第51話 大人の階段

 気が付けばあっという間に1時間半が経過し、花火大会は終わりの時間を迎えていた。

 穴場スポットの公園を後にした俺達は駅で電車に乗り最寄り駅で降りると、実乃里のマンションへ向かって薄暗い夜道を2人で並んで歩き始める。


「今日の花火大会めちゃくちゃ良かったね、楽しい思い出ができたよ」


「だな、実乃里が色々調べていい場所を見つけてくれてたおかげでゆっくり落ち着いてみれたし、今日はありがとな」


 隣を歩いている実乃里に、俺は正直な感謝の気持ちを伝えた。

 その言葉を聞いた実乃里は一瞬照れたような表情になりつつも、すぐに嬉しそうに話し始める。


「別にお礼なんていらないよ、私が楽しみ過ぎて勝手に調べてただけだしさ」


「そうやって謙虚な返しをしてくるのは実乃里らしいよな。まあ、そんなところも可愛くて好きなんだけど」


 俺からの突然の不意打ちとも言える言葉を聞いた実乃里は、顔を真っ赤に染める。


「……もう、急にそんなことを言うのは卑怯だよ」


「ごめんごめん、また口が滑っちゃってさ」


 今日だけで3回目となる不意打ちの言葉を食らった実乃里は流石に怒ったらしい。

 実乃里は俺を横から睨みつけて抗議をしてくるが、まるで可愛らしい子猫が威嚇してきているようにしか見えず、はっきり言って全く怖くなかった。

 あれ、こんな感じの流れになった時は確か毎回お決まりのパターンがあったような……?

 そんな事を俺が考えていると実乃里はゆっくりと口を開く。


「……いいよ、許してあげる。その代わりまた今度何か1つ私のお願いを聞いてもらうからね、約束だよ」


「分かったよ、俺ができる範囲でならなんでも1つ実乃里のお願いを聞くよ」


「その言葉、絶対忘れないから」


 そんな事を2人で話しながら歩いているうちに実乃里のマンションへと戻ってきていた。


「今日はもう夜も遅いし泊まって行かない? もっと一緒にいたいな……」


 部屋へ上がり浴衣から着替え終わって帰ろうとしている俺だったが、なんと実乃里は上目遣いでそう声をかけてきたのだ。

 実乃里からの不意打ちとも言える突然の提案に面食らう事になった俺だが、泊まり用の着替えなどを一切持っていない事に気付く。


「と、泊まるか。でもパジャマとか変えの下着とか無いし……」


「それなら時々仕事で私の部屋へ泊まりに来るお父さんの奴があるから心配いらないよ、それに明日は何も無いって言ってたよね? さっきの約束忘れたとは言わせないよ」


 俺が絞り出すように口にした言葉に対して、実乃里は逃げ道を塞ぐようにそう言い放った。

 退路を完全に断たれてしまった俺が取れる選択肢は、もう1つしか残されていない。


「……分かった、今日は実乃里の家に泊めてもらうよ」


 なし崩し的に実乃里の家へのお泊まりが決定した俺は、普段よりも緊張気味にそう声を上げた。


 


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 


 風呂から上がった俺はドライヤーで髪を乾かした後、スマホでただひたすらニュースサイトを読んでいる。

 女の子の家へ泊まるのはこれが人生で初めてだった俺はさっきから緊張が全くおさまらず、何かをやって気を紛らわせなければ発狂しそうだった。

 だがそれは実乃里も同じだったようで、自分から誘っておいたくせに急に恥ずかしくなったのかずっとそわそわしており、俺が風呂から出た後逃げるように脱衣所へと入っていったのだ。


「……やばい、全然集中できないんだけど」


 エンタメ系を避け、あえて政治系や経済系などの小難しいニュースを読んで心を落ち着かせようとする俺だったが、緊張のせいかそもそも全く内容が入ってこない。

 そんな事をしていると、脱衣所で髪を乾かしパジャマに着替えた実乃里がリビングへと戻ってきた。


「おかえり、遅かったな」


「ただいま、女の子には色々とあるんだよ」


 俺も実乃里もお互いに緊張しているせいか、普段よりも少しぎこちない感じの会話となってしまっており、ちょっと気まずい。


「……そうだ、今からアニメを見ない? 今期から始まってる奴でまだ見れてないのがあるんだよね」


「そうしようか、俺も最近忙しくてまだ全然見れてないからちょうどいいし」


 実乃里からの提案で、俺達は2人でアニメを見始めた。

 最初は相変わらず緊張していた俺達だったが、アニメを見て2人で盛り上がっているうちにだんだん落ち着きを取り戻す。


「異世界に女神を連れて行くって発想が凄いよね」


「頭のおかしい魔法使いとかドMの女騎士もなかなかいいキャラしてるよな」


 気付けば俺達は普段通り話せるように戻っており、さっきまでの気まずい雰囲気はどこにもなかった。


「もう遅いし、そろそろ寝ようか」


「もうこんな時間か、アニメ見てるとあっという間だな」


 俺達はリビングを消灯させて寝室へ向かうと、それぞれベッドと布団へ入る。


「ごめんね、お父さんの布団で寝てもらう事になって」


「いやいや、一応俺がお客様だしな」


 そんな会話を終えた後俺は目を閉じて眠ろうとするが、しばらく経ってもなかなか眠くならない。

 近くに実乃里がいる事を意識し過ぎてしまい、緊張で眠れそうになかった。

 アニメを見てようやく落ち着く事ができた俺だったが、このままでは先程の状況に逆戻りしてしまいそうだ。

 2、3、5、7、11……と落ち着くために俺が心の中で素数を数え始めていると、布団の横に誰かの気配を感じる。


「ねえ、春樹君。まだ起きてる?」


「……うん、疲れてるはずなのに全然眠くならないんだよね」


 声をかけてきた事を考えると、どうやら実乃里も俺と同じように眠れないのではないだろうか。

 そんな事を思いながら起き上がって顔を横に向けると、そこには何も身につけていない生まれたままの姿をした実乃里が立っていた。

 カーテンの隙間から差し込む月明かりによって、実乃里の裸体は俺の目にはっきりと映っている。


「えっ……!?」


 全く予想もしていなかった姿に驚いていると、実乃里はめちゃくちゃ恥ずかしそうな、だが何かを決意したような表情で口を開く。


「そろそろ、どうかな? 春樹君ならいいよ」


 言葉の意味を完全に理解し、誘われている事に気付いた俺はついに理性の限界を迎え、実乃里をベッドへと押し倒す。

 そして俺は実乃里が21年間大切にしていた初めてを奪い取り、お互いに初体験を迎えた。

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