接と変わらない雰囲気になっていた。

 恐らく俺に対してもう圧迫面接をする必要は無いと判断したのだろう。


「……とにかく死ぬほど疲れたし、今日は家に帰ってゆっくり休もう」


 果たして合格できたかどうかは分からないが、自分なりの全力は尽くせたと思うので後は黙って結果を待つしかない。

 俺は四菱商事本社を後にすると駅へ向かってゆっくり歩き始めた。


「そう言えばもうお昼か、帰りがけにどこかで適当に食べて帰るか」


 何気なく腕時計を見て時間に気付いた俺は、駅の近くにあったラーメン屋へ入る。

 ちょうど会社の昼休みの時間と被っているためか、スーツを着たサラリーマンの姿がちらほらあった。


「なんか俺も社会人になった気分だな」


 スーツを着ていたため仲間になった気分の俺はそんな事を口にしながらカウンターに座り、チャーシュー麺を注文する。

 他のメニューよりも値段は若干高めだが、今日の面接を頑張ったのだから多少贅沢したって許されるだろう。

 少し待ってテーブルに運ばれてきたチャーシュー麺を食べているとポケットに入れていたスマホが鳴り始める。

 画面には非通知という文字が表示されていたため、就活関係の電話かもしれない。

 俺は荷物をテーブルの上に置いたままにして一旦店の外へ出て電話に出る。


「はい、綾川です」


「私、四菱商事人事部の村上です。今少しだけ時間をいただいて大丈夫でしょうか?」


 なんと電話はつい1時間ほど前に面接を受けていた四菱商事からだったのだ。

 一体こんなタイミングで何故電話がかかってきたのか全く心当たりが無い俺は、一刻も早く話を聞かなければと思いすぐに答える。


「はい、大丈夫です」


「本日は最終面接にお越しいただきありがとうございました。社内で検討いたしました結果、綾川様は内々定となりました、おめでとうございます」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は驚きのあまり心臓が止まりそうになった。

 内々定とは内定前の内定という意味であり、実質来年の4月から採用が約束された今回の最終面接が合格を意味する言葉だ。

 俺は喜びのあまりその場から飛び上がりそうになる気持ちを抑えながら口を開く。


「ありがとうございます」


 そこからは今後のスケジュールの話となり、今後の面談日程や内々定承諾の期限などを伝えられ、最後に村上さんから来年一緒に働こうと言われて電話は終了となった。


「えっ、ひょっとしてこれって夢じゃないよな!?」


 電話を終えた俺は自分が学生の就職したい企業ランキングで毎年トップクラスに位置する超人気企業である四菱商事の最終面接に合格したという事実を未だに信じられない。


「って、まだチャーシュー麺残ったままじゃん。早く食べないと麺が伸びる」


 しばらくその場に立ち尽くしていた俺だったが、昼ごはんの最中だった事を思い出した俺は店の中に戻る。

 結局麺は少し伸びてしまっていたが、驚きすぎて感覚が麻痺してしまったのか、その味はよく分からない。

 それからしばらくして食べ終わった俺は今度こそ家へ帰るために駅へと移動を始める。


「まさか1時間くらいで結果が出るとは思って無かったから驚いたな、また就職課にも報告に行かないと」


 内々定通知電話から時間が経ち、ようやく落ち着きを取り戻し始めていた。


「あっ、そうだ。実乃里と紫帆、後父さんと母さんに合格したってメッセージを送っとかないと」


 俺はその場で立ち止まり今回の最終面接の結果をチャットアプリでそれぞれ送信する。

 するとすぐさま紫帆から”お兄ちゃんおめでとう、本当に凄いじゃん!”と短くメッセージが返ってきた。


「……あいつ、この時間は確か授業中のはずなのにチャットアプリでメッセージ送ってくるなんて悪い奴だな」


 不真面目な紫帆に対してそうつぶやく俺だが、可愛い妹からのメッセージが嬉しく無いわけが無い。

 俺は”ありがとう、でも真面目に授業も受けろよな!”と返信しておく。

 ゴールデンウィークが明けてちょうど1週間が経過した今日、俺は努力の成果が出てついに初めての内々定を獲得できた。

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