第50話 浴衣と花火大会

 夏休みも後少しで終わりそうな9月中旬、俺達はこれから花火大会へ行く予定だ。

 一旦実乃里のマンションへと集合した俺達は、お互い準備した浴衣へと着替える。


「春樹君の浴衣姿、めちゃくちゃ似合ってる」


「実乃里こそ可愛いよ」


 実乃里から着替え終わって開口一番に褒められた俺は、嬉しくなって若干顔が緩みつつもすぐさま同じように褒め返した。


「も、もう、最近の春樹君はすぐそういう事を言うんだから……」


 俺の言葉を聞いた実乃里は恥ずかしそうに顔を紅潮させながらくねくねとしているが、その表情はかなり嬉しそうだ。


「ごめんごめん、じゃあお互い準備もできたみたいだしそろそろ行こうか」


「うん、出発しよう」


 マンションを出た俺達は花火大会の会場へ行くために、夕方になって薄暗くなり始めた道を歩いて最寄りの駅へと向かい始める。

 普段ならバイクで直接会場に向かうところだが、浴衣で運転するのは危険と判断したため今回は電車で行く事にしていた。

 雑談しながら歩き続けて駅前に到着すると、浴衣を着た人達の姿が目に入ってくる。


「私達みたいに浴衣姿の人がちらほらいるね。みんな花火大会に行くのかな?」


「今日はこの近辺で他にイベントがあるとは聞いてないし、多分俺達と一緒だろうな」


 改札を潜り抜けてホームまで行くと、ちょうどタイミング良く来ていた電車に乗って目的地へと向かう。

 会場の最寄り駅に電車が到着すると、浴衣姿の人々が次々に電車から降り始めた。

 同じように電車を降りた俺と実乃里は、手を繋ぐと浴衣を着た人達の後に続いて花火大会の会場へ向かって歩き始める。


「花火大会に行くのって私はめちゃくちゃ久しぶりだし、楽しみだな」


「俺も高校生2年が最後だったから、結構ワクワクしてる」


 高校3年生の夏は受験勉強追われ、大学生になってからも行こうとは思いつつ結局一度も行っていなかったため、本当に久しぶりだった。

 俺も実乃里もお互いまるで子供のようにはしゃぎながら足を進めていく。


「……人が増えてきたな、会場には一体何人くらいの人がいるんだ?」


 会場へ近づけば近づくほど人がどんどん増えており、そんな疑問が頭に浮かんできた俺は思わずそうつぶやいた。


「去年は確か90万人くらい参加してたみたいだし、今年も多分それくらいじゃないかな」


「まじか、そんなに参加してるのかよ!?」


 地元の花火大会しか知らなかった俺は、予想もしてなかった動員数の多さに驚かされる。

 日本一の大都会で開催される今回の花火大会は、どうやら俺の地元とは規模が桁違いらしい。


「ちなみに今日の花火は1時間半で2万発打ち上がるんだって」


「めちゃくちゃ詳しいじゃん、よくそんなに知ってるな」


 さっきの動員数もそうだが、よく打ち上げられる花火の数まで知っているなと感心させられる。

 俺なんか今日の花火大会に関して、開始時間と会場の場所くらいしか知らないというのに。


「昨日の夜とか、今日も春樹君が家に来るまで色々と情報収集してたからね」


「相変わらず真面目だな、でも俺はそんな実乃里の事が大好きなんだけど」


 少しおちゃらけた口調でそう話しかけると、実乃里は照れたような表情となる。


「もう、いきなり不意打ちするのは卑怯だぞ」


「ごめんごめん、つい口が滑った」


「謝罪に全然心がこもってない、まあ私もそんな春樹君が大好きだから許してあげるけど」


 そんな会話をしながら2人で仲良く歩いているうちに気付けば会場へ到着していた。

 花火の打ち上げ開始までまだ余裕があるため、俺達は会場に出店された屋台を回り始める。

 りんご飴を食べたり金魚すくいをしたりと、色々な種類の屋台を満遍なく楽しむ。


「屋台を回ってるとさ、去年一緒に西洋大学の学園祭へ行ったのを思い出すよね」


「確かTOEICの勉強の息抜きに俺から誘って、ベビーカステラを食べたり声優のトークショーに参加したりしたよな」


 今が9月中旬で学園祭が10月末だった事を考えると、もう少しであれから1年が経つらしい。


「思い出したらベビーカステラが食べたくなっちゃった、さっきあっちの方で売ってるのを見たから行こう」


「そんなに急がなくても屋台は別に逃げないって」


 テンション高めな実乃里に手をぐいぐいと引っ張られた俺は、そのまましばらく屋台回りに付き合わされた。

 そして花火の打ち上げが始まる少し前、俺達は混雑した人気スポットから離れ始める。

 花火を2人でゆったりと見るために実乃里が情報収集して見つけた、あまり混雑していない少し離れた場所の穴場スポットである公園へ向かっているのだ。

 それから歩き続けて公園へ到着したわけだが、実乃里が苦労して見つけただけあって全然人がいなかった。


「凄い、ガラガラじゃん」


「めちゃくちゃ調べたからね。多分ここならゆっくりと見れるよ」


 周りを見渡してみてもちらほらと人がいるだけの混雑とは程遠い状態であり、文句無しの穴場スポットと言えるだろう。

 俺と実乃里は近くの空いていたベンチにゆっくりと腰掛ける。

 2人でしばらく夜空を見上げて待っていると、花火大会の開始時間になった瞬間、一発の花火が打ち上げられた。


「あっ、始まった」


 夜空には花火が次々と打ち上げられ、色とりどりの光とともに破裂するような短い音が鳴り響く。


「綺麗……」


 実乃里はうっとりとした表情となり、夜空で咲き誇る花火を見つめている。

 俺はそんな実乃里の肩をそっと抱いて寄り添うと、色鮮やかな閃光を夜空へ撒き散らして消えていく花火を黙って見続けた。

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