第49話 秋本の置き土産
9月に入って数日が経過した今日、俺は履修ガイダンスへの参加とバイトのために大学へ足を運んでいた。
まだ一応夏休み中ではあるが履修ガイダンスが開催されるという事で、キャンパス内の人通りはそこそこ多い。
俺はバイクを駐輪場へ停めると、会場の大教室へ向かってゆっくりと歩き始める。
それからしばらくして大教室に到着した俺だったが、扉を開けて中の様子を見た瞬間思わずつぶやく。
「うわ、来る前からそんな予感はしてたけどやっぱり少ないな。これ絶対サボってる奴多いだろ……」
履修ガイダンスの会場である大教室の中は、そろそろ開始の10分前だというのに人がかなり少なくあちらこちらに空席が目立っていた。
それもそのはず、履修ガイダンスは毎年夏休みと春休みの終盤に開催されており、普通の大学3年生であれば今回が5回目だ。
毎回同じような内容の事しか話さないため、回を重ねるごとに参加率は右肩下がりになっていくのは当然の帰結と言えるだろう。
ぶっちゃけ今回も成績優秀者に選ばれ、卒業に必要な単位も3年生の前期時点で既に8割以上取っている俺がわざわざ履修ガイダンスに参加する意味は正直無い。
だがやむを得ない事情がない限りは原則全員参加するように言われており、成績優秀者で学生表彰まで受けている俺がサボるのは大学側への心証を悪くしてしまう可能性があったため、参加せざるを得なかったのだ。
「そう言えばさ、混声合唱サークルの事件って知ってる? あれって結構やばかったらしいよな」
「そうよね、詳しくは知らないけど確かサークルで違法薬物を使って何人か逮捕されてたって話でしょ? 私、新歓祭の時に1回勧誘されてたけど入らなくて正解だったわ」
適当な席に座ってスマホをいじって時間をつぶしていると、近くに座っていた2人組の男女の会話が俺の耳に入ってきた。
秋本達の起こした薬物パーティー事件はニュースなどでも大々的に報じられており、もはや西洋大学の全学生が知っていると言っても過言ではない。
「おいおい、お前勧誘されてたのかよ。マジで危なかったじゃん、あのサークルって結局幹部が全員逮捕されて解体になったんだろ?」
「まあ、普通に考えてそうなるわよね。以前もあのサークルの代表が学園祭期間中に学内でスリ事件を起こしてたらしいし、普段から問題ばっかり起こしてたんだから仕方ないんじゃないかしら」
「あの事件のせいでうちの大学の評判もめちゃくちゃ悪くなったらしいし、本当に大迷惑な奴らだよな。俺達の就活とかに何か悪影響が出なければいいけど……」
この教室は経済学部経済学科3年生向け履修ガイダンスの教室であり、本格的な就活が来年に迫っている事を考えると心配な気持ちになるのは当然だろう。
恐らく西洋大学に所属する多くの3、4年生が秋本達の起こした愚行せいで同じように思っているに違いない。
しかし俺としてはサークルの関係者では無い他の学生が就活で不利になる事は一切無いと考えている。
「ネットで調べてみたら過去に他の大学でも色々と不祥事は起こってたけど、そのせいで就職できなかったって話はどこにも見当たらなかったしな」
実際、
それを考慮すると、今回の一件が俺達の就活に対して悪影響を及ぼす可能性は極めて低いと言える。
そもそも人事部の採用担当者も、そんなくだらない理由で将来企業に大きな貢献をする可能性がある優秀な学生を落選させるとはとても思えない。
俺がそんな事を考えているといつの間にか開始時間が来たようで、履修ガイダンスが始まった。
予想していた通り前回や前々回と同じような内容のガイダンスであり、周りの学生達もまたこの話かと言いたげな表情になっている。
俺は寝そうになるのを必死に我慢しながら話を聞いていたのだが、最後にいつもと違う点が1つだけあった。
それは外部講師を招いた薬物乱用防止セミナーが履修ガイダンスの最後に行われた事だ。
言うまでもなく秋本達が引き起こした事件が原因で開催されたセミナーであり、西洋大学の全学年全学部全学科に対して行っているらしい。
大学側からすれば不祥事のせいで評判が下がった挙句、余計な労力やコストまでかかっているので踏んだり蹴ったりと言えるだろう。
「……秋本達のせいで金払って外部講師まで雇ってセミナーを開く羽目になってるし、あいつら捕まってからも大学側に多大な迷惑をかけまくってるな」
余計な仕事が増えて無駄に忙しくなった学生部の職員達に対して、俺は本気で同情を覚えている。
逮捕された秋本が果たして反省しているかどうかは分からないが、釈放されて社会復帰するのであれば今後は他人に迷惑をかけないように生きて欲しい。
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