第35話 疲労困憊な望月

 インターンの応募を空きコマだった2限の時間に済ませた俺だったが、時間はあっという間に過ぎ去り、気付けば今日最後の授業が終わっていた。

 俺は筆記用具とテキスト、ノートをリュックサックにしまうと、大教室を出て歩き始める。


「来週までに5000文字のレポートを提出か……」


 経済史の授業終わりに出されたレポート課題がめちゃくちゃ面倒くさそうな事もあり、俺はほんの少し憂鬱な気分となっていた。

 来週までに提出しなければならないレポートは、”19世紀の初め、ナポレオン1世がイギリスに対して大陸封鎖令を行った結果、ヨーロッパ経済にどのような影響を与えたのか、5000文字以内で考察せよ”という内容であり、色々と時代背景などの情報を調べなければならない事から、かなり時間がかかりそうなのだ。

 筆記試験対策やエントリーシートの作成などインターン関係の事に時間を充てたい俺は、正直経済史のレポートなど思いっきり手を抜きたい気分となる。

 だが今学期も成績優秀者を狙っているため決して妥協をしたり手を抜く事は出来ず、必死でやる以外の選択肢を俺は取れそうにない。


「……とりあえず図書館寄って帰るか、もしかしたらレポートの参考になりそうな資料があるかもしれないし」


 まっすぐ一直線で図書館へ向かうと、入り口に設置されたカードリーダーにICチップ付きの学生証をかざし、それによって開いた入場用ゲートから館内に入る。

 5限目終わりの18時半過ぎと言う事で館内に学生の姿はほとんど無く、ガラガラだった。

 俺は19世紀ヨーロッパ史の本棚へ立ち寄ると、早速レポートの参考資料として使えそうな本を探し始める。


「ナポレオンの戦争関係の本はたくさんありそうだけど、経済についてまで書かれてる奴はあんまりなさそうな気がする……」


 フランス史やイギリス史、その他ヨーロッパ史の本を手に取り中の確認を始めるが、俺の目的としている本は中々見つからない。

 次に経済史関係の本棚に移動して探し始める俺だったが、先程と同様目当ての本には巡り会えなかった。

 それからしばらくの間、一心不乱に本を探し続けていると、突然ポケットに入っていたスマホが振動する。


「メッセージかな?誰からだろ……」


 ポケットからスマホを取り出し通知センターを見ると、メッセージは紫帆から送られたものだった。

 メッセージには”お兄ちゃん遅い、もう晩御飯できてるよ。いつ帰ってくるの?”と書かれており、気付けば時刻は20時前となっていたのだ。


「あっ、もうこんな時間になってるじゃん。早く帰らないと」


 俺は苦労の末見つけた参考資料として使えそうな本数冊をカウンターへと持って行き、借りる手続きを済ませるとそのまま図書館を立ち去った。

 バイクを止めた駐輪場へ向かって足早に歩いていると、その途中にあるバス停へ元カノである望月が並んでいる姿が目に飛び込んでくる。

 気付かれたら面倒だと思う俺だったが、望月はかなり疲れきっていて眠そうな様子であり、周りを気にする余裕などは一切なさそうだった。

 疲れている理由は恐らく秋本に貢ぐ金を稼ぐために無理なシフトでバイトをしている事が原因ではないかと推測する。

 秋本を尾行して会話を盗み聞きした結果、望月に対して容赦なくかなりの額を貢がせている事が既に判明しており、普通にバイトするくらいでは全然お 金が足りないのだろう。

 以前年末に遭遇して罵声を吐かれた時には授業中に何かあった事が原因でイライラしていたと考えていた俺だったが、今思えばその頃から秋本へ貢ぐために無茶なシフトでバイトをしていて、それが理由でストレスが溜まっていたのではないだろうか。


「あの様子だと授業もまともに受けるどころじゃないだろうし、多分授業の出席とかもやばそうだな……」


 バイトのやり過ぎが原因で授業中に寝ていたり、自主休講という名のサボりを行う大学生はそれなりに多いらしいが、望月は完全にそのパターンに陥っているようにしか見えない。

 今の様子を見ていると、望月は単位を落として留年してしまう可能性がかなり高いと個人的には感じている。

 秋本に騙されて大金を貢がされた挙句、留年の危機を迎えている望月に対して、ほんの少し哀れに思う俺だったが、助ける気には全くなれない。


「まあ、仮に助けるために秋本から騙されてるって素直に教えたところで、望月が俺の言葉なんて信じるわけが無いだろうけど」


 もしこれが逆の立場だったなら、俺は望月の言葉など絶対に信じていないだろう。

 可哀想だが余計な事には一切首を突っ込まず、無視して関わらないのが最善策なのだ。

 俺はそんな事を思いながら無言でバス停の横を歩いて通り過ぎ、無事に望月から見つかる事なく駐輪場のバイクまでたどり着く事ができた。

 そして俺はヘルメットを被り、サイドスタンドを払うとゆっくりとバイクに跨る。


「今日は色々あって疲れたし、紫帆も待ってるだろうから今日は寄り道とかせずにさっさと帰ろう」


 そう呟くと同時にエンジンを始動させ、俺は大学の敷地を後にした。

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