第64話 ハッピーバレンタイン

 3年生後期のテストも無事に終わり春休みに突入して数日が経過し、バレンタインデーの2月14日となっていた。

 今回は履修していた科目が少なかったためテスト対策をする時間は十分あったが、逆に1科目でも失敗するとGPAに対する悪影響が大きいため必死に勉強をする羽目になった事は言うまでも無い。


「バレンタインか。昔は特に縁の無い日だったし、お菓子業界が作った経営戦略に踊らされる奴は愚かだとか、リア充爆発しろとか思ってたけど、彼女ができた途端一気にそんな考えが全部頭から吹き飛ぶから不思議だよな」


 我ながら酷い手のひら返しだとは思うが、世の中の他の男に関しても彼女ができれば同じような考えになるのは見え見えだ。

 そんな事を考えているとサークルに行こうとしていた紫帆から綺麗にラッピングされた箱を渡される。


「はい、お兄ちゃんバレンタインチョコあげる」


「ありがとう、おいおい無駄に気合いが入ってるな……」


「大好きなお兄ちゃんにあげるんだから当然よ」


 まるで本命チョコのようなクオリティに見えるそれだったが、他にも同じようにラッピングされた物がテーブルの上に置かれているのが見えた。

 恐らく仲の良い友達やお世話になった先輩にプレゼントするのでは無いだろうか。


「じゃあサークルに行ってくるね」


 そう言い残すと紫帆はカバンにラッピングされたチョコレートをカバンに入れて元気よく家を飛び出していった。


「俺も準備したら行こうか」


 今日は実乃里とバレンタインデートをする予定があるため、俺は外出の準備を始める。

 去年のバレンタインデーはアドベンチャーランドに行く準備で買い物デートが中心となっていたが、今年はゆったり家デートをする予定だ。

 チョコレートケーキを作って待っているとの事なので、行く前から非常に楽しみに感じている。

 俺はマグカップに入っていたブラックコーヒーを飲み干すとジャケットを羽織ってヘルメットを被り、リュックを背負うと駐輪場へ降りる。

 そしてバイクに跨った俺はすっかり見慣れたいつもの道を通って実乃里のマンションへと向かった。


 


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 


 到着してインターホンを押すとすっかり目が覚めた様子の実乃里に出迎えられる。


「おはよう、春樹君。入って」


「お邪魔します」


 限界の中へ入っていくと辺りにはチョコレートの甘い香りが漂っていた。


「いい匂いがしてるな、もうそれだけでお腹が減ってきた」


「実はケーキ以外にも色々作ってみたんだよね。お昼ご飯を食べてから一緒に食べよう」


 部屋へと通された俺はテーブルの上に猫のマグカップが置かれている事に気付く。


「あっ、誕生日プレゼントであげたマグカップじゃん。ちゃんと使ってるんだ」


「猫ちゃんが可愛いし、春樹君からのプレゼントだから気に入ってるんだ。毎日使ってるくらいだよ」


 プレゼントしたマグカップを大切に使ってくれているみたいで俺は嬉しい気分になった。


「じゃあ早速だけど一緒にアニメ見ない? 前々から面白そうって思ってた作品があるんだよね」


「へー、それは気になるな。特に家デートの予定とかも考えてなかったし、とりあえずそうしようか」


 俺達はリビングにあるテレビの前へ座ると、お互いに密着して実乃里が見たがっていたアニメを見始める。

 デートでアニメを見るのかと他のカップルからは思われるかもしれないが、俺達らしくて良いとすら思う。

 始まったアニメは学園ラブコメ物で、生徒会に所属している生徒会長の男性と副会長の女性が恋愛頭脳戦を繰り広げる内容だ。

 お互いに相思相愛であるにも関わらず中々足を一歩踏み出せない恋愛偏差値0な2人が、あの手この手を使って相手から告白させようと作中でバトルを繰り広げている。


「頭のいいはずのヒロインが会長の前だと急にポンコツになるから面白いな」


「毎回絶妙なタイミングで邪魔してくる書記の女の子もいいキャラしてるよね」


 それからアニメの一期を半分ほど見終わった頃にはいつの間にかお昼前になっていた。


「……そろそろお昼の時間だし、準備をするから少し待ってて」


「待ってるだけなのも暇だし、俺も何か手伝うよ」


「今日はミートスパゲティを作る予定だから、パスタ茹でるのを手伝って貰おうかな」


 俺は実乃里と2人でキッチンに並んでミートスパゲティを作り始める。

 パスタを鍋に入れて茹でていると、ソースを作っていた実乃里が横目でこっちを見てつぶやく。


「春樹君、結構手慣れてる感じがするね」


「家では紫帆と交代で家事をやってるからな、料理もそこそこはできるぞ」


「ならまた今度春樹君が作った料理も食べてみたいな」


 そんな会話をしながらしばらく2人で料理を続け、完成したものをお皿に盛り付ける。


「春樹君のおかげで助かったよ、ありがとう」


「どういたしまして、じゃあ食べよう」


「うん、いただきます」


 相変わらず実乃里の料理は美味しく食がどんどん進み、あっという間に完食した。

 食後少し休憩をした後、いよいよお待ちかねのチョコレートケーキが登場する。

 他にも手作りのチョコレートクッキーとチョコレートマフィンがテーブルには並べられていて、食後だというのに食欲がかなり刺激された。


「作るのは初めてだから口に合えばいいんだけど……」


 若干心配そうな表情をしている実乃里の目の前で一口チョコレートケーキをぱくんと口にする。


「うん、めちゃくちゃ美味しい」


「……本当? 良かった」


 お世辞などは一切抜きに非常に美味しく、続いて口にしたクッキーとマフィンも想像していた以上に美味しかった。


「実乃里が作ってきた料理とかを色々食べてきたけどマジで一回もハズレが無かったし、絶対良いお嫁さんになるよ」


「そこまで言われると照れるな、ありがとう」


 俺の言葉が嬉しかったのか実乃里はそれから家デートの間ずっと上機嫌であり、いつもよりもスキンシップが激しく夜になっても中々家に返してくれなかったが、それはまた別のお話。

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