第63話 新年会

「あけましておめでとう、お兄ちゃん」


「あけおめ」


 遠江銀行のインターンが終わった俺だが、大学が冬休みに突入していた事もあってそのまま実家に留まり続け、気付けば新年を迎えていた。

 ついに大学生3回目の正月となるが、この1年間は本当にあっという間だった気がする。

 実乃里とアドベンチャーランドや海、花火大会、九相津温泉へと行った事がまるで昨日の出来事のように感じてしまう。


「1年過ぎるのって本当に早いな……」


「急にどうしたの、なんかおじさんっぽいよ」


 俺のつぶやきを隣で聞いていた紫帆からそう笑われてしまうが、時間が早く感じるだけでおじさんっぽいって言うのは凄い偏見では無いだろうか。

 確かに歳をとれば体感時間が短くなるジャネーの法則的には残念ながら俺も着実におじさんに近づいているかもしれないが。


「そんな事を言うならお前にあげようと思ってたお年玉は無しにしてもいいぞ」


「えっ、嘘だよ。冗談だって、お兄ちゃんはまだまだ全然若いから」


 大学生になってからはバイトで稼いだお金で毎年あげていたお年玉を無しにしてやると言った途端に紫帆は手のひらを返した。

 ただでさえ忙しい薬学部に所属している紫帆だが、サークルにまで入っていてバイトをする余裕が無いため、お年玉ですら貴重な収入源に違いない。

 俺は必死な様子の紫帆を笑って許してやるとお年玉を手渡し、歯磨きをしてそのまま眠りにつく。

 翌朝、俺達家族は朝食を食べてから昼前までそれぞれ適当に過ごし、祖父母の家へと向かい始めた。

 1月1日は昔から近隣に住んでいる祖父母の家へ親戚で集まっておせち料理や焼肉を食べながら新年会をするのが我が家の恒例行事となっている。


「咲ちゃんと竜也君に会うのは久しぶりだよね」


「確かにそうだよな、前会ったのはだいぶ前なはずだし」


 いとこである如月千咲きさらぎちさき如月竜也きさらぎたつやの2人に前回会ったのは1年近くは前だったはずなので本当に久々だ。

 千咲は高校3年生の受験生であり、竜也は社会人1年目で普段は広島にいるため、中々会う機会が無かった。

 まあ、竜也に関しては時々電話やチャットアプリで就活の相談に乗って貰っているため、正直あまり久々という感じはしないが。

 紫帆や父さん、母さん達と雑談しながら車に乗り続けているうちに、祖父母の家へと到着した。

 母さんがインターホンを鳴らすとおばあちゃんに出迎えられ、家の中へと通される。

 親戚達に挨拶をしながらダイニングに進んでいくと、俺達を待っていたであろう千咲が手を振る姿が目に入ってきた。


「春君、紫帆ちゃん、あけましておめでとう。久しぶり」


「あけましておめでとう、千咲」


「あけましておめでとう。咲ちゃんこそ久しぶりじゃん」


 昔から千咲とは仲の良かった紫帆は席に座ると嬉しそうに2人でガールズトークを始める。

 しばらく待っていると他の親戚達もダイニングに現れ、全員で乾杯して新年会がスタートした。

 紫帆と千咲が学校の話で盛り上がっている中、俺はおせち料理と焼肉を食べながら目の前に座っている竜也と話し始める。


「竜也、ちょっと太った?」


「おいおい、いきなりストレートに聞いてくるな。まあその通りで、仕事が忙しくて変な食生活をしてたらいつの間にか5kgぐらい増えてた」


 前会った時よりも少しだけぽっちゃりしている事に気付いて質問をしてみたのだが、やはり太ったらしい。

 竜也が勤めているのは大手食品メーカーで俺の志望している業界とは全然違うが、気になったため質問をしてみる。


「……やっぱり仕事って結構大変なのか? まだ全然イメージが無いんだけど」


「色々と残業させられるし、ミスって怒られるしで、マジで大変だよ。正社員はバイトとは責任の重さが全然違うから春樹も覚悟しといたほうがいいぞ」


 人生の先輩である竜也は俺に対して少し脅すような形でそう語ってくれた。


「それに配属とかも中々理不尽だぜ。静岡周辺で赴任地の希望を出したのに配属先は広島県福山市ってところになったせいで中々こっちに帰れないし、彼女とも遠距離恋愛になったからな……」


「それは結構困るな、配属ガチャ大外れじゃん……でも俺も商社とか銀行とかを志望してるから同じような事になる可能性は十分あるから怖いんだよね」


 総合商社や都市銀行は日本全国は勿論、海外にも拠点があるため、将来はあちこちに転勤させられる可能性が高い。


「だから結婚とかするなら転勤に理解がある人を選んだ方がいいぞ。俺の先輩はそれが原因で彼女と別れたって言ってたし」


「確かに転勤が嫌って女の子もいるだろうし、そこは付き合ってる人ともよく話し合わないと行けないよな」


 実乃里とは結婚することも当然考えているわけだが、果たして転勤について理解してくれるだろうか。

 もし俺と結婚して北海道や沖縄に転勤になれば実乃里は家族と会いづらくなるだろうし、それが海外になればなおさらだ。

 今までは結婚についてまではあまり考えていなかったが、そろそろ真面目に考えるべきなのかもしれない。

 それからおせち料理と焼肉を食べ終わった後、紫帆達と人生ゲームやトランプをして遊んだり、親戚達と飲んだりしているうちに気付けば夕方になっており、今年の新年会は幕を閉じるのだった。

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