第52話 ありがとう
生まれて初めての行為を終えた俺は疲れ果ててそのまま眠っていたらしく、気付けば朝を迎えていた。
俺が目を覚ますと寝室内に実乃里の姿は既になかったため、恐らく先に起きたのではないだろうか。
朝に弱い実乃里が先に起きるなんてと思う俺だったが、ベッドの脇に置いてあった時計の時間を見てむしろ俺が寝過ぎでいる事に気付く。
「……昨日の事はどう考えても夢じゃないよな」
実乃里のベッドの上で寝ていた事もそうだが、シーツには破瓜によって出たであろう血がべったりと付着しており、昨日夜の出来事が現実である事を物語っていた。
勢いに任せて実乃里の初めてを奪ってしまった俺だったが、果たして本当に良かったのだろうか。
ひょっとして嫌な思いをさせてしまったのではないだろうか、そんな不安が徐々に込み上げてくる。
確かに童貞を卒業したいと前々から思っていた俺だったが、実乃里を傷付けるような事だけは絶対にしたくなかった。
そんな事を頭の中でぐるぐる考えていると扉が開かれ、エプロン姿の実乃里が寝室の中へと入ってくる。
下半身に違和感があるのか普段と比べても歩き方が少し変だった。
「春樹君、おはよう。もうお昼前だよ、お寝坊さんだね」
機嫌が良さそうな実乃里の様子から、少なくとも昨日の一件が原因で嫌われたわけでは無さそうだ。
だが実乃里と初めての行為に及んだ際、中々入らず痛そうに顔を歪めていた事は記憶にはっきりと残っているため、俺はそこが心配だった。
「おはよう、実乃里……その、体調の方は大丈夫?」
恐る恐るそう声をかけると実乃里は昨日夜の事を思い出したようで、恥ずかしそうに顔を赤く染める。
「……うん、大丈夫。まだ何か入ってるような感じはするけどそれ以外はいつも通りだし、むしろ調子がいいような気がするな」
「そっか、なら良かった」
確かに体調は良さそうだし、よくよく見れば肌ツヤも普段よりかなり良い感じに見えるため、ひとまずは安心だろう。
「あっ、もうちょっとしたらお昼ごはんできるから一緒に食べようね。今日はミートソーススパゲッティだよ」
そう言い終わると実乃里は寝室からゆっくりと出て行く。
「……とりあえずシャワーを浴びよう。髪の寝癖も酷い事になってるだろうしな」
俺はキッチンで鼻歌を歌いながら料理していた実乃里に一言声を掛けると、そのまま浴室へと向かいシャワーを浴び始める。
「俺もついに童貞卒業か、ぶっちゃけ全然実感ないな」
シャワーヘッドから出るお湯を頭から全身に浴びながら俺は静かにそうつぶやいた。
もしかしたら一生童貞かもしれないとも思っていたが、失ってみると案外あっけないものだったと強く感じている。
大学生になった男女は童貞や処女を卒業する事に焦るあまり、対して好きでも無い相手と行為に及んでしまうパターンが非常に多い。
それを思えば、心の底から大好きな相手で卒業できた俺は非常に幸運と言えるのではないだろうか。
そんな事を考えているうちにいつの間にかそこそこの時間が経過している事に気付いた。
「そろそろ出ようかな、あんり実乃里を待たせても悪いし」
浴室を出ると用意されていたバスタオルで体を拭き、ドライヤーで髪を乾かし始める。
そして髪を乾かし終わってダイニングへ行くとちょうどタイミング良く料理が完成したらしく、実乃里はお皿にスパゲッティを盛り付けていた。
「グッドタイミングだね、じゃあ席について」
実乃里に促されて席に着く俺だったが、目の前に盛り付けられた熱々のスパゲティがあまりにも美味しそうで激しく食欲をそそられる。
「じゃあ食べようか、いただきます」
「いただきます」
美味しそうな見た目と同様、味も非常に美味しかったため食がどんどん進んだ。
一心不乱にスパゲティを食べていると突然向かいに座っていた実乃里が涙を流し始める。
体調が悪くなったのではないかと心配を始める俺だったが、その表情は非常に晴れやかなものだった。
「私さ、春樹君を好きになれてよかった。小中学校でいじめられて男の子が苦手になったせいで高校は女子校に進学する羽目になっちゃったし、大学は頑張って共学に行ったけど、多分一生恋愛なんてできないと思ってたんだよね」
実乃里は眼鏡を外してハンカチで目を拭きながらも、晴れやかな表情のまま話し続ける。
「それが春樹君みたいな男の子と出会えてて、付き合ってデートしたり、こうやって一緒にご飯を食べたり……昨晩みたいに愛し合ったりできるなんて昔は夢にも思ってなかった。だからこんな私を好きになってくれてありがとう、春樹君は私の白馬の王子様で救世主だよ」
その言葉を聞いて涙腺は完全に崩壊を起こし、俺も目から涙をこぼす。
「お礼を言うのは俺の方だ、実乃里がいなかったら俺は絶対ここまで頑張るのは無理だった、君がテストの時も面接の時もいつも励ましてくれたから俺は挫けずに今日まで頑張ってこれたんだ。実乃里に出会えて本当に良かった、ありがとう」
俺と実乃里はしばらくの間、お互いに涙を流しながら抱き合うのだった。
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